国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ(以下「研究ラボ」という)篠原 直秀 主任研究員、内藤 航 副ラボ長といすゞ自動車株式会社シニアエキスパート 達 晃一 博士(産総研安全科学研究部門リスク評価戦略グループ付 外来研究員)は、一般社団法人日本自動車工業会と連携し、神奈中観光株式会社、日野自動車株式会社、三菱ふそうトラック・バス株式会社の協力のもと、観光バスの空調システムにエアロゾルフィルター(中性能フィルター)を導入することによるエアロゾル粒子の低減効果を検証した。
観光バスの空調システムの条件の違いによる換気効果を評価した結果、停車状態において、内気循環モードでは1時間当たり数回程度、外気導入モードでは1時間当たり10回程度以上の換気回数が確保されていることを確認した。観光バスの実車両を用いて、感染低減策としてのエアロゾルフィルターの導入効果を計測した結果、窓開けと同等のエアロゾルの低減効果が得られることがわかった。これらの知見は、窓開けや外気導入ができないなどの状況下において、エアロゾルフィルターの導入が感染低減策として有効であることを示す貴重な情報である。
観光バス車内での計測の様子
-通路および各座席にCO2計とパーティクルカウンターを設置してCO2および粒子の濃度を計測-
新型コロナウイルスによる感染症の拡大を防ぐために、鉄道やバス、航空機などの交通機関では、各事業者が感染予防に取り組んでいる。長時間乗車する観光バスなどにおいては、空気中を漂い続ける小さい粒子(飛沫核)による感染リスクが懸念されており、車両の特徴や運用実態を考慮した効果的な感染対策が求められている。
産総研では、地下鉄車両や路線バス車両の停車時および走行時の換気回数について、CO2濃度減衰法を用いて計測し、車内における窓開けや換気扇による感染リスク低減効果について明らかにしてきた1), 2), 3)。
本研究では、観光バスの実車両を用いて、換気回数に加え、空調システムにエアロゾルフィルターを導入したことによるエアロゾル粒子の低減と広がりなどについて、計測・評価した。粒子捕集効率の高いHEPAフィルターは圧損が大きく、現状の空調システムに導入できないこと、目詰まりなどのメンテナンス頻度が増えることなどから、本研究ではHEPAフィルターより捕集効率の低いフィルターをエアロゾルフィルターとして用いた。なお、本研究は、国土交通省の「公共交通機関における既存車両等への抜本的な感染症対策に係る技術開発・実証業務」の委託事業の一部として実施した。
本研究では日本国内で製造されている2種類の観光バスを用いて停車状態で実験を行った。
これらの観光バスは、同じ空調システムを搭載しているが、ダクトや吸気口・排気口の形状や排気口の構造は異なっている。空調システムの稼働時には、天井部に設置されているブロワファン(図1中の ①)は、ダクト内への外気の取り込みおよび車内空気の循環を行う。ブロワファンは流量を16段階(風量1~16)に変更することができる。
空調システムには、外気導入モードと内気循環モードがあり、内気循環モードの風量1~16のときは外気導入-内気循環切り替えダンパー(図1中 の②)の内気循環ダクト側が開き、外気導入モードの風量1~9のときは外気導入口側が開き、外気導入モードの風量10~16のときはそれぞれが半開となる設定になっている。空気は、座席の上に80カ所程度ある吹き出口から車内へと吹き出す。車内の空気は、車両前方の天井に設置されている吸気口(図1 中の③)からダクト内に吸い込まれるとともに、バスの前後に取り付けられている左右の排気口(図1 中の④と⑤)から車外に排出される。車両前部の左右の排気口(図1 中の④)にはダンパーが設置されており、外気導入モードで開くか、車内が陽圧(外よりもバス内の気圧が高い状態)の際に開いて、車内の空気が車外に排出される。また、外気導入モードでは、車両後部に設置されている排気用ファンが稼働して、車両後部の左右の排気口(図1 中の⑤)から車内の空気が車外に排出される。
このように観光バスには複数の空調モードが設定できるようになっており(表1)、車内空間における粒子の移流・拡散状態は各種モードにより異なっている。今回、いくつかの代表的な空調条件において、車内の換気や粒子の移流 ・拡散状態の計測を行った。
図1 バスの空調システムにおける外気導入および内気循環の制御の概略
表1 本研究で対象としたバスの空調システムのモードと風量・ダンパーの開閉および排気用ファン稼働状態の概略
・ 各種空調モードでの換気回数の評価
日本国内で製造されている2種類の観光バス(バスA、B)において、各種条件下での換気回数をCO2濃度減衰法により推定した。観光バス内にCO2を噴霧し、持ち込んだ扇風機を用いて車室内空気を攪拌してCO2濃度を均一にした後、CO2濃度の時間変化を等間隔で30カ所に設置したCO2測定器により計測した。CO2計測器を設置した高さは、床面から5、110、170 cmとした。得られた室内外CO2濃度差の減衰に基づき、各種空調モードで、換気回数を導出した。以下では、車室内30カ所の平均換気回数をそれぞれの条件ごとの換気回数とする。
換気回数の測定結果を図2に示す。内気循環モードにおいては、バスAおよびBともに、1時間当たり約2回以上と、一定の換気回数が確認された。風量9から風量16に上げるにしたがって、2種類の観光バス車内の換気回数は、1時間当たり3.1および1.7 回から4.9および2.7 回に増加した(風量1の試験は未実施)。外気導入モードでは、内気循環モードよりも換気回数が大きくなった。外気導入モードの風量9の時には換気回数が最大となり、バスAおよびBで1時間当たり18および16 回の換気回数となった。これらの結果より、観光バスでは、内気循環モードでは数回程度、外気導入モードでは10回程度以上の換気が確保されていることがわかった。
図2 空調システムのモードごとの換気回数
(棒グラフ: 車内各所の測定値の平均,エラーバー: 車内各所の測定値の標準偏差)
・ エアロゾルフィルター導入によるエアロゾル粒子の低減効果
エアロゾルフィルターを空調システム内に実装した場合のエアロゾル粒子低減効果を評価するために、NaClとグリセリンからなる模擬飛沫核をエアロゾル粒子発生器から発生させ、車内での個数濃度を均一にした後、個数濃度の変化をパーティクルカウンターにより計測した。カウンターをCO2計と同じ高さに設置し、粒子の車内外濃度差の減衰から、粒子の沈着やフィルター捕集の効果も含めた粒子の低減効果について、換気回数と比較可能な相当換気回数として導出した。粒径0.5 μmの一回の通過における粒子の捕集効率が30%と45%のエアロゾルフィルターおよびバスA・Bの独自エアロゾルフィルターについて評価を行った。
空調システムに各種エアロゾルフィルターを導入した際の相当換気回数の測定結果を図3に示す。CO2で測定した換気回数と比較して、エアロゾルフィルターの導入により粒子の相当換気回数は大きく増加していた。また、風量1の場合と比べて、風量16では相当換気回数が大きく増加した。相当換気回数は、捕集効率30%のエアロゾルフィルターで低く、捕集効率45%のエアロゾルフィルター、バスA・Bの独自エアロゾルフィルターの順で大きくなったが、風量16の時の相当換気回数は、捕集効率30%のフィルターでも1時間当たり15 回以上になることがわかった。
産総研でこれまでに計測してきた結果において、路線バスで窓を2ヶ所で全開にした場合、停車時および走行時(時速30 km)の換気回数は、窓の開ける位置によって換気回数は異なり、1時間当たり1.7~2.5 回および8.9~23 回であった2)。これらの結果より、今回対象とした試験条件においては、エアロゾルフィルターの導入は窓開けや外気導入による換気と同等の効果のあることが確認できた。このことは、天候などにより窓開けや外気導入などができない状況における車内の感染対策として、エアロゾルフィルターの導入が有効であることを示している。
図3 空調システムに各種エアロゾルフィルターを導入した際の相当換気回数
(棒グラフ: 車内各所の測定値の平均,エラーバー: 車内各所の測定値の標準偏差)
・各種空調モードでの車内におけるエアロゾル粒子の拡散状況の評価
車内の特定箇所で発生したエアロゾル粒子が車内の空気中をどのように広がるかを把握するため、車内の後部座席から15分間吐出された模擬飛沫核(NaCl + グリセリン)の個数濃度を発生中の15分間および発生停止後の15分間に車内各所で計測した。乗客の呼吸量を0.6 m3毎時と仮定して、各座席の乗客による吸入量を推定し、模擬飛沫核量の吐出量に対する吸入量の割合(以下「曝露割合」という)を求め、条件ごとの比較を行った(図4)。
後部座席から発生した模擬飛沫核は、換気・空調システムを稼働させていない場合には徐々に前方へと広がり、発生が停止した後も車内全体で高い濃度を示していた。内気循環モードでエアロゾルフィルターを設置した場合には、後部座席で発生した模擬飛沫核が、通路を通って空調の吸気口(図1中の③)がある前方へと流れていく様子が確認された。発生が停止した後は車内全体が低濃度になった。外気導入モードでは、後部座席で発生した模擬飛沫核は、そのまま後ろの排気口から排気されることで、車内に模擬飛沫核が広がらなかった。本試験結果は、観光バスツアー中に発熱などの症状が乗客に発生した場合などにおける感染リスク低減対策として、感染者の座席位置や空調モードを検討する上での貴重な情報を提供する。
図4 後部座席から発生させた模擬飛沫核への各座席における平均曝露割合(吸入量/発生量)の分布
(上段: 模擬飛沫核発生中 (15分間)、下段: 発生停止後 (15分間))
本研究では、観光バスおけるエアロゾルフィルター導入が、車内に漂う飛沫核などの微小粒子の低減に一定の効果があることを示しました。このことは、観光バスの利用者に対する感染予防対策として、エアロゾルフィルターの導入が有効であることを意味しています。今後は、飛沫感染・接触感染も含めた感染対策に関わる観光バス車内における試験・評価を実施する予定です。また、感染対策に加えて、バス車内における安全・安心と快適性の実現に向けて、VOC(揮発性有機化合物)・粒子・におい・温熱環境などの見える化技術の開発・評価の研究を日本自動車工業会などと協力して実施していきたいと考えています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
安全科学研究部門 リスク評価戦略グループ
主任研究員 篠原 直秀 E-mail:n-shinohara*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)
1) N. Shinohara, J. Sakaguchi, H. Kim, N. Kagi, K. Tatsu, H. Mano, Y. Iwasaki, W. Naito. (2021). Survey of air exchange rates and evaluation of airborne infection risk of COVID-19 on commuter trains.
Environment International 157: 106774.
https://doi.org/10.1016/j.envint.2021.106774
2) N. Shinohara, K. Tatsu, N. Kagi, H. Kim, J. Sakaguchi, I. Ogura, Y. Murashima, H. Sakurai, W. Naito. (2022). Air exchange rates and advective diffusion of CO
2 and aerosol in commuter bus for evaluation of infection risk.
Indoor Air, 32(3): e13019.
https://doi.org/10.1111/ina.13019
3) 達 晃一, 篠原 直秀, 金 勲, 鍵 直樹, 坂口 淳, 飯田 明由, 山内 康, 安原 幸生, 坪倉 誠, 内藤 航(2021). 公共交通機関におけるエアロゾル挙動とウイルスの対策手法検討. 自動車技術会論文集/52 巻 (2021) 5 号. p.1013-1020.