国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)安全科学研究部門【研究部門長 緒方 雄二】 リスク評価戦略グループ 篠原 直秀 主任研究員、内藤 航 研究グループ長は、東京地下鉄株式会社【社長 山村 明義】(以下「東京メトロ」という)とともに、新型コロナウイルス感染対策として実施している窓開けなどによる換気回数が、車速・窓開け面積に比例して増加すること、営業線での走行条件では、1時間当たり7回~27回程度の換気回数があることを確認した。
実際の車両を用いて実験的に窓開けの換気効果を調査した今回の結果は、鉄道総合技術研究所が実施した数値計算による窓開けの換気効果の評価1)と同様の傾向を示していた。今回得られた結果は、地下鉄などの走行時の窓開けなどの対策への貢献が期待される。さらに、公共交通機関などの新型コロナ感染リスクや対策の効果の評価の重要な基礎データとなる。なお、今回の成果は2020年12月3日に開催される室内環境学会において発表予定である。
鉄道車内での換気調査の様子
新型コロナウイルス感染の終息が見えない中、3密(密集・密閉・密接)が生じやすい環境では、どのような対策をどの程度まで実施すれば良いかを知ることは重要で、社会的にも関心が高い。不特定多数の人が利用する地下鉄やバスなどの公共交通機関の車両内は、3密が生じやすい環境であり、換気対策として窓を開けて走行している車両が多く見受けられる。窓開けなどによる換気の効果については、シミュレーションモデルを活用した解析(例えば鉄道総合技術研究所の成果1))や煙の排出時間から換気性能を確認している事例はあるが、現時点において、実際の運行車両を用いて換気の効果を評価した研究事例はない。
走行中の車両内の換気がどうなっているのか、窓開けなどの対策の効果はどの程度なのかを客観的な数値で示すため、産総研は、東京メトロと連携して、実際の地下鉄車両を用いて、鉄道車両内の各種条件下での換気回数の把握を目的に実証実験を実施した。
なお、本調査の実施にあたって、いすゞ自動車株式会社 達 晃一 氏、国立保健医療科学院 金勲 上席主任研究官、東京工業大学 鍵 直樹 教授、新潟県立大学 坂口 淳 教授の協力を得た。また、マネキンの使用にあたり、株式会社大洋工芸の協力を得た。
各種条件下での換気回数をCO2濃度減衰法により推定した。実際の地下鉄車両内に CO2を噴霧し、ブロワーでCO2濃度を均一にしてから、CO2濃度の時間変化を、車両内に等間隔の21カ所に設置した複数のCO2計測器で計測した(図1)。CO2計測器の設置高さは立席と座席を想定し、それぞれ床面から150 cmと70 cmにした。得られたCO2濃度に基づき、走行速度、窓の開閉、空調・室内送風機のON/OFF、乗車人数(マネキン利用)、ドアの開閉を変化させた各種試験条件で、換気回数を推定した。以下の結果では、車室内21カ所の平均換気回数をそれぞれの条件ごとの換気回数として用いた。
図1 測定中の車内の様子
各種試験条件で得られたCO2濃度の減衰曲線(例えば図2)から、換気回数を算出したところ、換気回数は、車速や窓開け面積に比例して増加した(図3・図4)。地上区間と地下区間を比較すると、地下区間の換気回数の方が大きくなった(図3)。乗客の有無(マネキンの有無)の間に、大きな違いは見られなかった(図3)。営業線で走行と停車を繰り返した場合(速度40 km程度での走行・停車時にドア開閉あり)の、窓開け時の換気回数は1時間当たり7回~27回であった(図4)。また、窓開け面積が同程度の場合、対角2カ所(図4・▲)と全12カ所(図4・〇)の窓開けでの換気回数に大きな違いは見られなかった。さらに、停車時の換気回数(室内送風機ON・マネキンなし)についても、ドア閉鎖時には開けている窓の数によらず窓開け面積に比例して増加していた(図5)。停車中のドア開放時には、換気回数は1時間当たり約40 回と大幅に増加することを確認した(図6)。
図2 停車時における車内CO2濃度の減衰
(左図:窓全閉、右図:26.8cm12カ所の窓開け)
図3 車速と換気回数の関係(停車・ドア開閉なし)地下区間の試験は、10cmの高さで車内全て(12カ所)の窓を開けて試験を実施、地上区間の試験は窓を全て閉めた場合と10cmの高さで車内全て(12カ所)の窓を開けた場合の試験を実施。
図4 営業線で走行と停車を繰り返した場合の窓開け面積と換気回数の関係
(営業線での走行時(速度40 km程度での走行・停車時にドア開閉あり))
図5 停車してドアを閉めている時の窓開け面積と換気回数の関係
(室内送風機ON・マネキンなし)
図6 停車してドアを開放している時の窓開け面積と換気回数の関係
(室内送風機ON・マネキンなし)
今回の実験は、実際の地下鉄車両と運行路線を用いて、各種条件下での換気量を実験的に評価したことに意義がある。これまでシミュレーションなどによる走行時の窓開けの換気の効果については評価がなされてきた1)が、今回の結果はそのようなシミュレーションの検証データとしても価値が高い。今回得られた結果は、地下鉄などの走行時の窓開けなどの対策、公共交通機関などの新型コロナ感染リスクや対策の効果の評価への貢献が期待される。
冬季の暖房条件での車内の換気回数の調査、地下鉄などの公共交通機関の車内での新型コロナ感染リスク対策の評価の実施を検討している。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
安全科学研究部門 リスク評価戦略グループ
主任研究員 篠原 直秀 E-mail:n-shinohara*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)