国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】化学材料評価グループ 大園 拓哉 主任研究員と寺岡 啓 主任研究員は、引っ張ると表面に瞬時に凹凸が生まれる新しいゴムシートを開発した。このシートは、シリコーンゴムシートの表面にガラスビーズを埋め込んだもので、横方向に伸ばすと、シートの厚みが減りながらビーズ部分が盛り上がって、表面に多数の凹凸が発生する。そのため、ゴム表面に凹凸がない時は一定の付着力を示すが、凹凸が発生すると、その程度に応じてゴムと物体の接触面積が低下し、付着力が瞬時に減少する(下図)。
スポーツ用品や工具類のグリップ、またロボットハンドなどでは、目的に応じた付着特性(グリップ性能)が必要であり、特にその時々の状況に対応できる応答性や制御性に優れたグリップ素材の開発が課題となっていた。
今回のゴムシートは、安価で簡便に作製でき、伸ばすだけでグリップ性能を瞬時に変えられるため、全く新しい特徴を持ったグリップ素材への応用が期待される。
なお、この成果の詳細は、2017年11月14日(日本時間)から英国化学会の論文誌Soft Matterにオンライン掲載されている。
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引っ張ると凹凸が生まれ、付着力が連続的に減少するゴムシート |
ゴム材料は、その柔らかい触感のため、ロボットハンドや搬送用ベルトの表面、工具、スポーツ用具、文具などの人や物と接触する表面部材として多く用いられている。さらに、ゴムの化学的性質、硬さ、微細形状などを調節したり、他の素材と複合化することで、用途に応じた付着や摩擦(トライボロジー)の特性を発現できる。
ゴム材料のトライボロジー特性は、一般にはゴム自身の特性や表面状態に依存する。一方、スポーツ用品や工具類のグリップやロボットハンドの用途では、把持(つかむ)と脱離(はなす)の過程や状況に応じて異なるトライボロジー特性を付与する必要があり、応答性や制御性に優れたゴム材料の開発が求められている。
産総研は、シワ構造(微細な凹凸)が持つ特性を利用して、可逆的に表面構造が変化する複合材の開発を進めてきた。例えば「ゴム材料の圧縮」によって発生するシワ構造を利用して、摩擦力が瞬時に変化する材料を開発した(2016年6月24日、産総研主な成果)。今回は、「ゴム材料の延伸(引っ張り)」によって発生する新たなシワ構造を利用して、付着力が瞬時に変化する材料の開発に取り組んだ。
なお、本研究開発の一部は、科学研究費補助金(挑戦的研究(萌芽)JP17K18862、JSPS)による支援を受けて行った。
引っ張りによって可逆的に凹凸を生じる表面材料を実現するために、柔らかい汎用材料であるシリコーンゴム(PDMS)と硬い材料であるガラスビーズを複合化した。まず、硬化前の液状シリコーンと直径0.1~1.5 mmのガラスビーズを混合する。この混合液を、厚みがガラスビーズよりも大きくなるように鋳型に流し込み放置すると、比重の大きいガラスビーズが鋳型の底面に沈む。この状態でシリコーンを硬化させ鋳型から外すと、表面近くにガラスビーズが埋めこまれたゴムシート(図1)が簡便に得られる。
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図1 表面近くにガラスビーズが埋めこまれたゴムシート
左は、鋳型から外し、上下反転させた状態の構造断面のイメージ図。右は実試料の表面付近の断面の顕微鏡写真の例(バーは0.25 mm)。 |
通常、このゴムシートの表面は平坦であるが、横方向に引っ張るとシートの厚みが減少し、ビーズ部分が盛り上がり、表面に多数の凹凸が発生する(図2中央上側)。この表面構造の変化は可逆的であり、引っ張りを戻すと凹凸はなくなり元の平坦な表面に戻る。この凹凸構造の有無に応じたガラス板との間の付着力の違いを評価した。直径1 mmのビーズを数密度0.6 mm-2で埋め込んだシートの場合、引っ張りひずみ(ε)が10 %では、平坦な状態に比べて付着力(物体が離れる直前の物体間の引力)が1/4程度に減少することがわかった(図2左側、青矢印)。凹凸の発生でシートとガラス板との接触面積が大きく変化するので、付着力が低下したと考えられる。また、この付着力の変化は、表面構造の変化と同様に可逆的であった。
平坦時の付着力、すなわち最大の付着力はゴム基材に依存する。一方で、この凹凸構造は、シートのひずみや、ガラスビーズの直径や数密度で制御できる。これらの特性を利用すれば、伸びの度合いに応じた付着力に瞬時に変化する新しいゴム複合材を作成できると考えられる。
例えば、今回開発したシートをロボットハンドの表面部材として用いると、表面が平坦な状態では物体を付着で把持して輸送し、目的の場所で外部から伸びひずみを与えて凹凸を発生させ、付着力を低下させることで、瞬時の脱離を実現できる。(参考論文における動画を参照:http://www.rsc.org/suppdata/c7/sm/c7sm02048a/c7sm02048a1.zip)
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図2 ゴムシートとガラス板間の付着力(左)、ゴムシートの外観(右)
左:ゴムシートとガラス板の接触状態から離していく場合の物体間の力Fの時間変化。正のFは物体間で互いに押し合っている状態で、負の場合はその逆を意味する。付着力は、物体が離れる直前の物体間の引力(負のF)として解釈される。引っ張りひずみεが0% (F = −80 gf:赤矢印)と10%(F = −20 gf:青矢印)の場合を示す。 |
今後は、ゴム基材やビーズの種類・配置・数密度などを変え、構成材料と付着特性の関係を調べる。また、摩擦力など他のトライボロジー特性への効果も調べて、材料性能の高度化を目指す。今回開発したゴムシートは、握りの度合いに応じてグリップ性能が瞬時に変わるような、新感覚のスポーツ用品や工具類への応用も期待されるため、企業などと連携して用途開発にも取り組んでいく。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
機能化学研究部門 化学材料評価グループ
主任研究員 大園 拓哉 E-mail:ohzono-takuya*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
主任研究員 寺岡 啓 E-mail:ok-teraoka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)