国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】ナノ粒子構造設計グループ 中村 真紀 主任研究員、大矢根 綾子 主任研究員らと、北海道大学大学院歯学研究科 宮治 裕史 講師らは、パルスレーザー光を利用して簡便・迅速に銀ナノ粒子を含むリン酸カルシウムサブマイクロメートル粒子を合成する技術を開発し、この粒子の歯科治療用材料としての可能性を実証した。
この合成技術では、カルシウムイオン、リン酸イオン、銀イオンの混合水溶液に、比較的弱いパルスレーザー光を数十分照射するだけで、銀ナノ粒子を多数含むリン酸カルシウムサブマイクロメートル粒子を得ることができる。得られた粒子は、う蝕(虫歯)や歯周病の原因となる口腔(こうくう)細菌に対して抗菌作用を示し、狭い空間での除菌を必要とする歯科治療などへの応用が期待される。なお、この技術の詳細は、2016年9月15日にActa Biomaterialia誌にオンライン掲載された。
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図1:(左)複合粒子合成技術の概念図、(右)合成した粒子断面の電子顕微鏡像 |
ヒトの骨や歯の主要な無機成分であり、優れた生体親和性や生体分子吸着特性を示すリン酸カルシウムと、抗菌作用や特有の光学特性を示す銀ナノ粒子の複合体は、医療、環境、分析などさまざまな分野での応用が期待されている。例えば、多数の銀ナノ粒子を内包させたリン酸カルシウムのナノ~マイクロメートルサイズの粒子は、う蝕(虫歯)や歯周病の発生しやすい歯の周りの狭い空間(歯と歯肉、歯の隣接面など)に入りこみ、除菌効果と再石灰化促進効果を同時に示すと考えられ、口腔(こうくう)内環境の保全・改善剤としての応用が期待される。しかし、このような複合粒子の合成技術には、操作が複雑、時間がかかるなどの問題があり、より簡便で迅速な合成技術が望まれていた。
産総研では、これまでに、液相中に分散させた不定形ナノ粒子原料に比較的弱いパルスレーザー光を照射して、金属や酸化物のサブマイクロメートル球状粒子を簡便・迅速に合成する技術を開発している(液中レーザー溶融法、2010年9月1日 産総研主な研究成果)。また、イオン溶液を原料として、生体材料として有用なリン酸カルシウムに磁性酸化鉄を内包させた複合粒子を合成する技術を開発した。今回、この技術を応用して、抗菌性銀ナノ粒子を含むリン酸カルシウムサブマイクロメートル粒子の簡便・迅速な合成技術を開発することを目指した。
なお、本研究開発は、公益財団法人天田財団の平成26年度奨励研究助成による支援を受けて行ったものである。
今回、産総研の持つ、レーザー光を利用したサブマイクロメートル粒子の合成技術を応用し、銀ナノ粒子を含むリン酸カルシウムサブマイクロメートル粒子(以下、「複合粒子」)の簡便・迅速な合成技術を開発した。銀イオンをレーザー光吸収剤として用い、反応液への添加濃度を調節することで、リン酸カルシウムのサブマイクロメートル粒子の生成反応と、銀イオンの光還元による銀ナノ粒子の析出反応を同一バッチ内において進行させ、複合粒子の一段階合成を実現した。安価な無機試薬から得られるカルシウムイオン、リン酸イオン、銀イオンの混合水溶液(4 mL)に、比較的弱いナノ秒パルスレーザー光(355 nm、30 Hz、200 mJ/pulse/cm2、ビーム径8 mm、パルス幅8-10 ns)を20分間照射するだけで(図1左)、複合粒子が合成できた(図1右)。
今回開発した技術では、原料イオン溶液を混合した直後に銀を含むリン酸カルシウムの不定形粒子が生成し、それらがパルスレーザー光を吸収して液中で瞬間的に(10ナノ秒程度)加熱されて溶融した結果、球状化したと考えられる。さらに、この粒子中に含まれる銀イオンの光還元により、金属銀のナノ粒子がリン酸カルシウム粒子中に分散して析出し、図1右の複合粒子が生成したと考えられる。なお、原料である混合水溶液中の銀イオンの濃度を増加させると、生成する複合粒子中の銀含有量も増加することから(図2)、この技術では、複合粒子中の銀とリン酸カルシウムの比率を調節できるといえる。
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図2:混合水溶液4 mL中に生成した複合粒子中のカルシウム、リン、銀の含有量
混合水溶液の銀イオンの濃度を変化 |
今回開発した技術で合成された複合粒子の歯科治療への応用の可能性について基礎的な検討を行った。う蝕や歯周病の原因となる口腔細菌(う蝕原因菌、歯周病菌)の懸濁液に複合粒子を添加したところ、細菌の増殖が抑制され、これらの口腔細菌に対して抗菌作用を示した。また、増殖の抑制は粒子濃度に依存し、粒子濃度が高いほど増殖抑制効果が大きかった。う蝕原因菌の懸濁液に複合粒子を添加して24時間培養したところ、サブマイクロメートルサイズの粒子が観察されなくなった。細菌が産生した酸によってリン酸カルシウムが溶解(カルシウムイオンとリン酸イオンに分解)したと考えられた(図3)。リン酸カルシウムが溶解したため、粒子が内包していた抗菌性銀ナノ粒子が多量に放出され、抗菌作用を発揮したと考えられる。なお、口腔細菌が増殖すると、酸を産生して周囲の液性を酸性にし(酸性化)、歯のリン酸カルシウム成分を溶かす(脱灰)ことが知られているが、この複合粒子は、自らが溶解することで、細菌懸濁液の酸性化を抑制することが確認された。すなわち、この複合粒子は、口腔内環境の酸性化を抑制しつつ、歯の主成分であるカルシウムイオンとリン酸イオンを供給して歯の脱灰を防止し、再石灰化を促進する効果を持つと期待され、口腔内環境の保全・改善剤などへの応用が期待される。
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図3:(上)複合粒子添加後のう蝕原因菌の電子顕微鏡像(左:4時間培養後、右:24時間培養後)、(下)複合粒子の模式図と予想される粒子構造の変化 |
今回開発した複合粒子の量産化について検討する。また、今回の技術では、金属銀だけでなく、磁性酸化鉄などの他の有用物質を内包させることもできるため、さまざまな複合粒子について、歯科分野だけではなく、医療、環境、分析などさまざまな分野への応用を検討する予定である。
ナノ材料研究部門ナノ粒子構造設計グループ
主任研究員 中村 真紀 E-mail:ma-ki-nakamura*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)