独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】高密度界面ナノ構造グループ 越崎 直人 研究グループ長は、これまでポリマーやガラスのような非晶質の物質に限られていた
サブマイクロメートル球状粒子を酸化銅、酸化亜鉛、銅、鉄などのさまざまな機能性物質で作製する技術を開発した。
液体中に分散させた原料ナノ粒子(図1左)にパルスレーザー光を照射し粒子だけを1000 ℃以上の高温に加熱・溶融させる。融解した原料が急冷することでサブマイクロメートル球状粒子(図1右)が得られる手法を開発した。従来の液相レーザーアブレーション法によるナノ粒子合成よりも照射するレーザーエネルギーを大幅に低下させることによって、新たなサブマイクロメートル球状粒子作製法が実現した。この技術により、これまで作製が困難であった機能性を持つ酸化物・金属・炭化物などのサブマイクロメートル球状粒子が作製できるようになり、それらの光学的機能・バイオ医療機能・化学的機能表面などを利用した新たな応用の開拓に貢献すると期待される。
なお、この技術の詳細はAngewandte Chemie International Edition(ドイツ化学会誌)においてVery Important Paper (VIP)として認定され、2010年8月2日に公開された。
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図1 酸化銅の原料ナノ粒子(左)とパルスレーザー光を照射して得られた球状粒子(右)
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最近、真球状粒子はその等方性・安定性・分散性などの性質から、さまざまな応用が期待され注目されてきている。サイズのそろった真球状粒子では、それらを規則的に配列することで高次構造規則構造体の作製にも応用が可能である。マイクロメートル以上のサイズでは機械的な手法、ナノメートルサイズでは
ミセル構造を利用した手法などにより真球状粒子の作製が実現してきている。一方、サブマイクロメートルサイズではガラスやポリマーなどの非晶質物質の球状粒子は市販されているが、他のさまざまな結晶性機能材料では一部の貴金属を除いて作製が困難であった。これは、結晶性物質では安定な結晶面が存在するため、従来の粒子作製技術では安定結晶面が組み合わさった多面体に近い形態を取りやすいからである。また、ナノ粒子を凝集させてサブマイクロメートル球状粒子を作製する方法が一部の酸化物で試みられているが、形態安定性に大きな問題があった。
産総研は、これまでに新たなナノ粒子合成技術の開発を目指して液相レーザーアブレーション法の研究に取り組んできた。この手法は液体中に設置した固体あるいは粉体ターゲットにレーザー光を集光照射して、超高温・超高圧状態を短時間生成させ、この状態を利用して化学合成法では得られないナノ粒子を作製しようとする手法である。これまで、この手法により液体中でシリコンナノ粒子や20 %以上の高濃度酸素欠陥を持つ酸化物ナノ粒子などの作製に成功してきた。しかし、この手法は集光したレーザー光を用いたプロセスであることからナノ粒子の生成量が小さく、主として新規ナノ粒子の合成とその機能スクリーニングの手法として利用されてきた。
今回、液相レーザーアブレーション法よりも弱いレーザー光を用いることで、これまで合成が困難だったさまざまな機能性物質のサブマイクロメートル球状粒子の合成が可能であることを実証した。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金 基盤研究(B)「微小活性種場と液相の界面を利用した難生成ナノ粒子の創製(平成20~22年度)」による支援を受けて行ったものである。また、本研究内容の一部は香川大学 工学部 材料創造工学科 石川 善恵 助教との共同研究によるものである。
微細な球状粒子は、液-液あるいは気-液界面を作成し、表面張力により球状液滴を形成させ、液滴の成分を固化させることで得られる。液滴を溶融により作成した場合は、急冷を行わないと球状粒子が重力によって変形したり、安定結晶面が組み合わさった多面体のような形状の粒子が生成したりすることになる。通常の加熱法では、熱源が気体や液体の媒体全体を加熱してこれが間接的に粒子を加熱する。そのため冷却時に媒体を急冷しても媒体全体の熱容量が大きいので、粒子自体の冷却速度もそれほど大きくはならない。このように、従来のプロセス技術では対象とする粒子だけを急速に加熱・冷却することが実質的に不可能であり、球状粒子の生成は困難であった。
今回、われわれが開発した方法では、液体中に原料ナノ粒子を分散し、ナノ粒子が吸収できる波長のパルスレーザー光を照射する。ナノ粒子に吸収されたレーザー光のエネルギーが熱に変換することで急速に粒子の温度が上昇し、融点以上に達して融解する。10ナノ秒以下の幅のパルスレーザー光を用いるので、エネルギー供給は短時間で停止し、その後、液滴から媒体へ熱が拡散して液滴の温度が低下して急冷が起こり、溶融していた液滴が固化して球状粒子が生成する。このように、本手法の最大の特徴は、溶融に必要なエネルギーを必要な原料物質だけに必要な時間だけ投入していることである。これを模式的に示したのが図2である。また、必要なレーザー光エネルギーが小さいので、非集光レーザー照射を利用でき、作製速度が大幅に向上している。
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図2
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(a)レーザー光パルスと溶融、固化の時間スケールの関係図
(b)レーザー光吸収により熱容量の小さい原料ナノ粒子粉体が溶融して生成
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図3は酸化銅(融点1201 ℃)のナノ粒子を原料として、これにエネルギーの異なるレーザー光を照射したときに生成する粒子サイズの変化を示したものである。レーザーエネルギーが低い場合には原料の粒子サイズとほとんど変わらないが、レーザーエネルギーがある値(しきい値)を超えると粒子サイズがサブマイクロメートルサイズに増加し球状粒子が生成するようになる。これは原料ナノ粒子の温度が融点を超えて溶融液滴が瞬間的に生成しているためと考えられる。さらにエネルギーを増加させると粒子温度が沸点を超えて瞬時に気化蒸発するようになり、生成した粒子のサイズが急激に小さくなる。このような高いレーザーエネルギー範囲は、ナノ粒子合成のための液相レーザーアブレーション法で用いられるエネルギー範囲と考えられる。図4は生成した球状粒子の電子顕微鏡写真と粒子サイズ分布である。照射レーザーエネルギーを変化させることでサブマイクロメートル球状粒子のサイズを制御できることがわかる。このような球状粒子が生成するのに必要なレーザー光エネルギー量が、もし液体全体の加熱に使われたとした場合の温度上昇は0.1度以下にすぎず、本手法ではエネルギーが目的物質の溶融プロセスだけに非常に効率よく使われている。
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図3 照射したレーザーエネルギー密度と生成粒子サイズの関係
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図4 照射レーザーエネルギーの変化による生成粒子の形態変化
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本手法のもう一つの特徴は、サブマイクロメートル球状粒子の作成時に高温での化学反応を起こさせることができる点である。図1左の酸化銅(II)(CuO)ナノ粒子を原料としたとき、液体媒体としてアセトンを用いると、その生成物は図5のように照射エネルギーによって酸化銅(II)(CuO)から酸化銅(I)(Cu2O)、銅(Cu)へと徐々に変化していた。レーザー光が照射されると原料粒子の温度は融点を超えて1300~1700 ℃に短時間で到達する。このような高温の粒子に接しているアセトン分子は熱分解を起こし、炭素、水素、一酸化炭素、メタン、エチレンなどの物質が生成し、これらの物質はCuOを還元する(酸素を奪う)ことが可能であることが熱力学的に予測され、これらの物質による高温還元反応により生成物の組成が変化したと考えられる。このように、本手法を用いることで、金属酸化物の高温還元反応を室温大気圧環境下の液体中で実現できることがわかった。
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図5 照射レーザー照射エネルギー密度と生成粒子の組成との関係
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以上の例は酸化銅を原料としたものであるが、適切な原料粒子を選択し照射レーザーや液体種などの条件を最適化することで、容易に他の機能性材料の球状粒子の作製に応用できる。図6は酸化亜鉛、酸化タングステン、銅、鉄のサブマイクロメートル球状粒子の作製例である。これらのほかの材料のサブマイクロメートル粒子の作製にも応用でき、例えば、炭化ホウ素(B4C)は融点が2200 ℃を超える高温材料であり硬い材料としても知られているが、ホウ素(B)粉末を有機溶媒中でレーザー照射することで炭化反応を起こさせて、炭化ホウ素のサブマイクロメートル球状粒子を作製することも可能である。
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図6 サブマイクロメートル球状粒子の作成例。
a)酸化亜鉛 b)酸化タングステン c)銅 d)鉄
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このような機能性サブマイクロメートル球状粒子の汎用的なプロセス技術は例がなく、かつ広い範囲での応用が期待できる。今後は、サブマイクロメートル球状粒子の生成量のさらなる増加を目指した研究開発を進めるとともに、本手法により初めて作製が可能となったサブマイクロメートル球状粒子の医療、光学、機能表面など、さまざまな分野での応用を目指した研究に取り組んでいく予定である。