国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門 【研究部門長 北本 大】 界面材料グループ 小木曽 真樹 主任研究員、丁 武孝 研究員らは、水に応答して薬剤を放出する新規の有機ナノカプセルを開発した。
このナノカプセル(直径100~150ナノメートル)は、アミノ酸誘導体と亜鉛化合物をアルコール中で混合するだけで簡便に製造可能である。製造時に薬剤などの内容物を一緒に混合しておくだけで、カプセル化と同時に封入できる。アルコールに混合可能であれば、親水性、疎水性を問わず封入が可能となる。ナノカプセルは、乾燥状態および有機溶媒中では安定であるが、水系溶媒では水による刺激に応答して構造が変化し、内容物を放出する。汗、雨水、海水などでぬれると内容物を放出する水応答性カプセルとして期待できる。
なお、本研究成果の詳細は、2016年10月(日本時間)に日本油化学会の論文誌Journal of Oleo Scienceにオンライン掲載される予定である。
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カプセル化と放出の模式図。3つの原料を有機溶媒中で混合することでナノカプセルが形成し、水系溶媒に再分散すると内容物を放出する。 |
水にぬれると機能を発揮する水応答性材料に対する需要は高い。例えば、水にぬれるとインクが発色して知らせる水没検知シールや乳児用おむつなどが知られている。化粧品分野では、皮膚が汗や雨などでぬれると化粧崩れや成分の劣化が起こるため、水でぬれることで逆に皮膜を強くする技術等が開発されている。船底塗料には、海水により防汚物質を溶出させることで海洋生物の付着を防止するものが開発されており、通常タイプと比べて二酸化炭素排出量を4 %以上削減できたという報告例もある。
水応答性材料のさらなる機能向上が望まれている。例えば、湿気や光等で反応しない保護機能、必要とされる時間をかけて放出される徐放機能などである。カプセル材料はこれらの課題を解決できると期待されているが、いくつか課題があり適用例はほとんどない。例えば、均一サイズのナノカプセルを製造するためには、特殊な工程が必要なため量産性に難がある。また、親水性物質の封入率は高いが疎水性物質は低いこと、乾燥状態や有機溶媒中で不安定であることなどの課題もある。
産総研は、ナノサイズの棒状空間をもつ有機ナノチューブ材料の開発を行ってきた。これまで大きく分けて2種類を開発している。一方は、量産が可能であるが、外部刺激に応じて内容物を放出する機能を持たなかった。他方は、内容物を光やpHにより放出する機能をもっているが、構造が複雑なため量産化が容易でなかった。そこで量産化が容易で、かつ刺激に応じて内容物を放出可能な有機ナノカプセル材料の開発を行った。
カプセル化剤(アミノ酸誘導体)と亜鉛化合物を、室温においてアルコールなどの有機溶媒中で混合操作するだけで、直径100~150ナノメートルと均一なサイズからなる有機ナノカプセルを製造できた。溶媒1 L当たり100 g以上のナノカプセルを数時間以内に得ることができる。このナノカプセルは、ろ過により溶媒と分離し、乾燥することが可能であり、乾燥後もカプセル構造は安定であった。製造時に目的物を混合しておくと、カプセル形成時にそれらを内部に封入することが可能である(図1)。有機溶媒に溶解あるいは分散が可能であれば、親水性、疎水性を問わず封入できる。
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図1 青色色素であるメチレンブルーを封入したナノカプセルの(左)製造中および(中)ろ過、洗浄、乾燥後の粉末を示す写真。(右)粉末の電子顕微鏡像。 |
このナノカプセルは、水が刺激となり内容物を放出する、水応答性ナノカプセルである。ナノカプセルの壁を形成する成分の1つである亜鉛イオンが水和することで、カプセルの壁の構造が変化し、内容物を放出すると推測された。アルコール以外の有機溶媒では安定であり、トルエンやアセトンに1日間分散しても変化は起こらない。
メチレンブルーを封入したナノカプセルの乾燥粉末を中性水溶液に分散した場合、24時間で20 %、72時間で40 %弱と、メチレンブルーを徐々に放出できることを確認した(図2)。酸性水溶液では24時間で80 %強であり、壁の構造がより大きく変化することで、放出が促進された。エタノールに分散した場合は、水系溶媒の場合に比べて変化が非常に遅いため、3日後でも10 %程度の放出にとどまった。溶媒などにより放出のコントロールが可能になる。
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図2 (左)メチレンブルーの放出率を経過時間でプロットしたグラフ。ナノカプセルをそれぞれの溶媒に分散し、室温で一定時間震とう後、ろ過によりカプセルを除去。ろ液の吸収スペクトルから、溶媒中に放出されたメチレンブルーの量を計算。
(右)中性水溶液に分散した場合の色の変化を示す写真。ナノカプセル除去後のろ液。 |
芳香性物質を封入したカプセルを化粧品や制汗剤などに加えると、汗や雨水などでぬれた時に、目的の香りを放出できる可能性がある。また、自己修復物質を封入したカプセルを塗料に添加すると、塗膜に傷がつき、水が内部に侵入した際に、目的物質が放出され塗膜が修復されるといった機能も期待できる。
今後は、薬剤等をより効率的にカプセル化する技術を開発すると共に、企業への試料提供等を通して、放出特性の評価や用途開拓を進める予定である。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
機能科学研究部門 界面材料グループ
主任研究員 小木曽 真樹 E-mail:m-kogiso*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)