発表・掲載日:2015/04/28

超微細な貴金属ナノ粒子触媒を固定化

-水素発生反応の触媒として水素エネルギー社会実現に寄与-

ポイント

  • 層状炭素材料であるグラフェンに超微細な貴金属ナノ粒子触媒を均一に固定化
  • 還元過程で貴金属とともに析出した非貴金属の犠牲により実現
  • 超微細な金属ナノ粒子の新しい合成法として広範な応用に期待

概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電池技術研究部門【研究部門長 谷本 一美】エネルギー材料研究グループ 徐 強 上級主任研究員とYao CHEN 元産総研特別研究員らは、「非貴金属犠牲法」という新しい手法を開発し、超微細な金属ナノ粒子触媒を層状炭素材料であるグラフェン上に均一に固定化することに成功した。

 今回開発した技術を用いて作製した金属ナノ粒子触媒を、液相の水素貯蔵材料であるギ酸からの水素発生反応に用いたところ、触媒の活性・耐久性が大幅に向上した。この技術は、水素エネルギー社会実現に寄与することが期待されるとともに、超微細な金属ナノ粒子の新しい合成法として、幅広い応用が期待される。

 この研究成果は、2015年1月14日に米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyに掲載された。

貴金属ナノ粒子触媒のグラフェン上への固定化法の写真
図1 貴金属ナノ粒子触媒のグラフェン上への固定化法
(上)これまでの還元・析出法、(下)今回開発した手法

開発の社会的背景

 地球環境保全問題や移動型機器の爆発的な普及を背景として、クリーンで安全なエネルギー供給システムへの社会的要請はかつてない程の高まりを見せている。水素は、エネルギー取り出し後には「水」だけになるため、環境に優しいクリーンなエネルギーとして期待されている。しかし、水素エネルギー社会の実現には、水素の貯蔵・運搬という大きな課題を解決する必要がある。

 液化水素は、冷却液化に大量のエネルギーを必要とする上、自然蒸発が長期貯蔵の際の大きな問題となっている。一方、水素吸蔵合金は、重量当たりの水素密度が低いことが車載用などの移動型燃料電池への実用化のネックとなっている。また、高圧ガスボンベは車載用水素貯蔵法として期待されているが、安全上の課題がある上、大規模な水素輸送や小型の移動型機器での利用が困難である。それに対して、化学的水素貯蔵は、高密度の水素を化学結合によって水素化物という安定な形で安全に貯蔵できるため、大規模な水素輸送や小型の移動型機器への水素供給の有望な方法の一つとして期待されている。

研究の経緯

 化学的水素貯蔵に用いる水素化物としては現在、アンモニアやメチルシクロヘキサンなどが検討されているが、水素発生温度が高いといった問題がある。これに対して、ギ酸は常温常圧での水素貯蔵量が4.4 %あり、二酸化炭素との相互変換に伴うエネルギー変化が小さいことから、温和な条件で使用でき、効率のよい水素貯蔵用水素化物として期待されている。これまでに産総研で、二酸化炭素の水素化によるギ酸生成(水素貯蔵)とギ酸の分解による水素ガス発生という二酸化炭素/ギ酸の相互変換を温和な条件で行える高性能な均一系触媒(金属錯体)が開発された(2012年03月19日 産総研プレス発表)。しかし、ギ酸を用いた水素貯蔵システムを実用化するため高活性で高耐久性の不均一系触媒が望まれている。産総研はこれまで各種水素化物からの水素発生用不均一系触媒の研究開発を続けており(2012年11月27日 産総研主な研究成果)、今回、ギ酸用の不均一系触媒の開発に取り組んだ。

 本研究開発は、2009年11月13日に行われた日米首脳会談における日米クリーン・エネルギー技術協力に関する合意に基づいて開始された経済産業省「日米等エネルギー技術開発協力事業(日米クリーン・エネルギー技術協力)」による支援を受けて実施した。

研究の内容

 グラフェンは、グラファイトを構成する単原子薄膜で、炭素原子が平面上で蜂の巣状に並んだ構造をもつ(図1)。近年、グラフェンは金属ナノ粒子触媒を固定化させる材料としても注目され、さまざまな固定化方法が試みられてきたが、金属ナノ粒子触媒が固定化の過程で凝集して大きくなり、触媒反応に活性を示す有効な金属の表面積が小さくなることから、触媒活性が不十分などの問題が生じていた。

 今回、還元の際に貴金属とともに析出した非貴金属を犠牲とすることにより、グラフェン上に超微細貴金属ナノ粒子を固定化する「非貴金属犠牲法」という手法を開発した。この手法では、貴金属が還元されてグラフェン上へ析出する際に、同時に析出した非貴金属が貴金属ナノ粒子の凝集を防ぐ。その後、酸によって非貴金属を溶出(非貴金属の犠牲)させることによって、超微細貴金属ナノ粒子をグラフェン上に固定化できる。非貴金属を同時に析出させる点が従来法との主な違いの一つである。

 今回、グラフェン酸化物を水溶液に分散させ、触媒の前駆体であるテトラクロロパラジウム酸カリウム (II)(K2PdCl4)と硝酸銀(AgNO3)と同時に酢酸コバルト(Co(CH3COOH)2)を加えた。水素化ホウ素ナトリウム (NaBH4)による還元により、触媒となる貴金属であるパラジウム(Pd)と銀(Ag)からなるナノ粒子(Pd/Agナノ粒子)が析出する際に、ホウ酸コバルト(Co3(BO3)2)も同時にグラフェン上に析出して、Pd/Agナノ粒子の凝集が防がれた。その後、リン酸(H3PO4)を用いて、(Co3(BO3)2)を溶出させて除くと、超微細Pd/Agナノ粒子をグラフェン上に固定化できた。透過型電子顕微鏡観察の結果、この手法により超微細なPd/Agナノ粒子がグラフェン上に均一に固定化されていることが確認できた(図2)。

グラフェン上に固定化された金属ナノ粒子触媒の透過型電子顕微鏡像の図
図2 グラフェン上に固定化された金属ナノ粒子触媒の透過型電子顕微鏡像
(a)非貴金属不使用。リン酸処理による析出非貴金属の(b)溶出前と(c)溶出後。
 
グラフェン上に固定化された金属ナノ粒子触媒によるギ酸分解・水素放出反応の図
図3 グラフェン上に固定化された金属ナノ粒子触媒によるギ酸分解・水素放出反応
 

 今回開発したグラフェン上に固定化された金属ナノ粒子触媒は、ギ酸の分解反応により高効率に水素を発生させた(図3)。触媒活性の指標である触媒回転頻度は50 ℃では2739 h-1に達し、これは不均一系触媒では最も高い値である。また、生成した水素からは、燃料電池の電極触媒の劣化原因となる一酸化炭素が検出されなかった。さらに、この触媒は、サイクル試験において安定な触媒活性を維持し、高い耐久性を示した。

今後の予定

 今後、「非貴金属犠牲法」を用いて、グラフェン上に固定化した金属ナノ粒子触媒の開発を進め、ギ酸をはじめとする化学的水素貯蔵に用いる材料の高機能化、高効率化を図り、さらに環境やエネルギー技術に応用可能な多様な材料に展開していきたい。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
電池技術研究部門 エネルギー材料研究グループ
上級主任研究員   徐 強  E-mail:q.xu*aist.go.jp(*を@に変更して使用して下さい。)


用語の説明

◆金属ナノ粒子
粒径がナノメートル(nm)オーダーの金属の粒であり、多様な用途がある。本研究では、金属ナノ粒子を触媒として用いた。[参照元へ戻る]
◆触媒
化学反応の反応速度を高めたり反応選択性を変えたりする材料。触媒自体は化学反応で消費されない。[参照元へ戻る]
◆グラフェン
グラファイトを構成する単原子薄膜で、炭素原子が平面上で蜂の巣状に並んだ構造をもつ。[参照元へ戻る]
◆水素貯蔵材料
水素を貯蔵・供給するための材料。水素を貯蔵するためには、高圧の水素タンクや極低温に冷却した液体水素以外に、水素を貯蔵する物質として、金属類である水素吸蔵合金と、無機・有機物材料が提案されている。本研究では、ギ酸(HCOOH)を用いている。[参照元へ戻る]
◆ギ酸(HCOOH)
最も簡単なカルボン酸で、工業的に大量に製造されている。ギ酸の分解は、下記2つの競合する反応経路を持つ。
HCOOH → H2 + CO2 (1) (脱水素反応)
HCOOH → H2O + CO (2) (脱水反応)
従来は、選択的にギ酸を脱水素させることが困難だったために、ギ酸分解によって生成するガス中に一酸化炭素(CO)が含まれていた。[参照元へ戻る]
◆移動型機器
特定の場所で固定して使用する固定型の機器に対して、移動型機器は、意図した用途を果たすために必要な移動ができる機器類、または使用者が日常に持ち運ぶように意図された機器類を指す。例として、自動車などの小型運搬機器や携帯電話、ノート型パーソナルコンピューターなどがある。[参照元へ戻る]
◆水素化物
水素と化合した物質。多くの元素が水素と化合して、金属水素化物や非金属の水素化物を形成する。炭素と水素からできた炭化水素も水素化物であり、石油や石炭などの主成分として、これまでのエネルギー消費を担ってきた。各種金属や非金属の無機物や有機物の水素化物が水素貯蔵材料として提案されている。[参照元へ戻る]
◆均一系触媒
均一系触媒は、溶液に溶かして用いる触媒であり、酸や塩基を触媒(酸触媒、塩基触媒)とするものや、金属錯体を利用するもの(錯体触媒)がある。[参照元へ戻る]
◆不均一系触媒
不均一系触媒は、固相のままで用いる触媒であり、化学工業など、化学物質を大量に生産する施設では、気相での固定床や流動床流通式反応装置がしばしば用いられること、液相反応でも生成物の分離回収が容易であること、一般に錯体触媒よりも耐久性が高いといった理由から、不均一系触媒が多く用いられている。不均一系触媒は、金属や金属酸化物などのような単純な物質から、本研究で用いたもののように、金属ナノ粒子を担持したものなど、多種多様である。[参照元へ戻る]
◆前駆体
前駆体とは、ある化学物質について、その物質が生成する前の段階の物質のことを指す。[参照元へ戻る]

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