発表・掲載日:2012/11/27

多孔性配位高分子に金属ナノ粒子触媒を固定化

-水素エネルギー社会実現に寄与する新しい技術-

ポイント

  • 多孔性配位高分子の外表面に凝集させずに、細孔内に金属ナノ粒子触媒を均一に固定化
  • 親水性溶媒と疎水性溶媒を併用する「二溶媒法」により実現
  • 金属ナノ粒子の新しい合成法として広範な分野への応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ユビキタスエネルギー研究部門【研究部門長 小林 哲彦】ナノ機能合成グループ【研究グループ長 清水 洋】 徐 強 主任研究員とアルシャド・アイジャズJSPS特別研究員らは、「二溶媒法」という新しい手法を用いることにより、超微細な金属ナノ粒子触媒を多孔性配位高分子の外表面に凝集することなく細孔内に均一に固定化することに成功した。

 水素貯蔵材料であるアンモニアボランからの水素発生反応において、今回開発した技術を用いて作製した金属ナノ粒子触媒の活性・耐久性は大幅に向上した。本技術は、水素エネルギー社会実現のために寄与することが期待されるとともに、金属ナノ粒子の新しい合成法としても、太陽光エネルギー変換など広範な分野への応用が期待される。

 この研究成果は、2012年8月29日に米国化学会誌Journal of the American Chemical Society, 134 (34), 13926-13929 (2012) に掲載された。

超微細な金属ナノ粒子触媒を多孔性配位高分子の細孔内へ固定化の図
図1 超微細な金属ナノ粒子触媒を多孔性配位高分子の細孔内へ固定化
左図は配位高分子が持つナノ細孔構造。金属ナノ粒子の元となる前駆体は金属塩水溶液として配位高分子のナノ細孔内に導入される。右図は、配位高分子のナノ細孔内に固定化した金属ナノ粒子が高活性触媒として作用して、アンモニアボラン(NH3BH3)という水素貯蔵材料から水素(H2)を取り出す様子を示す。

開発の社会的背景

 地球環境保全問題や移動型デバイスの爆発的な普及を背景として、クリーンで安全なエネルギー供給システムの開発に対する社会的要請はかつてない程の高まりを見せている。水素(H2)は、エネルギー取り出し後の形態が「水」のみであるため、 環境に優しいクリーンなエネルギーとして期待されている。しかし、水素エネルギー社会の実現には、水素の貯蔵・運搬という解決されなければならない大きな課題がある。

 液化水素は、冷却液化に大量のエネルギーを必要とする上、自然蒸発が長期貯蔵における大きな問題となっている。水素吸蔵合金は、自動車などの移動型燃料電池への水素供給に対して、重量当たりの水素密度が低いことが実用化のネックとなっている。高圧ガスボンベは車載用水素貯蔵法として期待されているが、安全上の課題がある上、大規模な水素輸送や小型の移動型デバイスへの利用が困難である。それに対して、化学的水素貯蔵は、化学結合によって水素化物という安定な形で高密度の水素を安全に貯蔵することが可能なため、大規模な水素輸送や小型の移動型デバイスへの水素供給の有望な方法の一つとして期待されている。水素化物から水素を取り出すためには触媒が必要となるが、現状では触媒の活性と耐久性が不十分であり、水素化物からの水素発生反応の効率を大幅に改善できる高性能触媒の開発が望まれている。

研究の経緯

 産総研は、移動型燃料電池のための高性能水素貯蔵材料の研究に取り組み、水素化物であるアンモニアボランの加水分解による水素発生反応を世界に先駆けて見出した。その後も、水素発生効率を向上させるため、水素貯蔵材料からの高効率水素発生触媒の研究開発を続けてきた。

 本研究開発は、2009年11月13日に行われた日米首脳会談における日米クリーン・エネルギー技術協力に関する合意に基づいて開始された経済産業省「日米エネルギー環境技術研究・標準化協力事業(日米クリーン・エネルギー技術協力)」による支援を受け、米国パシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)のトム・アウトレイ博士らの協力を得て実施している。

研究の内容

 多孔性配位高分子は、金属イオンと有機配位子が無限に連結され、ジャングルジムに類似した構造(図1左)を有する新しい固体材料である。近年、世界中の研究者によって、その内部に規則的に並ぶナノメートルサイズの細孔を有用な空間として利用する研究開発が幅広く展開されている。また、多孔性配位高分子は金属ナノ粒子触媒を固定化させる材料としても注目されている。

 これまでも多孔性配位高分子へ金属ナノ粒子を固定化するために、様々な方法が試みられてきたが、触媒になる金属粒子が配位高分子の外表面に凝集して大きくなり、触媒反応に活性を示す有効な金属の表面積が小さくなることから、触媒活性を上げることができないなどの問題が生じていた。高活性で、かつ高耐久性のある触媒を実現するためには、多孔性配位高分子の外表面に凝集することなく、ナノ細孔内への金属ナノ粒子を固定化する新しい方法の開発が望まれていた。

 今回、親水性溶媒と疎水性溶媒を併用する新しい「二溶媒法」を用いて、外表面に凝集することなく、多孔性配位高分子のナノ細孔内へ金属ナノ粒子を固定化することに成功した。

 本研究では、代表的な多孔性配位高分子の一つであり、内径2.9 nmと 3.4 nmの親水性の空洞を持ち、空洞間は直径1.2 nmと 1.6 nmの窓によってつながっているクロムの配位高分子Cr3F(H2O)2O[(O2C)C6H4(CO2)]3を金属ナノ粒子の固定化材料として用いた。多孔性配位高分子を疎水性溶媒(ヘキサン)に分散させ、さらに、触媒の前駆体である塩化白金酸(H2PtCl6)水溶液(親水性溶媒)を多孔性配位高分子におけるナノ細孔容積全体よりも少ない量で加えることにより、白金をナノ細孔内に完全に取り込むことができた。透過型電子顕微鏡観察の結果、このように合成した試料では、白金ナノ粒子が多孔性配位高分子の外表面に凝集することなく、完全に細孔内に固定化することを確認できた(図2)。また、この白金ナノ粒子が幅の狭い粒径分布(平均粒径は1.9 nm)を有することがわかった(図3)。

 本合成法と従来法との主な違いの一つは、ナノ細孔容積全体よりも少ない量の前駆体金属塩水溶液(親水性溶媒)を用いたことである。これにより、前駆体金属塩が親水性であるナノ細孔内に完全に取り込まれ、外表面に金属粒子が凝集することを回避できた。本合成法におけるもう一つの重要なポイントは、大量の疎水性溶媒を用いたことである。わずかな体積の前駆体金属塩溶液では、完全に固体の多孔性配位高分子試料を浸漬することができないため、大量の疎水性溶媒を同時に用いることで、溶媒全体に固体の配位高分子試料を分散させることができ、少量の前駆体金属塩溶液を固体の配位高分子試料全体に均一に分布させることができた。

多孔性配位高分子に固定化された白金ナノ粒子触媒の透過型電子顕微鏡による観察結果の図
図2 多孔性配位高分子に固定化された白金ナノ粒子触媒の透過型電子顕微鏡による観察結果
白金ナノ粒子は黒い点として観測され、多孔性配位高分子は黒い点を保持する灰色の背景として観測される。白金ナノ粒子は配位高分子の細孔径(2.9 nmと 3.4 nm)よりも小さいため、外表面に凝集することなく、完全に多孔性配位高分子の細孔内に固定化されている。

白金ナノ粒子の粒径分布図
図3 白金ナノ粒子の粒径分布
多孔性配位高分子の細孔内に固定化された白金ナノ粒子は1.2~2.8 nmの幅の狭い領域に分布し、粒径分布曲線(赤線)から平均粒径は1.9 nmであることがわかる。

 今回開発した多孔性配位高分子に固定化した白金ナノ粒子触媒を用いて、アンモニアボランの加水分解・水素発生反応を行ったところ、これまで最も活性の高かった白金触媒よりも、水素発生速度が2倍向上した。また、アンモニアボランの熱分解・水素発生反応を行ったところ、燃料電池電極触媒の活性を低下させるアンモニア(NH3)などの揮発性副生成物が観測されず、かつより低温で水素を生成できることがわかった。さらにこの触媒は、反応後も白金ナノ粒子が多孔性配位高分子の細孔内に保持され、安定な触媒活性を維持し、高い耐久性を示した。

今後の予定

 配位高分子には、多孔性のみならず、光特性や磁性などの優れた機能を有するものも数多く報告されている。光吸収特性を持つ多孔性配位高分子に白金ナノ粒子を固定化し、太陽光を利用した水素発生用光触媒として用いたという報告例もある。「二溶媒法」は、金属ナノ粒子に限らず、多孔性配位高分子の細孔内への各種ナノ粒子の導入や固定化に有効な手段として、今後触媒のみならず多様な用途に用いられることが期待される。

 今後、「二溶媒法」を用いて、多孔性配位高分子に固定化した金属ナノ粒子触媒の開発を進めると共に、環境やエネルギー技術に応用可能な材料に展開していきたい。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
ユビキタスエネルギー研究部門 ナノ機能合成グループ
主任研究員  徐 強  E-mail:q.xu*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆金属ナノ粒子
粒径がナノメートル(nm)オーダーの金属の粒であり、多様な用途がある。本研究では、金属ナノ粒子を触媒として用いた。[参照元に戻る]
◆触媒
化学反応の反応速度を高めたり反応選択性を変えたりする材料。触媒自体は化学反応で消費されない。[参照元に戻る]
◆配位高分子
金属イオンと有機配位子が無限に連結されて形成される、ジャングルジムに類似した構造を持つ新しい機能性材料(金属イオンはジャングルジムの骨組みの節点、有機配位子は連結部材に対応)。従来の多孔性材料と比べて、有機配位子と金属イオンの組み合わせをうまく選んでナノ空間の大きさや形をデザインすることによって、目的とする各種機能を持たせることができる利点を持つ。本研究では、その細孔に超微細金属ナノ粒子を取り込み、高い触媒活性を発揮・維持させることができた。[参照元に戻る]
◆細孔
材料が持つ微細な空孔のこと。その中に物質を取り込む特性を持つ。[参照元に戻る]
◆水素貯蔵材料
燃料電池の燃料である水素を貯蔵・供給するための材料。水素を貯蔵するためには、高圧の水素タンクや極低温に冷却した液体水素以外に、水素を貯蔵する物質として、金属類である水素吸蔵合金と、無機・有機物材料が提案されている。本研究では、アンモニアボラン(NH3BH3)を用いている。[参照元に戻る]
◆アンモニアボラン
化学式がNH3BH3で表される無機化合物である。無色の固体で、常温常圧で安定である。水素の含有量は19.6重量%と高く、触媒を用いることにより安全・簡便に水素を取り出すことができ、燃料電池に使われる水素の貯蔵媒体として提案されている。[参照元に戻る]
◆移動型デバイス
特定の場所で固定して使用する固定型の機器に対して、移動型デバイスは、意図した用途を果たすために必要な移動ができる機器類、または使用者が日常に持ち運ぶように意図された機器類を指す。例として、自動車などの小型運搬機器や携帯電話、ノート型パーソナルコンピューターなどがある。[参照元に戻る]
◆水素化物
水素と化合した物質。多くの元素が水素と化合して、金属水素化物や非金属の水素化物を形成する。炭素と水素からできた炭化水素も水素化物であり、石油や石炭などの主成分として、これまでのエネルギー消費を担ってきた。各種金属や非金属の水素化物が水素貯蔵材料として提案されている。[参照元に戻る]
◆有機配位子
有機配位子とは、金属イオンと配位結合を形成する有機化合物のことで、カルボキシル基、アミノ基やチオール基などを含む数多くの化合物が知られている。[参照元に戻る]
◆前駆体
前駆体とは、ある化学物質について、その物質が生成する前の段階の物質のことを指す。本研究では、前駆体である塩化白金酸(H2PtCl6)が還元され、白金(Pt)ナノ粒子が生成する。[参照元に戻る]

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