独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】フレキシブル有機半導体チーム【研究チーム長 堀内 佐智雄】 松井 弘之 研究員、同センター 長谷川 達生 副研究センター長らは、株式会社住化分析センター【代表取締役社長 中塚 巌】(以下「住化分析センター」という)等と共同で、
多結晶性
有機トランジスタの
キャリアー(電子や
正孔)の動きを評価・解析する新たな手法を開発した。
軽量で折り曲げ可能な情報通信端末機器(フレキシブルデバイス)を実現するための基本となる素子として、有機トランジスタの研究開発が世界中で盛んに行われている。今回、有機トランジスタ内を流れるキャリアーが持つ電子スピンを利用して、多数の微結晶からなる有機半導体層内の、微結晶内部と微結晶粒界のキャリアー輸送を分離して評価する手法を開発した。この手法によって、有機トランジスタの性能向上や信頼性向上の指標が得られ、フレキシブルデバイスの研究開発が大きく加速されると期待される。
なお、この手法の詳細は米国物理学会誌 Physical Review B (Phys. Rev. B 85, 035308 (2012).)に掲載された。
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図1 有機トランジスタ内におけるキャリアーの伝導の様子
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近年、有機トランジスタは、軽い・薄い・落としても壊れないという特徴を備えた情報通信端末機器(フレキシブルデバイス)のための基本素子として、世界中で盛んに研究開発が行われている。同時に、有機トランジスタは、印刷法によるデバイス製造(
プリンテッドエレクトロニクス技術)を可能にする最有力の素子であることから、フレキシブルデバイスの製造工程の省資源・省エネルギー化にも大きな期待が寄せられている。ここ数年、新材料や印刷法を用いたデバイス製造技術の開発が進むなど、実用化・事業化に向けた研究開発が着実に進展している。
有機トランジスタの核となる有機半導体層は、通常、数十ナノメートルから数マイクロメートルの広がりを持つ微小な結晶の集まり(多結晶)で構成されている。半導体層内では、キャリアーは微結晶内部の伝導と微結晶粒界の飛び移りを繰り返しながら移動している。このため、有機トランジスタの性能や信頼性を向上するためには、微結晶粒界のポテンシャル障壁を評価・解析することが不可欠である。しかしながら、通常の電気的測定法によって微結晶粒界の評価・解析を行うことは難しく、新たな手法の開発が求められていた。
産総研では、有機トランジスタ内のキャリアーの動きを
電子スピン共鳴(ESR)法により調べる研究を進めてきた。これまでにキャリアーの運動によりESRスペクトルが尖鋭化する現象を世界で初めて観測するとともに、低温でキャリアーが動かなくなった有機トランジスタのESRスペクトルをもとにキャリアーの動きを妨げる原因を解析する手法を開発している(
2010年2月22日「主な研究成果」)。
産総研は、住化分析センター、山形大学、広島大学と共同で、多結晶層からなる有機トランジスタの新しいESR測定法の開発をさらに進め、今回の成果を得た。
なお本研究の一部は、独立行政法人 科学技術振興機構の戦略的イノベーション創出推進プログラムの研究開発課題「新しい高性能ポリマー半導体材料と印刷プロセスによるAM-TFTを基盤とするフレキシブルディスプレイの開発」による受託、および総合科学技術会議により制度設計された独立行政法人 日本学術振興会による最先端研究開発支援プログラム「強相関量子科学」の助成を受けて行われた。
今回用いた有機トランジスタは、プラスチックフィルム等の基板上に
ゲート構造と有機半導体層を積層して作製した。有機半導体層内では、平板状の微結晶が全て平板面が基板に平行となるように配列している。基板に対して垂直な磁場をかけた場合(図2(左))には、どの微結晶に対しても磁場は同等に(平板面に垂直に)かかるため、温度によらず1つのピークのみからなるESRスペクトルが得られる(図3(a))。一方、基板に対して平行な磁場をかけた場合(図2(右))には、微結晶ごとに磁場の向きが異なる。実際、低温でESRスペクトルを測定すると2つのピークに分裂した形状が得られた(図3(b))。さらに、この分裂したピークは温度が上昇するとともに1つのピークに収束する様子が見られた。この現象は、半導体層内のキャリアーが高温で微結晶間を飛び移れるようになり、微結晶ごとのESRスペクトルが平均化される効果(
運動による尖鋭化効果)によって生じたものと考えられる。この温度によるESRスペクトルの変化を詳しく解析することにより、微結晶粒界間のポテンシャル障壁の高さが評価できた。
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図2 基板に対して磁場を垂直(左)、および平行(右)に加えた場合の模式図
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図3 有機半導体層に対して磁場を(a)垂直および(b)平行な向きにして測定したESRスペクトル
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運動による尖鋭化効果を示すESRスペクトルの理論解析により、各温度でキャリアーが微結晶内部を移動する頻度(繰り返し周波数)と、微結晶粒界を飛び越えながら移動する頻度を評価した(図4)。その結果、キャリアーが移動する際に必要なエネルギー(活性化エネルギー: EA)は微結晶内部において21 meVと小さいのに対し、微結晶粒界では86 meVと大きく、約4倍の差があることが分かった。これらの活性化エネルギーは、それぞれ微結晶内部に存在する浅いトラップの深さと、微結晶粒界のポテンシャル障壁の高さに対応している(図5)。さらに、これらの結果を有機トランジスタの基本性能である移動度と比較したところ、移動度は微結晶粒界のキャリアーの移動と、ほとんど同じ活性化エネルギーを持つことが分かった。このことから、有機トランジスタの実質的な性能を決定しているのは主に微結晶粒界の部分にあることが明らかとなった。
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図4 ESRスペクトル解析によって得られた微結晶内部および微結晶粒界のキャリアー移動頻度
有機トランジスタの電気的特性から求めた移動度も合わせて示した。 グラフの傾きから、キャリアー移動に要するエネルギーが求まる。
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図5 有機半導体層内でキャリアーが輸送される様子
微結晶粒界の障壁ポテンシャルがキャリアー輸送の障害となっている。
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本手法を様々な材料や方法を用いて作製した有機デバイスに適用することにより、それぞれの素子で性能を律速している要因を明らかし、これをもとに有機トランジスタの性能を最大限に引き出すための界面制御技術の開発を進めていく計画である。