独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)セルエンジニアリング研究部門【研究部門長 大串 始】人工細胞研究グループ 安積 欣志 研究グループ長、杉野 卓司 主任研究員、アルプス電気株式会社(仙台開発センター)、東京大学大学院 工学系研究科 染谷 隆夫 教授、関谷 毅 助教、慶應義塾大学自然科学研究教育センター 中野 泰志 教授、新井 哲也 助教らは、産総研が開発してきたカーボンナノチューブ高分子アクチュエーターを用いて、非常に薄型で視覚障害者が実際に識字可能な点字ディスプレーの開発に成功した。
本開発で用いたアクチュエーターは、カーボンナノチューブとイオン液体およびポリマーバインダーからなる電極2枚の間に、イオン液体とポリマーからなるゲル電解質をサンドイッチした構造をしており、3 V以下の電圧で大きく変形する素子である。点字ディスプレーに用いるために本アクチュエーターの最適化を進め、点字のドットの凹凸を電圧で制御する形の、いままでになく薄くて軽い点字ディスプレーを作ることに成功した。
そのデモ評価機によるユーザー評価実験を進めるとともに、有機トランジスタによるフレキシブルなフィルム状点字ディスプレーの基盤技術開発も同時に進めている。今後、本成果をもとに、実用化開発を進める。
この点字ディスプレーは、平成21年11月25日~27日に開催された産総研、独立行政法人理化学研究所主催の「第4回人工筋肉コンファレンス」で展示発表された。また、平成22年3月8日(月)厚生労働省障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援機器等研究開発プロジェクト)発表会においても展示発表された。
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カーボンナノチューブ高分子アクチュエーターを用いた薄くて軽いフィルム状の点字ディスプレー
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点字は視覚障害者が単独で読み書きできる唯一の文字である。コンピューター画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)の登場により、音声による情報伝達が注目されているが、音声は時系列でしか理解できず、行き来しながら読むことができない点で文字とは異なっている。特に、電話番号や外国語のスペル等のように、正確に理解する必要がある文字列を認識する際には、一過性の音声と比べ、点字のメリットは大きい。さらに、視覚だけではなく聴覚にも障害がある盲ろう者が使える文字は点字しかない。昨年、2009年は点字を発明したブライユの生誕200年にあたり、世界中で点字の重要性が再認識されている。
点字は文字としての特性は優れているが、家電やコンピューターなどに搭載することが技術的に困難であった。なぜなら、点字を電子的に表示させるためには、従来は、比較的素子サイズの大きいソレノイド式あるいは圧電式アクチュエーターが用いられており、携帯して用いるには、大きく重くなってしまう問題があった。
カーボンナノチューブ高分子アクチュエーターは、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)相田ナノ空間プロジェクトの相田 卓三 教授(東京大学)、福島 孝典 研究員(現理研)らが見いだした、カーボンナノチューブとイオン液体からなるゲル状物質(特許第3676337号)の応用として、同ERATOのグループと産総研とが共同開発したアクチュエーター技術(特許第4038685号)を基本技術とする。
その後、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ナノテク・先端部材実用化研究開発、産総研特許実用化共同研究、アルプス電気株式会社との共同研究等でアクチュエーターの材料開発を進めた結果、発生する力や応答速度などを飛躍的に向上させた。
そこで、2009年より、カーボンナノチューブ高分子アクチュエーターを用いた点字ディスプレーの開発を、厚生労働省障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援機器等研究開発プロジェクト)「携帯電話にも装着可能な、軽量で薄い(薄さ1mm)点字デバイスの開発」において、アルプス電気株式会社、東京大学、慶應義塾大学と共同で進めてきた。
本開発に用いたアクチュエーター(カーボンナノチューブ高分子アクチュエーター)は、イオン液体とポリマーからなるゲル電解質を、カーボンナノチューブとイオン液体およびポリマーバインダーからなる電極2枚で、サンドイッチした構造(図1)をしており、3 V以下の電圧をくわえると、それぞれ大きさの異なる陽イオンと陰イオンが各電極層に移動して、電極層の体積差が生じることにより、大きく変形する素子(図2)である。このアクチュエーターは耐久性もあることから、これを用いてフィルム状の点字デバイスのプロトタイプを作製した。その動作検証を視覚障害者であるユーザーへのデモで行うことで、さらに点字ディスプレーのプロトタイプの改良を行う形で開発を進めている。
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図1 カーボンナノチューブ高分子アクチュエーターの構造
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図2 カーボンナノチューブ高分子アクチュエーターの変形
厚み方向に3 Vの電圧をかけることでカーボンナノチューブ高分子アクチュエーターがプラス極側に大きく変形する(左図)。電圧を加えた際、電極層にそれぞれのイオンが移動することにより、電極層の体積差が生じてアクチュエーターが変形するモデル図(右図)
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カーボンナノチューブ高分子アクチュエーター
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本開発に用いたカーボンナノチューブ高分子アクチュエーターは、もともと点字表示における必要な最低限の発生力や変位量を示していたが、さらに、何種類かの厚み、および電極成分の異なるアクチュエーターを試作し、最適な速度と力を示すアクチュエーターを探索した。その結果、点字ディスプレーに必要な素子の最適な厚みと電極層の組成比を見いだした。
さらに、点字のドットの凹凸を電圧で制御する形の点字ディスプレーのプロトタイプ開発を進め、6文字を表すことのできる点字ディスプレー本体(幅3 cm×長さ6.5 cm×厚み3 mm、コントロールボックス別)、および、携帯電話の大きさで、24文字表現できるコントロールボックス、電源と一体型のデモ評価機を作製し(図3、アルプス電気)、視覚障害者による評価実験を行っている(慶應義塾大学)。
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図3 点字ディスプレーデモ評価機
幅3 cm×長さ6.5 cm×厚み3 mm、6文字表示。右上はアクチュエーターによる点字表示原理の模式図
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また、有機トランジスタの集積化技術の開発により、フレキシブルなフィルム状点字ディスプレーの基盤技術の開発を東京大学で進めている。また、同時に、本開発の様なフィルム状ディスプレーがどのような用途に必要とされているかについて、ユーザー調査も進めている(慶應義塾大学)。
本開発によるカーボンナノチューブ高分子アクチュエーターを用いた触覚デバイスである点字ディスプレーは、いままでになく薄くて軽い上に、きわめて構造が簡単で、組み立てが容易である。しかも低電圧で動作して、消費電力も少ないという特徴から、タッチパネルの上に貼り込む形での搭載も可能である。また、カーボンナノチューブなどの材料費が現在進行している飛躍的な低価格化によって安価になれば、点字ディスプレーもより安価に作製できるものと期待される。
安価になれば、視覚障害者から要望の高い銀行等のATM、タッチパネル式の携帯電話や家電製品をはじめ、創造力を育てる玩具類や教科書バリアフリー法の施行で期待が高まっている電子教科書へも点字ディスプレーを搭載することもでき、視覚障害者の社会参加がより容易になることが期待される。
今後、ユーザー評価実験を通じて、明らかになった本点字ディスプレーの問題点を解決し、携帯電話や家電の液晶表示など視覚障害者が必要としているケースを調査して、実用化を目指した研究を進めていく。
独立行政法人 産業技術総合研究所
セルエンジニアリング研究部門 人工細胞研究グループ
研究グループ長 安積 欣志 E-mail: