独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) セルエンジニアリング研究部門【部門長 湯元 昇】は、神経疾患治療の鍵をにぎる神経栄養因子(BDNF)の変異体の生化学的な大量調製に成功し、これが本来の神経栄養因子とは逆の活性があることを見いだした。この技術によって、神経栄養因子活性に重要なドラッグのスクリーニングのスピードを大幅に速めることができると期待される。この変異体の増加は我々の神経疾患の病因のひとつと考えられる。そこで、この変異体を高感度にかつ定量的に測定できる酵素免疫測定法(ELISA)技術を開発した。この検出法は神経疾患診断法の一つとして応用が可能と考えられる。
また、この研究成果は、平成17年7月26日から28日に開催された日本神経科学学会で発表した。
コントロール
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正常型BDNF
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変異型BDNF
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前脳基底野コリン作動性神経細胞に対する変異型BDNFの効果
正常型BDNFを添加した群に比べて変異型BDNFを添加した群の著しい神経突起の減少が観察される。
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神経栄養因子(BDNF)は神経回路形成と神経機能発達に不可欠な神経細胞の成長を促進する重要な脳内の蛋白質であり、まだその方法が確立されていない神経疾患治療に応用できる蛋白質として注目されている。
我々はBDNFの一塩基多型(SNP)が我々の神経機能にどのような影響を与えるかを研究してきた(2003, Cell)。そのなかで神経細胞の成長を抑制するBDNFのSNPが見出されたことがこの研究のきっかけとなった。しかしBDNFをはじめとする成長因子は構造的に活性体を得ることが困難であったため、その活性調節機能、大量調製方法の開発が十分でなく、神経疾患治療への応用への道は十分には拓かれていなかった。
我々は、BDNFの一塩基多型(SNP)の研究を通して、逆に神経細胞の成長を抑制するBDNFの変異体(変異体BDNF)を見出し、このリコンビナント蛋白質の大量調製技術を開発した。変異体BDNFはアルツハイマー病脳で脱落する前脳基底野コリン作動性ニューロンの神経突起変性を起こすこと、BDNFに配列がほぼ一致する蛋白質proBDNFが生体脳に存在することを明らかにした。proBDNFの増加は神経疾患病因のひとつと予想される。我々はproBDNFを高感度にかつ定量的に測定できる酵素免疫測定法(ELISA)も同時に開発した。
変異体BDNFのリコンビナント蛋白質を用いて神経変性疾患に対する薬物のスクリーニングに活用し、開発した酵素免疫測定法(ELISA)を用いて神経疾患進行の予防と診断に活用していきたい。
2003年1月24日発表(プレス・リリース)
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一塩基遺伝子変異(SNP)した神経特異的蛋白質機能の可視化に成功
-ごくわずかの遺伝子の違いが脳の機能に影響を及ぼすことを解明-
2003.04 Vol.3 No.4(AIST Today)
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SNP配列から脳機能を理解する [ PDF:411KB ]
小島 正己(こじま まさみ)
m-kojima*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
セルエンジニアリング研究部門