東京科学大学(Science Tokyo)* 工学院 電気電子系の波多野睦子教授と岩崎孝之教授、産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センターの牧野俊晴研究チーム長と加藤宙光上級主任研究員、および信越化学工業株式会社 精密機能材料研究所の野口仁主席研究員らで構成される文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)のグループは、異種(非ダイヤモンド)基板上にダイヤモンド層をヘテロエピ成長させ、量子センサに適した(111)結晶方位とコヒーレンス時間(用語1)を備える量子品質の10 mm径以上のダイヤモンド結晶基板作製に成功しました。また、同基板によるダイヤモンド量子センサを開発し、精密アラインメント技術の適用により、EV搭載電池モニタに期待される雑音に強く高精度(10 mA)な電流計測を実証しました。
ダイヤモンド結晶中のNVセンタ(用語2)を利用したダイヤモンド量子センサは、幅広い温度を含め、広汎な外部環境下で動作し高感度と広いダイナミックレンジを有するロバストなセンサとして、また、磁場・電界・温度・圧力他を同時に計測可能なマルチモーダル(用語3)センサとして、世界中で開発が加速しています。しかし、量子センサ用のダイヤモンド結晶基板は、製造方法の制約から、これまで数ミリメートルサイズのものしか実現されていませんでした。
本研究は、ヘテロエピCVD(用語4)成長によりダイヤモンド基板の大面積化と高感度な量子センサ応用の可能性を実証したものです。これは量子品質のダイヤモンド結晶基板の大面積化と量子センサなどの固体量子応用の可能性を示すものであり、量子センサによる生体計測等の医療応用や、EV搭載電池モニタを始めとするエネルギーデバイス応用等への適用が加速すると期待されます。
本成果は、1月18日付の「
Advanced Quantum Technologies」誌に掲載されました。
ダイヤモンドは、量子材料として高いポテンシャルを有します。本研究グループでは、ダイヤモンドの結晶内で、本来炭素(C)のあるところに窒素(N)が、その隣に空孔(V)がある空孔複合体(NVセンタ)の量子センサ応用について研究を重ねてきました。NVセンタを用いたダイヤモンド量子センサの特徴として、幅広い温度・圧力下において安定かつ広いダイナミックレンジにわたって動作するロバスト性と、磁場・電界・温度・圧力といった物性を同時計測できるマルチモーダル性を持つこと等が挙げられます。
これまで、ダイヤモンド量子センサに用いられる合成ダイヤモンド結晶基板は、高温高圧法(HPHT法)または、高温高圧法で形成されたダイヤモンド結晶上にホモエピタキシャルCVD成長をさせる方法(CVD法)が使用されてきました。しかし、この方法では、元の結晶サイズの制約から数ミリメートルサイズの基板までしか実現できませんでした。工業的量産性の観点からは半導体デバイス用結晶基板の例のように大口径ほど同時形成できる数が増え、大面積化が期待されます。
大面積化を目指す上で、シリコン基板やSiC基板、サファイヤ基板などは既にインチサイズ以上のものが工業的に量産されていることから、これら非ダイヤモンド異種基板上に、ダイヤモンド結晶層を成長させるヘテロエピ成長技術の開発も従来から行われ、インチサイズのものも発表されていました。しかし、これまでヘテロエピ成長では量子センサに適した(111)方位の大面積結晶基板は得られておらず、また、コヒーレンス時間も最大、数μsのオーダーであり、結果として、量子センサとして適用が実証されているのは高温高圧法かホモエピタキシャル成長法によるダイヤモンド結晶基板に限られていました。
本研究では、高品質ヘテロエピCVD成長技術(図1)により量子センサに求められる品質のダイヤモンド結晶層を非ダイヤモンド異種基板上に形成することに成功しました。その直径は10 mm以上と従来に比べて大面積化を実現しました。量子コンピュータや量子センサの動作安定性の目安となるコヒーレンス時間(T2)を測定したところ、今回合成したダイヤモンド結晶層中のNVセンタのT2は20 μs以上と、量子センサ応用が可能な品質を達成しました。
量子センサとしては、合成したダイヤモンド結晶基板を2 mm角に加工して光ファイバー先端に実装し(図2)、CVD成長結晶で重要な結晶方位を調整可能な精密アラインメント機構を備えたセンサホルダを開発しました(図3)。このセンサを、測定対象(バスバー)の上下にペアで配置して差動動作させることで、磁気シールドなしで20 nT/√Hz以上の磁気感度を実現しました。これにより、本研究グループの研究目標の一つであるEV搭載電池モニタに期待される雑音に強く高精度(10 mA)な電流計測を実証しました。
以上、本研究ではヘテロエピCVD成長によりダイヤモンド基板の大面積化と高感度な量子センサ応用の可能性を実証しました。これは量子品質のダイヤモンド結晶基板の大面積化と量子センサなどの固体量子応用の可能性を示すものであり、量子センサによる生体計測等の医療応用や、EV搭載電池モニタを始めとするエネルギーデバイス応用等の加速が期待されます。
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図1 (上)ヘテロエピ成長ダイヤモンド基板の作製プロセス、(下)(iii)の状態での基板写真
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図2 光ファイバー先端に実装されたダイヤモンド量子センサ
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図3 精密アラインメント機構を備えたダイヤモンド量子センサホルダ
生体親和性と広いダイナミックレンジを有し、常温大気中で動作するダイヤモンド量子センサで、直径10 mm以上の大面積のものが実現可能となり、応用可能性が拡がるとともに、工業的量産性が向上します。これにより、生体計測等の医療応用や、エネルギーデバイス応用等への適用が加速することが期待されます。例えば現在は大病院でなければ受けられない高度生体磁気計測が市中の医院でも受診可能となる、EV電池の利用効率を上げ10%の重量削減が可能となることが想定されます。
文科省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」内にて、さらに医療応用としては大型のシールド設備や冷凍機無しに適用可能なこと、エネルギーデバイス応用では自動車等の車両に搭載可能にすることを目標に進め、社会実装を推進します。またQST/SIP連携により発足した固体量子センサコンソーシアムにより、参加企業への技術普及を加速します。
本研究は文科省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(JPMXS0118067395)の支援を受けました。
掲載誌:Advanced Quantum Technologies
論文タイトル:Heteroepitaxial (111) Diamond Quantum Sensors with Preferentially Aligned Nitrogen-Vacancy Centers for an Electric Vehicle Battery Monitor
著者:Kenichi Kajiyama, Moriyoshi Haruyama, Yuji Hatano, Hiromitsu Kato, Masahiko Ogura, Toshiharu Makino, Hitoshi Noguchi, Takeharu Sekiguchi, Takayuki Iwasaki, and Mutsuko Hatano
DOI:10.1002/qute.202400400
波多野 睦子(ハタノ ムツコ)Mutsuko HATANO
東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:半導体デバイス、ダイヤモンド量子センサ
岩﨑 孝之(イワサキ タカユキ)Takayuki IWASAKI
東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:ダイヤモンド量子センサ、量子光源
牧野 俊晴(マキノ トシハル)Toshiharu MAKINO
産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センター 研究チーム長
研究分野:半導体デバイス、ダイヤモンド量子センサ
加藤 宙光(カトウ ヒロミツ)Hiromitsu KATO
産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センター 上級主任研究員
研究分野:結晶成長、ダイヤモンド量子センサ