- ルテチウム(Lu)を下地層として導入することにより、高濃度にスカンジウム(Sc)を添加したScAlNの結晶性向上に成功
- Sc固溶量を向上させ、窒化アルミニウム系薄膜で世界最高の圧電定数を達成
- スマートフォンに使われている弾性波フィルターの高性能化に貢献
今回の研究で得られたScAlNの圧電定数(左)と薄膜組織の模式図(右)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 平田 研二 主任研究員、秋山 守人 首席研究員、Anggraini Sri Ayu 主任研究員、䕃浦 泰資 研究員、上原 雅人 主任研究員、山田 浩志 チーム長と、国立研究開発法人 物質・材料研究機構 新津 甲大 独立研究者の研究チームは、弾性波フィルターに使われる窒化物圧電材料の性能を大きく向上させることに成功しました。
スマートフォンなどの無線通信機器には、特定の周波数帯域の信号を切り出すための周波数フィルターが数多く搭載されています。そのうちの一種であり現在主流となっている弾性波フィルターは圧電材料でできた薄膜を備えており、その薄膜の圧電性能が、切り出せる信号の周波数帯域に影響します。今後、通信方式の進化に伴い、より高い周波数帯域に対応した弾性波フィルターが必要になると想定されており、薄膜の圧電性能向上が求められています。
現在、窒化アルミニウム(AlN)にスカンジウム(Sc)を添加したScAlNの薄膜は、高い圧電性能を持つことから、弾性波フィルターの圧電材料として広く普及しています。ScAlNの圧電性能を高めるためには、Scを高濃度でAlNに固溶する必要がありますが、ScはAlNに混ざりにくい性質があり、シミュレーションで予想されている圧電性能を達成することはできていませんでした。
今回、ScAlN薄膜にルテチウム(Lu)金属を下地層として導入してSc固溶量を向上させ、窒化アルミニウム系圧電材料では世界最高となる35.5 pC/Nの圧電定数を得ることに成功しました。今回の研究手法や知見の活用によって、高周波通信で使用する弾性波フィルターの性能向上へ大きな展開が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2025年1月15日に「Materials Today」にオンライン掲載されました。
近年、スマートフォンなどを用いた無線通信では、高い周波数の帯域が利用されるようになり、これに対応した周波数フィルターの需要が高まっています。周波数フィルターの一種である弾性波フィルターでは圧電材料が使用されており、高い周波数帯域の通信には高い圧電性能が要求されます。窒化アルミニウム(AlN)は圧電性を有し、高い音速とQ値を持つため弾性波フィルターに適した材料です。このAlNにScを添加した材料(ScAlN)で圧電性能が大きく向上することが見いだされ、スマートフォンに多く搭載されている弾性波フィルターとして実用化されています。今後の通信方式の進化に伴い、より高い周波数帯域(数ギガヘルツ以上)に対応したデバイスを実現するには、ScAlNなどの圧電性能をさらに高め、高周波に利用できる弾性波フィルターを作製することが重要になります。
これまで第一原理計算を用いたシミュレーションによると、AlNに60~70 mol%のScを固溶させると、純粋なAlNに比べてScAlNの圧電定数は最大で10倍以上になることが予測されています。しかし、ScはAlNに混ざりにくい性質があり、Scを高濃度にするほど物質としての安定性が低下してしまうため、Scを高濃度(43 mol%以上)に添加したScAlN薄膜では、圧電性能を発揮するための高い結晶性や配向性を維持することが困難です。したがって、従来の反応性スパッタリングによる薄膜作製ではScAlNの圧電性能をさらに高めるには限界に達している状況にありました。高周波帯域に対応した弾性波フィルターを作製するためには、高濃度にScを添加したScAlNの結晶性や配向性を高める技術が必要です。
産総研は株式会社デンソーと共同で世界に先駆けて高い圧電性能を持つScAlNの薄膜を開発してきました(2008年11月21日 産総研プレス発表)。今回、ScAlNと同じ結晶構造を持つルテチウム(Lu)金属を下地層としてScAlNの薄膜に導入することで、ScAlN薄膜の成長時に結晶性と配向性の低下を抑え、Sc固溶量を拡大し高い圧電定数を得ることができました。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会 科研費若手研究 「AlN系圧電薄膜の固溶限拡大に関する研究」(課題番号:21K14503)、科研費基盤研究(B)「多元窒化物の高い圧電性の実態に迫るオペランドXASによる局所構造と元素物性の解析」(課題番号:23K23052)および科研費基盤研究(B)「窒化物圧電薄膜におけるミクロ組織の設計ストラテジーの確立」(課題番号:24K01592)による支援を受けています。
本研究ではScAlNの薄膜を作製する際にルテチウム(Lu)金属を下地層として導入し、圧電性を有するウルツ鉱相の結晶性や配向性の向上を試みました。ウルツ鉱相は図1に示すようなウルツ鉱構造で構成された結晶相で六方晶系に分類されます。Luは結晶構造がウルツ鉱構造と同じ六方晶系であるため(図1)、高濃度にScを添加したScAlNの結晶性や配向性の維持を促す効果があると期待したためです。
図1 ScAlNのウルツ鉱構造とLuの六方最密構造
ScAlN(左)では灰色の球がScやAlであり、赤色の球がNであると考えられている。
その結果、これまでは43 mol%がSc固溶量の最大と考えられていたところ、AlNへのSc固溶量は50.8 mol%まで向上しました。作製した薄膜の断面組織の電子顕微鏡写真より、Luの下地層を導入したScAlN薄膜ではウルツ鉱構造の結晶性や配向性が向上している様子が確認されました(図2)。これらの薄膜で実際に圧電定数を測定したところ、2018年に報告された41 mol%のSc固溶量における31.6 pC/Nの記録を大きく更新し、35.5 pC/Nの圧電定数を得ることに成功しました(図3)。この値は、Luの下地層がない場合と比較して、第一原理計算で予測された値に近づいており、ScAlNの潜在的な圧電性能を引き出すことができたことになります。そして、他のAlN系圧電材料と比較しても最も高い圧電定数であることがわかります(図4)。これまで、Scを多く固溶したScAlNでは高い結晶性や配向性の薄膜が得難いため、Sc固溶量の増加による圧電定数の向上には限界があると考えられてきましたが、薄膜作製の工夫により性能向上の余地があることが示されました。
図2 ScAlN薄膜における断面組織の電子顕微鏡写真(左:Lu下地層なし、右:Lu下地層あり)。写真上段では、Lu下地層の有無にかかわらず、ScAlNはSi基板に対してほぼ垂直方向に結晶成長している様子が確認されます。写真中段の色は原子が配列した間隔を表しており、Lu下地層の導入によってScAlN層では均質な原子の配列に改善されていることがわかります。写真下段の色は結晶の傾いた方向を表しており、Lu下地層の導入によってScAlN層の結晶は一様な方向にそろう傾向が強まっています。なお、写真中のスケールバーは200 nmの長さを表しています。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図3 今回の研究で得られたScAlN薄膜の圧電定数と過去の実験値や第一原理計算の予測値の比較
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図4 これまでに元素Xが添加されたAlNにおける最大固溶量と圧電定数の関係(代表的な報告値については発表年を記載)。なお、元素XとしてAlNに二種類の元素が添加されたものも表記しています。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回の研究で見いだした成果は、高周波通信で使用する弾性波フィルターの性能向上への展開が期待できます。また、AlNは圧電性を利用して、自動運転などに欠かせない距離センサーへの応用も検討されており、センサーの感度向上につながる材料としても発展性があります。今後は、これらのデバイスへの実用に向けて、薄膜の膜厚の最適化など実操業を見据えた技術開発に取り組みます。さらに、ScAlN薄膜により高濃度のScを含有させる技術の進展と、他の材料系への展開にも取り組む予定です。
掲載誌:Materials Today
論文タイトル:Enhancing the Piezoelectric Performance of Nitride Thin Films Through Interfacial Engineering
著者:Kenji Hirata, Kodai Niitsu, Sri Ayu Anggraini, Taisuke Kageura, Masato Uehara, Hiroshi Yamada, Morito Akiyama
DOI:10.1016/j.mattod.2024.12.011