発表・掲載日:2024/12/25

“ホタルの光”を簡便に合成する方法を開発!

-病原菌の検出などに使う発光物質ルシフェリンを環境にやさしく製造-

本研究のポイント

  • ホタルの発光物質ルシフェリンの簡便で実用的な合成法を初めて開発。
  • ワンポット(one-pot)合成注1)により廃棄物の排出が非常に少なく環境にやさしい。
  • ホタルとほとんど同じ原料を使い、反応は常温常圧で進行する安全性も高い合成法。
  • この合成法によりルシフェリンの合成コストが削減されるため、ホタル発光系を使った分析法のより広範な利用が期待される。

研究概要

名古屋大学大学院生命農学研究科の西川俊夫 教授、加藤まりあ 博士後期課程学生、土橋一耀 元博士前期課程学生は、産業技術総合研究所生物プロセス研究部門の蟹江秀星 主任研究員、中部大学応用生物学部の大場裕一 教授との共同研究で、ホタルの生物発光で使われる発光物質ルシフェリンの実用的なワンポット合成に成功しました

ホタルは、発光物質D-ルシフェリンと酵素ルシフェラーゼとの反応によって発光します。この発光反応はノイズが少なく、高感度で検出できるため、病原菌などの簡便・迅速な検出法や、生命科学研究における遺伝子組換え実験やバイオイメージング注2)で欠かすことのできない技術として広く利用されています。しかしルシフェリンは、現在多段階の環境負荷の高い方法での化学合成によって供給されており非常に高価です。

本研究グループは2016年に、このルシフェリンの生合成の研究過程で、L-システインとベンゾキノンを中性緩衝液中で撹拌するだけで、L-ルシフェリンがごくわずかに生成する非酵素的反応を発見・報告しました。その収率は約0.3%と低く、実用的ではありませんでしたが、今回、この反応機構の詳細な解析からヒントを得て、D-ルシフェリンの実用的なワンポット合成法の開発に初めて成功しました。この合成法は、総収率46%で高純度のD-ルシフェリンを得られます。原料はすべて市販されている安価なもので、反応は全てが常温、常圧という温和な条件で進行します。ワンポットプロセスのため、後処理や精製によって生じる廃棄物が非常に少なく、グリーンプロセスであるという大きな特徴があります。そのため、今後、商業ベースの生産だけでなく、合成化学者でなくても気軽に使える合成法として、広く使われることが期待されます。

本研究成果は、2024年12月25日19時(日本時間)付英国ネイチャーパブリッシンググループ『Scientific Reports』オンライン版に掲載されます。
 

概要図


研究背景と内容

ホタルの生物発光は、身近にみられる幻想的な生命現象としてよく知られていますが、その光は発光物質D-ホタルルシフェリンと酵素ルシフェラーゼによる酸化反応によって発生するもので、ルシフェリンールシフェラーゼ反応(L-L反応)と呼ばれています(図1)。この発光反応には酸素とマグネシウムイオン、ATP注3)が必要であるため、それを利用したATPの高感度測定が開発されています。これは病原菌などの簡便・迅速な検出法(ATPふき取り検査)として、食品工場や医療現場での衛生検査に用いられるなど、公衆衛生上重要な役割を担っています。また、組換え遺伝子の発現をモニターするレポーターアッセイ注4)や、ライブイメージングにも使われるなど、生命科学分野の実験で欠かすことのできない技術としても知られています。

図1

図1. ホタルの発光反応(L-L反応)

この反応で使われているルシフェラーゼタンパク質は、遺伝子組換え大腸菌を使った大量生産法が確立されています。その一方で、ホタルが体内でどのようにしてルシフェリンを合成しているか(生合成)は、ルシフェリンの構造決定(1964年)以来、多くの研究がなされてきたにも関わらず、ほとんど未解明です。本研究グループは2016年に、このホタルルシフェリンの生合成の研究過程で、その原料として知られているL-システインとベンゾキノンを中性緩衝液中で撹拌すると、わずか(収率約0.3%)ながらL-ルシフェリンが生成することを偶然発見し、報告しました(図2)。

図2

図2. 2016年に報告したルシフェリンの非酵素的生成反応

本研究グループでは、この低収率の原因はフラスコの中で反応が無秩序に進行したためだと考え、まずこの反応を詳しく解析し経路・機構を推定しました。そして、この推定経路に沿って反応が進行する最適なタイミングと反応条件を整えることで、L-システインのメチルエステル体を原料としたD-ホタルルシフェリンの実用的なワンポット合成法の開発に成功しました。この方法では、L-システインのメチルエステルのメタノール溶液に試薬を加え室温で撹拌、濃縮するという操作を繰り返すだけで、収率46%で高純度のD-ホタルルシフェリンが得られます(図3)。これにより合成プロセスの簡略化・効率化に成功し、約2日間でルシフェリンの合成が可能になりました。

図3

図3. 本研究で開発したD-ルシフェリンのワンポット合成法

成果の意義

D-ルシフェリンは、その生合成の大半が未解明なため、多段階の化学合成によって供給されており、非常に高価です(おおよそ15,400円/10mg)。また、その合成には特殊な耐熱密閉容器を用いて高温(約200℃)で加熱する反応が含まれており、危険を伴います。

本研究で、今回開発に成功したワンポット合成法によって、ルシフェリンの合成コストの削減を実現しました。まず、この合成法の収率は46%と過去に報告されたどの合成法よりも優れているほか、ワンポット合成のため後処理・精製によって生じる廃棄物が最小限に抑えられ、環境負荷の少ないグリーンプロセスであるという大きな特徴があります。また、この反応の原料・試薬はいずれも市販されている安価なもので、全ての反応は常温・常圧という温和な条件で進行します。厳密な条件を必要とせず、実験操作も簡便であるため、今後商業ベースの生産だけでなく、合成化学者でなくても気軽に使える合成法として、広く利用されることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(挑戦的研究(萌芽)23K17974、基盤研究(B)24K01636)、文部科学省科学研究費助成事業(学術変革領域研究(A)23H04553、24H01766)および、名古屋大学卓越大学院プログラムトランスフォーマティブ科学生命融合大学院プログラム(GTR)の支援のもとで行われたものです。

 

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:A practical, biomimetic, one-pot synthesis of firefly luciferin
著者:M. Kato(名古屋大学), K. Tsuchihashi(名古屋大学), S. Kanie(産業技術総合研究所), Y. Oba(中部大学), T. Nishikawa(名古屋大学)
DOI: doi.org/10.1038/s41598-024-82996-2


用語説明

注1) ワンポット(one-pot)合成
単一の反応容器内で複数の変換を連続的に進行させる合成法。後処理・精製が一回で済むため廃棄物を削減でき、コストや環境負荷の低減が期待される。[参照元へ戻る]
注2) バイオイメージング
細胞や生体分子などの生体内の位置、動きを可視化すること。その可視化手法として、蛍光プローブや生物発光のシステムが利用されている。[参照元へ戻る]
注3) ATP
アデノシン三リン酸。あらゆる生物が使っているエネルギー源である。[参照元へ戻る]
注4) レポーターアッセイ
ある遺伝子の発現活性を調べる際、その遺伝子の代わりにルシフェラーゼ遺伝子などを導入するアッセイのこと。発現したルシフェラーゼの酵素活性(発光)などを測定することで、簡単に遺伝子の発現状態がわかる。[参照元へ戻る]


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