水深の浅い海峡で他海域とつながる日本海は、海面が100 m以上低下した最終氷期(2万年前)に対馬暖流(※1)が流入できなくなり低塩分化が進みました。過去の海水温復元に使用される既存の古水温指標が低塩分環境で使えないため、最終氷期の日本海水温が何℃だったのかわかっていませんでした。
本研究では、新たに確立した水温指標を用いて過去2万年間の日本海における年平均水温変化を復元し、最終氷期の水温が北海道西方で約4℃(現在10℃)・福井沖で約5℃(現在18℃)と、現在のオホーツク海並みであったことを明らかにしました。
九州大学大学院理学研究院の岡崎裕典教授、理学府修士課程(研究当時)の谷崎恭平氏、西園史彬氏、江頭一騎氏、友川明日香氏、国立研究開発法人海洋研究開発機構の小野寺丈尚太郎主任研究員、金沢大学の佐川拓也准教授、富山大学の堀川恵司教授、国立研究開発法人産業技術総合研究所の池原研首席研究員の研究グループは、ガラス質の骨格をつくる珪質鞭毛藻(※2)というプランクトンに注目し、現在の北太平洋に生息する珪質鞭毛藻種の分布と水温の関係を、日本海の北海道西方と福井沖で採取した海洋コア試料(※3)中の珪質鞭毛藻群集に当てはめることで、過去2万年間の水温変動を復元しました。
日本海の水温は、日本海側の降水・降雪をはじめとした日本列島の気候に重要な役割を果たしています。今回の研究成果は、私たちが暮らす日本列島の気候や自然が過去2万年間にどのような移り変わりを経て現在へ至ったかを知るための基礎的な情報の一つとなるものです。
本研究成果は、日本地球惑星科学連合の
Progress in Earth and Planetary Science誌に、2024年12月5日(木)正午(日本時間)までに掲載されます。
日本海は、水深が130 mより浅い4つの海峡(間宮海峡・宗谷海峡・津軽海峡・対馬海峡)で周囲の海域とつながっています。暖流の黒潮が分岐した対馬暖流が、東シナ海から対馬海峡を通じて日本海へ流入し、津軽海峡と宗谷海峡から流出しています。対馬暖流は日本海へ熱と塩分を供給し、日本列島を暖めるとともに、冬季には日本海から蒸発した水蒸気が降雪をもたらすなど、日本列島の気候に重要な役割を果たしています。北アメリカ大陸やユーラシア大陸北部に巨大な氷床が発達した最終氷期(7万年前から1万5千年前)の海水準の低下により日本海は閉鎖的になりました。大陸氷床量が最大となった2万年前には100 m以上の海面低下によって対馬暖流が日本海へ流入できなくなり、日本海表層を低塩分水が覆いました。このため、特に日本海側が寒冷化し、降水・降雪量が減少するとともに、密度の低い低塩分水が日本海表層にフタをすることで日本海底層は酸欠になり生態系に大きな影響を与えました(参考図1)。このように2万年前の日本海が経験した気候と生態系の激変とその後の回復を理解することは、私たちが暮らす日本列島の風土を理解する上で重要です。しかし2万年前の日本海水温が何℃だったかという問いには答えられていませんでした。それは、水温復元に広く利用されている地球化学的手法による古水温指標が、低塩分環境ではうまく機能しないためです。
参考図1. 現在と2万年前の日本海の状況
現在は黒潮から分岐した対馬暖流が日本海に暖かく高塩分の海水を供給していますが、海水準低下により対馬暖流が流入できなかった2万年前は低温・低塩分の表層水が日本海を覆っていました。
本研究では、珪質鞭毛藻という海洋表層に生息するプランクトンに注目しました。珪質鞭毛藻がつくる0.05 mmほどの大きさのガラス質の骨格は、海底堆積物中に保存されます。北太平洋全域から採取された合計195試料の海底表層堆積物試料中の珪質鞭毛藻群集組成を調べたところ、水温に対応して種ごとに明瞭な地理分布をしていることがわかりました(参考図2)。そこで、各海底表層堆積物試料の採取点における海表面水温と珪質鞭毛藻群集組成の関係(表層データセット)を作成しました。その上で日本海の北海道西方沖と福井沖の海底で採取した海洋コア試料から、過去2万年間の珪質鞭毛藻群集組成の時系列変化(化石データセット)を調べ、表層データセットで得られた水温との関係を化石データセットに適用することで、日本海の北海道西方沖と福井沖における過去2万年間の水温変化の復元に成功しました。これらは、立命館大学の中川毅教授が開発したソフトウェアPolygonを用いた花粉群集組成から過去の気温変化を復元する手法を、珪質鞭毛藻群集に応用したものです。その結果、2万年前の日本海における年平均水温が、北海道西方で約4℃(現在10℃)・福井沖で約5℃(現在18℃)と、現在のオホーツク海並みであったことが初めてわかりました(参考図3)。最終氷期後の海水準上昇に伴う日本海への対馬暖流流入開始時期は、通説では1万年前~8千年前とされてきました。本研究による水温上昇開始時期は、北海道西方沖で1万年前・福井沖で1万4千年前と、日本海南部で数千年早かったことがわかりました。このことは、流入 開始から数千年間、対馬暖流は日本列島に沿って流れていたことを示唆します。
参考図2. (左上)現在の北太平洋表層水の年平均水温(右上・左下・右下)北太平洋における主要珪質鞭毛藻種の分布(産出頻度, %)
参考図3. (左)福井沖および(右)北海道西方沖における過去2万年間の水温復元結果(表層水の年平均水温)
現在の水温(福井沖:18℃、北海道西方沖:10℃)と比べ、2万年前の水温は福井沖で5℃、北海道沖で4℃と顕著に低く、現在のオホーツク海並みでした。グラフ中の赤線は水温の最良推定値、薄い緑と濃い緑はそれぞれ68%と95%信頼区間を示します。
対馬暖流の流路に沿った海域で採取した海洋コア試料中の珪質鞭毛藻群集組成データを増やすことで、過去2万年間の日本海における水温分布と対馬暖流の時空間変化を復元していきます。福井県には、水月湖の年縞堆積物による高解像度の陸上古気候記録と、縄文時代草創期から前期の人間活動や古環境変遷に関する多くの研究成果が報告されている鳥浜貝塚遺跡の考古資料があります。これらの陸上の記録と日本海の水温変動記録を比較することで、日本列島日本海側の自然史と人類史における日本海への対馬暖流の役割が明らかになっていくことが期待されます。
本研究はJSPS科研費 (JP15K13585, JP15H02143, JP16H04832, JP21K12222, JP23H03536)の助成を受けたものです。
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science
タイトル:Silicoflagellate assemblages in the North Pacific surface sediments: an application of the modern analog method to reconstruct the glacial sea surface temperature in the Japan Sea
著者名:Yusuke Okazaki, Jonaotaro Onodera, Kyohei Tanizaki, Fumiaki Nishizono, Kazuki Egashira, Asuka Tomokawa, Takuya Sagawa, Keiji Horikawa, Ken Ikehara
DOI:10.1186/s40645-024-00661-8