液晶や高分子といった柔らかい物質群(ソフトマテリアル)は、構成する分子の集合体が複雑な秩序構造を自発的に形成することが知られています。ある秩序構造から別の秩序構造への構造転移のメカニズムの解明は、物理学や数学といった基礎科学の興味深い問題であるのみならず、材料設計や加工といった応用の観点からも重要な問題です。しかし、概してソフトマテリアルの秩序構造では、複雑な単位構造が集合してさらに複雑な高次の構造を形成するといった構造の階層性が、構造転移の詳細なメカニズムの解明を難しくしています。さらに、「この場所の構造(局所的な秩序構造)は何か」を的確かつ客観的に判定することも容易ではありません。
九州大学大学院理学研究院の福田順一教授、および産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの高橋和義主任研究員(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員兼任)は、分子が集合体として示す秩序に着目する連続体シミュレーションと、機械学習に基づく局所的な秩序構造の判定を組み合わせることで、構造転移に関する難問の解明に取り組みました。具体的には、液晶が示す複雑な3次元秩序構造である、コレステリックブルー相(※2)と呼ばれる2種類の構造(BPI、BPII)の間の転移を研究主題としました。BPIIからBPIへの構造転移において、金属結晶のマルテンサイト変態によって生じるものと似た双晶構造が生成されることが実験によって示されていますが、詳細な構造転移のメカニズムは明らかになっていませんでした。本研究により、BPIIからBPIへの構造転移は、BPIIに含まれる線欠陥(※3)のジャンクションが切れることで開始されることをまず見出しました。また、ある向きのBPIからなる小さい領域がまず生じた後、それとは異なる向きのBPIの領域が隣接して生じることにより双晶構造が生成することを明らかにしました。
連続体シミュレーションと、機械学習による構造判定の協働は、本研究で取り組んだ液晶の問題に限らず、様々なソフトマテリアル、あるいはその他の材料で生じる複雑な秩序構造について、その構造形成、転移のメカニズム解明をもたらすものと期待されます。
本研究成果は、米国の国際学術誌「
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」のオンライン版に2024年12月8日(日)午後2時までに掲載されました。
図:構造転移が進む様子。グレーはBPII、他の色はBPI(色の違いは秩序の向きの違い)
研究者からひとこと:
液晶の複雑な構造転移がどう進行しているかが、機械学習を用いた解析で明瞭に見えたことに感動しました。今回用いた手法は幅広い問題に適用可能であり、液晶に限らない様々な材料の構造転移のメカニズムをターゲットにして、研究を進めていきたいと考えています。
液晶や高分子、コロイド、生体物質といった柔らかい物質群(ソフトマテリアル)は、化学、工学のみならず物理学、生物学、数学といった広範な学問分野において興味を持たれています。その特徴の1つは、構成する分子が集合体として様々な秩序構造を自発的に形成することです。構造に有用な機能を持たせることができれば、自発性を利用することで少ないエネルギー消費により機能材料を生成することができます。さらにその「柔らかさ」を有効的に用いて構造を変化させることにより性質を制御できることから、ソフトマテリアルの秩序構造、およびその動的な性質に注目した研究が盛んに行われています。
ソフトマテリアルが形成する秩序構造には、非常に複雑なものがあり、種類も多岐にわたります。温度などの条件を変えることにより、ある秩序構造から別の秩序構造へと変化(構造転移)する様子も見られます。そのような構造転移のメカニズムを明らかにすることは、基礎科学の興味深い問題であるのみならず、必要な構造の効率的な生成に貢献することから、材料設計や加工といった応用の観点からも重要です。しかしながら、複雑な秩序構造間の転移のメカニズムを明らかにすることは決して容易な問題ではありません。多数の分子が集まって形成される単位構造自体が複雑になるだけでなく、その集合体によって形成されるより高次な構造も、単位構造の単なる繰り返しとは異なる自明でないものとなり得ます。そのような構造の階層性が、構造転移を学術的に興味深いものにすると同時に、そのメカニズムの解明を難しくしています。また単位構造自体が複雑だと、「この場所の構造(局所的な秩序構造)が何か」を的確かつ客観的に判定することにも困難が生じます。そのような基本的な情報が得られないと、構造変化の進展を調べることも難しくなります。
本研究は、連続体シミュレーションと呼ばれる計算手法(後述)と、近年発展が著しい機械学習を利用した構造解析を組み合わせることで、学術的にも応用上も重要であるにもかかわらず解明の難しい、ソフトマテリアルの秩序構造転移という問題に取り組んだものです。
本研究でターゲットとしたのは、液晶が3次元的な秩序を示すコレステリックブルー相と呼ばれる構造です。コレステリックブルー相のうち立方対称性を持つものとしてBPI、BPIIと呼ばれるものが知られています。両者は液晶の配向秩序(液晶の分子集団の向きが示す秩序)の特異性として現れる線欠陥を有し、BPIでは線欠陥は直線状でお互い交わらないのに対し、BPIIでは4本の線欠陥がジャンクションを形成します(図1)。過去の実験研究により、BPIIの単位格子が完全に並んだ構造から温度を低下させると、BPIへの構造転移の結果として、金属のマルテンサイト変態によって生じるものと似た双晶構造を示すことが知られていました(図1)。しかし、これらの知見は散乱実験によって得られたものであり、BPIが示す双晶構造の実空間における詳細、およびその動的な形成メカニズムは明らかになっていませんでした。この双晶構造への転移は液晶分子の集団運動によって引き起こされるものであり、マルテンサイト変態における金属原子の運動よりもはるかに複雑な過程に基づくものです。
図1 上:コレステリックブルー相のBPI(左)、BPII(右)の構造。単位格子(黒枠)と線欠陥(黄色)の配置を示している。下: BPIが形成する双晶構造。点線(双晶面)のところで2つのBPIの格子がつながっている。
金属のマルテンサイト変態ならば個々の原子の振る舞いに着目するべきですが、BPIやBPIIは単位格子だけで107個もの液晶分子が含まれている上に、それらが集合して双晶構造を形成しているため、個々の分子に着目することは現実的ではありません。そこで本研究では、個々の液晶分子の振る舞いではなく、分子が集団として示す秩序を定量的に表す秩序変数に着目する「連続体シミュレーション」という手法を用いて、BPIIの構造がBPIの双晶構造へと変化してゆく過程を調べました。また構造変化を進める要素は熱揺らぎなので、液晶の配向秩序を表す秩序変数の時間変化を表す方程式に、確率的な形で熱揺らぎを取り入れました。
BPIIからBPIへの構造変化は非常に複雑な過程であり、「この場所の秩序構造(局所的な秩序構造)はBPIなのかBPIIなのか」「どの領域がBPIIのままなのか、あるいはBPIへ転移してしまっているのか」という基本的な情報を客観的に得ることすら容易ではありません。そこで本研究では、分子集合構造学習パッケージMALIO(※4、図2)を用いて局所的な秩序構造の判定を行いました。「この場所にある線欠陥はBPI、BPIIのどちらに属するのか」を判定することが、MALIOが見出した局所秩序変数により可能になりました。
図2 分子集合構造学習パッケージMALIOの概念図
BPIIからBPIへの構造転移は、まず4本の線欠陥からなるジャンクションが切れて、その結果BPIの小さな領域が生じることから始まることがわかりました(図3)。その小さなBPIの領域では単位格子の向きがほぼ揃っていますが、それが成長するにつれて、異なる向きの単位格子からなるBPIの領域が隣接して生じます。それらのBPIの領域が一方向に成長することと、異なる向きの単位格子からなるBPIの領域が交互に次々と生じることが組み合わさることで、BPIへの構造転移が進むことを明らかにしました(図3)。このような過程の結果生じたBPIの領域の境界は直線に近い形をしており、この境界において、異なる格子の向きを持ったBPIの領域が双晶構造を形成していることもわかりました。
図3 上: シミュレーションで得られた、4本の線欠陥(黄色)からなるジャンクション(左。2つの図では見る角度を変えている)と、ジャンクション切断後の様子(右)。赤線はジャンクションが切断した方向を強調したもの。下: BPIIからBPIへの構造転移の時間経過。グレーの線はBPIIを構成する線欠陥。3色の線はBPIを構成する線欠陥であり、色の違いは単位格子の向きの違いを表す。
コレステリックブルー相については光学機能材料としての側面に着目した研究が精力的に行われており、構造転移のメカニズムの解明は、コレステリックブルー相の光学材料としての特性の向上、および新たな機能の開拓に資すると期待されます。また本研究で提案した、連続体シミュレーションと機械学習による構造判定を組み合わせた手法は汎用性が高く、本研究で取り上げた液晶の構造転移だけでなく、種々のソフトマテリアル、あるいはその他の材料が示す多様な秩序構造、特に階層性を有する構造の形成、転移のメカニズムの解明に適用可能であることが期待されます。今後は様々な材料を対象にして、その構造形成、転移のメカニズムに関する研究を進めていきたいと考えています。
本研究はJSPS科研費 (JP21H01049)、物質デバイス領域共同研究拠点、および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR22O6)の助成を受けたものです。
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
タイトル:Direct simulation and machine learning structure identification unravel soft martensitic transformation and twinning dynamics
著者名:Jun-ichi Fukuda and Kazuaki Z. Takahashi
DOI:10.1073/pnas.2412476121