発表・掲載日:2024/11/08

高温高圧水環境で二酸化炭素の電気分解効率を向上

-未利用低温廃熱と再生可能エネルギーの利用で大気中二酸化炭素の減少も可能に-

発表のポイント

  • 水熱反応場(注1)と呼ばれる高温高圧水環境を利用することで電気化学的二酸化炭素(CO2)還元反応(CO2RR)(注2)プロセスの効率が大幅に向上することを実証しました。
  • 技術アセスメントにより、本手法を利用することでカーボンネガティブになる基礎化学品(メタノール)の合成が可能になることも示しました。
  • 次世代の持続可能な循環型社会において水熱反応場を利用した電解技術が重要な役割を果たすことが期待されます。

概要

CO2を電気分解し、資源化する「電気化学的CO2還元反応(CO2RR)プロセス」は、抜本的なCO2削減手法として注目されています。これは、再生可能エネルギー(太陽電池電力)を活用して空気中のCO2を還元することで、大気中のCO2を削減できるだけでなく有用な物質が得られるという画期的なスキームです。今回、東北大学学際科学フロンティア研究所の笘居高明教授、同大学多元物質科学研究所の岩瀬和至講師、産業技術総合研究所のAlexander Guzman主任研究員、宇都宮大学の佐藤剛史教授らの研究グループは、水熱反応場と呼ばれる高温高圧水環境を利用して、CO2RRプロセスの高効率化が可能であることを実証しました。CO2で加圧した150°C、100気圧の高温高圧水条件で電気分解を行うと、水中のCO2の高い拡散係数(注3)と溶解度により、電極へのCO2供給が促進されるため、プロセスのエネルギー効率を大幅に改善できることが分かりました。さらに、再生可能エネルギー由来の電力に加え、工場の未利用低温廃熱の利用により、CO2吸収量が排出量を上回る「カーボンネガティブ」な基礎化学品(メタノール)の合成が可能なことを技術アセスメントによって示しました。

本研究成果は、米国化学会が発行する学術誌Advanced Sustainable Systemsに2024年11月6日付けで掲載されました。


詳細な説明

研究の背景

化学産業のカーボンニュートラル、さらにカーボンネガティブ化のためには、エネルギーだけでなく、化学品原料の脱化石資源化が合わせて求められます。廃プラスチック、バイオマス、CO2を化学品原料とするためのプロセス開発が進む中、再生可能エネルギー由来の電力でCO2を化学品原料に直接変換する電気化学的CO2還元反応(CO2RR)プロセスは、抜本的なCO2削減手法として期待されています。しかし、CO2RRプロセスはエネルギー効率が低いことが実用化に向けた大きな課題でした。

今回の取り組み

研究グループは今回、従来のCO2RRプロセスの課題を解決するために、水熱反応場と呼ばれる高温高圧水環境を利用する新たなアプローチを提案しました。150°Cの水熱条件下では、水中のCO2の拡散係数が数倍になることなどにより、電気化学反応が促進される(電流密度が増加する)ことを実証しました。これにより、目的とする電流密度を実現するために必要な電圧は抑制され、エネルギー効率が向上することを確認しました(図1)。

電気化学反応は高温化に伴い促進されるため、例えば工業的な水電解は室温より高温の条件で運用されています。しかし気体は温度が上昇すると水中への溶解度が低下するため、高温化はCO2溶解度の低下を引き起こします。CO2RRプロセスの場合、過度な高温化は効率を低下させることが知られていました。

今回の研究では、150°Cという高温条件でもCO2加圧を行い100気圧の高圧環境とすることで、CO2の溶解度が高温によって低下する問題を克服しました。水が液体状態を保持しながらさらに高いCO2溶解度を持つ高温高圧水環境を利用することで、効率的なCO2RRプロセスが実現します。

高温環境をつくるためにはエネルギーが必要ですが、これを工場からの未利用低温廃熱で補うと余剰なエネルギー消費が抑えられます。プロセスシミュレーターを使用してエネルギー消費の観点から技術アセスメントを行った結果、CO2を多く排出する従来のメタノール製造システムと比較して、研究グループが今回提案した水熱条件下でのCO2RRプロセスを組み込んだシステムでは、産業廃熱や再生可能エネルギーの活用により、メタノール生成におけるCO2排出量が負になるカーボンネガティブの可能性が示されました。

今後の展開

今回の成果は、工場の未利用低温廃熱と再生可能エネルギー由来の電力を活用し、CO2を高効率に還元・再資源化する新たな炭素・熱循環スキームを提案し、炭素完全循環社会の実現に向けた化学産業の変革に貢献しようとするものです(図2)。研究チームは今後、さらなる効率改善に向けた技術的検討や工業的な大規模適用のためのプロセス設計、そして実証実験を進める予定です。

また、今回の研究で利用した水熱反応場は高濃度の有機物溶解が可能な環境でもあり、CO2に限らず廃プラスチックやバイオマスの高効率な電気化学的変換・資源化を実現する可能性があります。研究グループを率いる笘居教授は「次世代の持続可能な循環型社会において水熱反応場を利用した電解技術が重要な役割を果たすことが期待されます」と成果の意義を述べています。

図1

図1.(a)各温度における電流電圧曲線(陽極プラチナ板、陰極金板、100気圧、CO2飽和KHCO3(炭酸水素カリウム)溶液)、(b)各温度における生成物(Formate(ギ酸)、Methanol(メタノール)、Acetate(酢酸)、Ethanol(エタノール)、CO(一酸化炭素)、Hydrogen(水素))(~100 mA/cm2条件での結果)。温度上昇に伴って電流密度が増大するため、より低い電圧でも同等の反応を進行(エネルギー効率を向上)させることができている。
(原論文 Tomai et al. (2024) の図を改変して使用。)
 

図2

図2. 工場の未利用低温廃熱と再生可能エネルギーを活用してCO2を化学品原料に変換する、水熱電気化学反応場を利用した炭素・熱循環スキーム。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「水熱電解法による炭素・熱循環の新スキーム」(JPMJFR206W)からの助成を受けて実施しました。また本論文の出版にあたっては、東北大学「オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」からの支援を受けました。

 

論文情報

タイトル:Hydrothermal conditions enhance electrochemical CO2 reduction reaction: a sustainable path to efficient carbon recycling
著者:笘居高明*(東北大学学際科学フロンティア研究所)、Alexander Guzman*(産業技術総合研究所)、佐藤剛史(宇都宮大学)、岩瀬和至(東北大学多元物質科学研究所)
*責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 教授 笘居高明
産業技術総合研究所 主任研究員 Alexander Guzman
掲載誌:Advanced Sustainable Systems
DOI:10.1002/adsu.202400489
URL:https://doi.org/10.1002/adsu.202400489


用語説明

注1. 水熱反応場
100 °C、1気圧(1 cm3に約1 kg重の力がかかった状態)以上の高温高圧状態にある液体水環境。[参照元へ戻る]
注2. 電気化学的二酸化炭素(CO2)還元反応(CO2RR)
電気分解反応によりCO2(二酸化炭素)を分解し、酸化物から酸素を減らすことで、化学的に有用な物質に変換する反応。[参照元へ戻る]
注3. 拡散係数
媒質中での対象となる物質の拡散の速さを表す比例定数。ある濃度勾配のもと、単位時間当たりに単位面積を通過する物質の量として定義される。[参照元へ戻る]


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