- オゾンとヨウ素イオンの反応特性を活用して極微量放射性ヨウ素の分析技術を開発
- ヨウ素の二酸化物イオンの計測により干渉イオンとの分離を実現
- 放射性ヨウ素を迅速かつ正確に評価
オゾンリアクションによるヨウ素イオンと干渉イオンの分離
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物質計測標準研究部門 無機標準研究グループ 朱 彦北 上級主任研究員と、分析計測標準研究部門 応用ナノ計測研究グループ 浅川 大樹 上級主任研究員は、pg/Lレベルの極低濃度の放射性ヨウ素(129I)を5分以内で測定できる技術を開発しました。
この技術は、誘導結合プラズマ質量分析法において、反応性の高いオゾン(O3)ガスをリアクションセルに利用して目的イオンと干渉イオンを分離することで、放射性ヨウ素の極微量測定に成功しました。目的イオンである放射性ヨウ素イオン(129I+)をオゾンと反応させて、効率的に二酸化ヨウ素イオン(129I16O2+, m/z 161)を生成させて計測することにより、放射性ヨウ素イオンの干渉イオン(キセノンのイオン, 129Xe+や非放射性ヨウ素(127I)の二水素化イオン, 127I1H2+, いずれもm/z 129)と完全に分離でき、従来の誘導結合プラズマ質量分析法と比較して、ブランク値を10分の1以下に低減しました。これによって、pg/Lレベルの極微量な放射性ヨウ素の測定を実現します。本分析法は、極微量の放射性ヨウ素を正確に測定できるため、放射性ヨウ素(129I)の環境モニタリングや、安全な食品・飲料水の確保、地球の放射能減衰の調査に貢献します。
なお、この技術の詳細は、2024年10月21日に「iScience」にオンライン掲載されました。
非常に長い半減期(1570万年)を持つ放射性ヨウ素(129I)は、世界保健機関(WHO)の「飲料水水質ガイドライン」で、ガイドラインレベルが策定された放射性核種の一つです。このため、安全な飲料水の確保や環境モニタリングのために、放射性ヨウ素(129I)の分析技術が注目されています。飲料水中のガイドラインレベルは1 Bq/L(152 ng/L相当)であるため、極めて微量の放射性ヨウ素(129I)を分析する技術が必要です。加速器質量分析法は微量な放射性ヨウ素(129I)の分析に有効ですが、装置の導入や維持のコストが非常に高価(数億円/基)であるという課題があります。一方、誘導結合プラズマ質量分析法はさまざまな化学元素の分析に適し、環境・食品・エネルギーなどの分野に広く普及しているため、汎用性の高い放射性ヨウ素(129I)の分析装置として検討されています。
しかし、従来型の誘導結合プラズマ質量分析法は放射性ヨウ素(129I)と共存する非放射性ヨウ素(127I)の水素化物イオン(127I1H2+, m/z 129)やアルゴンガス中の不純物質であるキセノン(129Xe)による干渉を受けるため、数式処理による干渉補正が必要となり、ガイドラインレベルの放射性ヨウ素(129I)の微量分析においては精度と正確さが不十分であることが問題でした。また、スポーツドリンクや栄養ドリンクなど高い塩分や糖質を含むものは、飲料水と同等な品質管理が求められる場合には、数十倍ないし数百倍希釈してから分析しなければならないため、さらに高い技術が求められます。
産総研は、食品・環境・医療などさまざまな分野を支える最先端の分析技術の開発を目指しており、計量標準総合センターは元素分析用認証標準物質ならびに関連先端分析技術を開発してきました。先端分析技術開発の一環として誘導結合プラズマ質量分析法に関する研究に取り組み、目的イオンと干渉イオンの分離にオゾンを利用した反応が非常に有効であることが分かりました(特許JP6924511B2「質量分析方法と質量分析装置」)。今回、「飲料水水質ガイドライン」対象放射性核種である放射性ヨウ素(129I)に着目し、誘導結合プラズマ質量分析法において、オゾンと放射性ヨウ素の反応特性を活用し、干渉イオンの影響による分析性能の低下を解消し、pg/Lレベルの極低濃度の放射性ヨウ素を測定できる技術を開発しました。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)「オゾンをリアクションセル(ガス)とする誘導結合プラズマ質量分析法の開発」(2022~2026年度)による支援を受けています。
今回、反応性の高いオゾンを用いて、放射性ヨウ素(129I)のイオンとその干渉イオンの分離を実現し、極微量の放射性ヨウ素(129I)の分析法を開発しました。オゾンは、誘導結合誘導結合プラズマ質量分析法において、一般的にリアクションガスとして使用される酸素と比べてはるかに高い反応性を有するため、ヨウ素イオン(I+)との反応でヨウ素の酸化物イオン(IO+)および二酸化物イオン(IO2+)を効率的に生成します。図1にヨウ素イオンと酸素またはオゾンがそれぞれ反応した場合の生成物イオンの割合を示します。酸素との反応では、二酸化ヨウ素イオンの生成率は0.1%未満ですが、オゾンとの反応では、約20%の二酸化ヨウ素イオンが得られます。さらに、密度汎関数理論に基づく量子化学計算を行った結果、オゾンとヨウ素イオンの反応による二酸化ヨウ素イオンの生成機構は、「ヨウ素イオン(I+)→酸化物イオン(IO+)→二酸化物イオン(IO2+)」といった逐次反応であることを明らかにしました。また、この逐次反応について、酸素を用いた場合は大きな活性化エネルギーを必要とする吸熱反応であるのに対して、オゾンを用いた場合は発熱反応であることを明らかにしました。
図1 ヨウ素イオンとの反応による生成物イオンの割合(A、酸素との反応;B、オゾンとの反応)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
ヨウ素イオン(I+)とオゾンの反応を利用して、二酸化ヨウ素イオン(IO2+)を生成して計測することにより、従来技術で課題であった干渉イオン(129Xe+、127I1H2+)との分離を実現し、pg/Lレベルの極微量の放射性ヨウ素(129I)の分析が可能になります(図2)。これによって、従来技術よりブランク値を10分の1以下に低減し(図3)、より低い検出限界(60 pg/L)を実現しました。本技術を用いて、ガイドラインレベルの放射性ヨウ素(129I)を含んだ海水(塩分が高いため直接測定できない)でも、100倍希釈して直接測定できます。塩分の高いスポーツ飲料や糖質の高い栄養ドリンクについても、同様に適用可能です。
図2 本技術と従来技術における放射性ヨウ素のイオン(129I+)の挙動
(129M+、質量電荷比(m/z)が129のイオン)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図3 本技術と従来技術における放射性ヨウ素(
129I)のブランク値
文献1: Zacharauskas, Ž., Warwick, P., Russell, B., Reading, D., Croudace, I. Development of an optimised method for measurement of iodine-129 in decommissioning wastes using ICP-MS/MS. J. Anal. At. Spectrom. 38, 1431-1441(2023).
文献2: Coralie, C., Azza, H., Michelle, A., Celine, A., Didier, B., Denis, M., Lucilla, B. Mass-shift mode to quantify low level 129I in environmental samples by ICP-MS/MS. J. Anal. At. Spectrom. 37, 1309-1317(2022).
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回開発したpg/Lレベル極低濃度の放射性ヨウ素(129I)の分析技術は、多くの大学・分析会社・研究機関で使用されている誘導結合プラズマ質量分析装置を利用したものであり、放射性ヨウ素(129I)分析技術の普及に役立ちます。本技術は、環境モニタリングや安全な食品・飲料水の確保、地球の放射能履歴の調査における放射性ヨウ素(129I)の分析に貢献します。
今後は産学官連携により、本技術の早期普及に取り組んでいきます。外部機関と連携して放射性ヨウ素(129I)の環境中の動態解明に取り組みます。海水や河川水中における放射性ヨウ素(129I)の挙動を明らかにすることで、安心・安全な社会環境確保に貢献します。
また、将来的には元素周期表中のすべての元素について、オゾンリアクションを活用した誘導結合プラズマ質量分析法の有用性を包括的に調べ、食品・医療・マテリアル・環境など幅広い分野の課題を解決できる先端分析技術の開発を目指します。
掲載誌:iScience
論文タイトル:Measurement of trace 129I in natural water with ozone reaction for effective separation of spectral interferences
著者:Yanbei Zhu & Daiki Asakawa
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.111138