東京都立大学大学院理学研究科の中西勇介助教、遠藤尚彦(大学院生)、宮田耕充准教授、名古屋大学大学院理学研究科の神田直之(当時、大学院生)、相崎元希(当時、大学院生)、同大学院工学研究科の平田海斗特任助教、同大学院工学研究科/金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の高橋康史教授、産業技術総合研究所極限機能材料研究部門の劉崢上級主任研究員、同ナノ材料研究部門の林永昌主任研究員、千賀亮典主任研究員、大阪大学産業科学研究所の末永和知教授、名古屋市立大学大学院理学研究科の青栁忍教授、筑波大学数理物質系の丸山実那助教、高燕林助教、岡田晋教授らの研究チームは、立方体型の硫化モリブデンのクラスター(注1)(超原子(注2))がシート状に結合した二次元物質「超原子層」を発見し、その構造的な特徴や電子構造、触媒活性を解明しました。ナノ空間に閉じ込めた単層(ナノリボン(注3))を透過電子顕微鏡で直接観察することによって原子配列を可視化し、構造決定に成功しました。また、基板上に合成した層状物質の薄片試料における触媒活性の評価では、水素発生反応の高い触媒活性を示すことを実証しました。本研究成果は高効率な水素発生触媒の開発に向けた材料設計の指針になることが期待されます。この研究成果は、2024年7月26日付でドイツの科学雑誌『Advanced Materials』オンライン速報版に掲載されます。
黒鉛(グラファイト)の単層であるグラフェンの発見以来、さまざまな層状物質の単層〜数層が剥離され、三次元物質には見られない光学特性や電子輸送特性を示す二次元物質「原子層」が次々と発掘されています。層状物質を剥離して二次元物質を合成するトップダウン型の研究が進む一方、有機分子やナノ粒子などを繋げて新たな二次元物質を生み出そうというボトムアップ型の研究も盛んになっています。遷移金属カルコゲナイド(注4)のクラスターは、構造・組成の多様性と対称性の高い分子骨格から、多彩な二次元物質の構成単位として有望です。原子と類似した電子構造をもつ遷移金属カルコゲナイドのクラスターは超原子とも呼ばれ、これらを構成単位とした三次元集積体は半世紀前から研究されています。中でも、立方体型のM4X4クラスター(M:遷移金属、X:カルコゲン)は立方格子やカゴ状(クラスレート)などの三次元集積体を形成し、組成や配列構造によって強磁性や超伝導などの性質を示します(図1)。このようなクラスターがシート状に配列した「超原子層」は、二次元特有の配列構造や分子間相互作用によって超原子単体には見られない特性の創発が期待されます。しかし、立体的な分子構造をもつM4X4クラスターをシート状に配列することは容易ではなく、これまで超原子層の合成例はありませんでした。
図1(a)立方体型の超原子Mo4S4クラスターと(b)先行研究で報告されていた三次元集積体のモデル図。
本研究では、ナノ空間を活用した独自のテンプレート反応(注5)によってMo4S4クラスターがシート状に配列した超原子層(Mo8S8Cl11)の合成に成功しました(図2)。研究チームは、塩化モリブデンと硫黄の蒸気をカーボンナノチューブの内部空間で反応させると、Mo4S4超原子がCl原子を介して結合した超原子層が成長することを発見しました。数ナノメートル径の一次元ナノ空間で化学反応を起こすことにより、欠陥や乱れの少ないMo8S8Cl11の単層が形成します。この単層を透過電子顕微鏡で観察したところ、Mo4S4クラスターからなる六方最密充填構造のシートがCl原子の層を挟んで上下で結合した二重層構造をもつことが明らかになりました(図3)。歪みが小さな二重層構造をとることで、シート状でも安定に存在することができます。
また本研究チームは、基板上に成長した数マイクロメートルサイズの層状物質の中にもこの超原子層が存在することを見出しました。この層状物質から剥離した単層・数層や層状物質の断面を透過電子顕微鏡で観察することにより、ナノチューブ内部と同じ二重層構造をもつMo8S8Cl11のシートが形成していることを実証しました(図4)。理論計算では、Mo8S8Cl11は圧縮や引っ張り歪みに敏感な半導体であり、わずかな応力で発光する可能性も示唆されました。さらに、薄片試料の表面における触媒活性を調べたところ、水素発生触媒として有望な二硫化モリブデン(MoS2)よりも高い活性を示すことが明らかになりました。
図2 超原子層「Mo8S8Cl11」のモデル図。<001>、<120>、<100>はそれぞれ、異なる方向からMo8S8Cl11を見た際の配列を示す。
図3(a)カーボンナノチューブの内部空間に成長したMo8S8Cl11ナノリボンのモデル図および(b,c)透過電子顕微鏡写真。モデル図と同様の構造が安定して存在している。
図4(a)層状物質から剥離した数層のMo8S8Cl11シートおよび(b)基板上に成長した層状物質における断面の透過電子顕微鏡写真。
※一部、原著論文「Superatomic Layer of Cubic Mo4S4 Clusters Connected by Cl Cross-Linking」の図を引用・改変したものを使用しています。
今回の研究では、立方体型のMo4S4クラスターがシート状に配列した超原子層を世界に先駆けて実現し、透過電子顕微鏡を用いた直接観察によって原子配列を解明するとともに、水素発生反応の高い触媒活性を示すことを実証しました。今後、構造制御や大面積合成の技術が発展し、触媒反応機構が解明されれば、水素発生反応の触媒効率を向上させるための合理的な材料設計指針の構築に結びつくことが期待されます。また、遷移金属カルコゲナイドのクラスターは構造・組成の多様性が豊富な物質群であり、同様の合成アプローチによって多彩な超原子層を実現できる可能性は高く、さまざまな物性・機能の創発を探索する研究基盤となることが見込まれます。
(タイトル)Superatomic Layer of Cubic Mo4S4 Clusters Connected by Cl Cross-Linking
(著者名)Yusuke Nakanishi,* Naoyuki Kanda, Motoki Aizaki, Kaito Hirata, Yasufumi Takahashi, Takahiko Endo, Yung-Chang Lin, Ryosuke Senga, Kazu Suenaga, Shinobu Aoyagi, Mina Maruyama, Yanlin Gao, Susumu Okada, Yasumitsu Miyata, and Zheng Liu*
*Corresponding authors
(雑誌名)Advanced Materials
(DOI)10.1002/adma.202404249
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「JPMJCR20B1, JPMJCR23A4」、さきがけ「JPMJPR23H5」、ACT-X「JPMJAX23DH」、創発的研究支援事業「JPMJFR203K, JPMJFR213X」、日本学術振興会 科学研究費補助金「JP23H01807, JP24H00044, JP24K17708, JP24H01189, JP24H00478, JP22H05478, JP23H00277, JP21H05235, JP21K14484, JP21H05233, JP21H05232, JP21H05234, JP22H00283, JP22H04957」、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、東京都立大学 若手研究者選抜型研究支援の支援を受けて行われました。