発表・掲載日:2024/07/25

ハイドレートの最後の基本構造を発見

-新たな材料創成につながる基盤技術を開発-

本研究のポイント

  • メタンハイドレートなどとして知られる包接水和物(ハイドレート)の最後の基本構造を発見
  • ガスの貯蔵・輸送技術や二酸化炭素の分離・回収技術への応用、新たな材料創成に期待

研究概要

横浜国立大学大学院工学研究院の室町実大准教授(研究当時:産業技術総合研究所主任研究員)、産業技術総合研究所の竹谷敏上級主任研究員らの研究グループは、メタンハイドレートなどとして知られる包接水和物(ハイドレート)の最後の基本構造を発見しました。

ハイドレートの三つの基本構造のうちの一つであるHexagonal構造は、幾何学的に配置することは可能であるものの熱力学的には不安定であり、これまで実際に創り出すことができていませんでした。今回、この構造の不安定化してしまう部分にフィットする物質を合成し、これを用いて構造を安定化させることに成功しました。この新しい構造は、メタンと二酸化炭素ガスのガス包蔵量が従来のHexagonal派生構造と比べて高く、ハイドレートを利用したガスの貯蔵・輸送技術や二酸化炭素の分離・回収技術の実用化につながるものと期待されます。また、ハイドレートだけでなく他の包接化合物についても、今回開発した手法を応用した新たな材料創成が期待されます。

本研究成果は国際科学雑誌「Science Advances」(2024年7月24日付)に掲載されます。

また本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

研究成果

メタンハイドレートなどとして知られる包接水和物(クラスレートハイドレート。以下、ハイドレート)の新しい構造を発見しました。ハイドレートの三つの基本構造のうちの一つであるHexagonal構造(HS-I)は、幾何学的な配置は可能であるものの熱力学的には不安定であり、これまで実際に創り出せていませんでした。今回新たにHS-I構造を安定化できたことで、ハイドレートの三つの基本構造すべてが安定化されました。HS-I構造では、メタンと二酸化炭素のガス包蔵量が従来のHS-I派生構造と比べて高く、ハイドレートを利用した天然ガスや合成燃料の貯蔵・輸送技術や二酸化炭素の分離・回収技術の実用化につながると期待されます。今後、これら三つの構造を混合した新たなハイドレート構造の創成による機能性材料の開発が期待されます。1951年の二つのハイドレートの基本構造(図中CS-IとCS-II)の発見から、実に70年ぶりの発見になりました。

 

実験手法

ハイドレート構造は水分子が水素結合によって作る多面体かご状構造(ケージ)により特徴づけられます。HS-I構造では、このキー構造は15面体2個と14面体2個のクラスター構造です。これを安定化させるため、第4級アンモニウム塩であるTri-n-butyl, n-hexylammonium chloride(図中N4446)を合成しゲストとして使用しました。内容積約100 ml耐圧容器にゲストの水溶液を入れ、メタンもしくは二酸化炭素の圧力下(1~10 MPa)でハイドレートを生成し、X線回折測定により結晶構造を明らかにしました。得られた結晶構造では従来の派生構造と異なり、ゲストがHS-I構造のキー構造を整然とした形で保っていました(図参照)。これは、ゲストのブチル鎖が14面体を、ヘキシル鎖が15面体をそれぞれ安定化させることで実現していました。周囲の12面体のケージでも、十分な量のメタンや二酸化炭素ガスを包蔵できることが分かりました。

図1

図. 発見したHS-I構造の安定化とFrank-Kasper相の関係。緑の多面体は14面体、赤は15面体を表している。ハイドレートのHS-I、CS-I、CS-II構造はそれぞれFrank-Kasper相のZ、A15、C15相に相当する。HS-Iが見つかったことにより三つの頂点にある基本構造がすべて揃った。ケージの変形により派生構造が生じる。 灰色のプロットは合金で見つかっている混合相。

社会的な背景

ハイドレートは、日本近海の海底に賦存するメタンハイドレートなどとして広く知られている物質です。水が水素結合によりケージを作り、メタンや二酸化炭素などのガスを包接することで生成します。ハイドレートには三つの基本構造があり、そのうちの一つであるHS-I構造は幾何学的には配置可能であるものの熱力学的に不安定であり、実際に創り出すことはできていませんでした。これまでにHS-I構造の一部が変形した派生構造(図中HS-III、PmmaImma)の生成が報告されていましたが、ガス包蔵量が少ないことや二酸化炭素を包蔵できないことが応用技術開発における大きな課題でした。

また、ハイドレートの構造はFrank-Kasper相と呼ばれる多面体構造に分類され、合金やポリマー、包接化合物、身近なところでは石鹸などの泡の形とも共通しています。Frank-Kasper相は三つの基本構造からなり、それらを混ぜ合わせることで多様な構造を作り出すことが可能です。実際に合金では多くの構造が見つかっています(図中灰色の点)。しかし、水(ハイドレート)や炭素、シリコン、ゲルマニウムなどの14族元素の包接化合物では二つの基本構造と一つの混合相しか見つかっていませんでした。これは、HS-I構造が熱力学的に不安定で生成できず、その混合相も創り出せなかったためです。HS-I構造を安定した形で生成できれば、これらの物質群における材料開発の新たな展開が期待されます。

 

今後の展開

今回得られたHS-I構造は従来の派生構造に比べてガス包蔵量が高く、ハイドレートを利用した天然ガスや合成燃料の貯蔵・輸送技術および二酸化炭素の分離・回収技術への応用が期待されます。また、今回の発見によりハイドレートの三つの基本構造のすべてを創り出すことができたため、今後はこれらの混合相を創成する新たな材料開発を行っていきます。また、今回の発見によりハイドレートのみならずその他の包接化合物における課題解決手法も示され、パワーデバイスや高強度材料などの新たな材料創成につながる基盤技術になると期待されます。


用語説明

包接水和物
メタンハイドレートなどとして知られている物質で、水分子が水素結合によりメタンや二酸化炭素のガスなどの周囲にかご状の構造(ケージ)を作ってできた化合物のことです。多くは低温高圧条件で生成します。[参照元へ戻る]
Hexagonal構造
広義には結晶構造における結晶系の一つで、本稿ではハイドレートの三つの基本構造の一つであるHS-I構造のことを示します。[参照元へ戻る]
ゲスト
包接水和物はホスト–ゲスト化合物の一種です。包接水和物の場合は水がホスト、ガスがゲストで、ホストが作る構造の中にゲストが内包されるような構造を取る化合物です。[参照元へ戻る]
Frank-Kasper相
FrankとKasperによって提唱された多面体の配置構造の一群です。Frank-Kasper相では、三つの基本構造を組み合わせることで多様な結晶構造を形成します。合金やポリマー、ハイドレートのほか、シリコンや炭素などの14族元素も同じFrank-Kasper相型の包接化合物を作ることができます。[参照元へ戻る]
 

掲載論文

Sanehiro Muromachi, Satoshi Takeya, “Discovery of the final primitive Frank-Kasper phase of clathrate hydrates”, Science Advances, published: July 24, 2024.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adp4384



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