- 動画を二次元画像に変換するプログラムによりAIの検出速度の高速化に成功
- 見落とし防止による診断精度の向上及び診断時間の短縮により臨床医の負担を軽減
- 教育アプリとしての利用による人材育成の効率化
肺エコーを対象にしたAIによる肺病変所見情報の提供の概要図
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)工学計測標準研究部門 材料強度標準研究グループ 内田 武吉 主任研究員、田中 幸美 主任研究員と学校法人 自治医科大学 鈴木 昭広 教授は、AIによる胸膜の位置と動きの自動検出に成功しました。
超音波による肺病変診断は肺エコーと呼ばれ、肺の診断において高い有用性が認められており、近年注目を集めています。しかし、肺エコーは他の臓器の超音波診断にはない特有の知識の取得が必要なため臨床医が不足しており、その普及が妨げられる要因にもなっています。今回開発した技術は、深層学習による画像認識を肺エコーに応用することで、胸膜の位置と動きを高精度かつ高速に自動検出するものです。肺病変の所見を発見するために必要な特徴を迅速に臨床医に提供することで、所見の見落としの防止などに寄与できます。将来的に、臨床医の負担軽減と急性期現場の救命率向上が見込まれ、さらには経験の浅い臨床医へのサポートや教育への応用が期待できます。
なお、この技術の詳細は、2024年7月24日に「Heliyon」に掲載されます。
肺エコーは肺を対象にした超音波診断法であり、肺を包んでいる膜(胸膜)と胸膜由来のアーチファクトを中心に観察する診断方法です。超音波診断法にはアーチファクトとよばれる実際には存在しない虚像が表示されてしまうことがあります。他の臓器を対象にした超音波診断ではアーチファクトは誤診の原因になるため、それをなくすための改善がなされてきました。肺エコーではこのアーチファクトなどを肺病変診断の手がかりとして積極的に利用するという特殊事情があります。アーチファクトと実像が混在する肺エコーの所見を正確に読み取れるようになるには、相応の経験と指導者が必要になるため、肺エコーを実施できる臨床医が不足しています。このことは、熟練臨床医の負担を増加させ、肺エコーの普及を阻害する要因となっています。
肺エコーは、呼吸困難などの緊急事態で、患者の負担が大きいレントゲンやCTなどを利用しなくても、現場でリアルタイムに診断可能なツールです。われわれが本研究で対象にした気胸は、胸膜に穴が開いて肺からの空気が漏れて胸膜の中(胸膜腔)にたまり、肺がしぼみ呼吸困難な状態で、時に迅速な処置を求められる病態です。肺エコーを実施する人の経験が浅い場合でも、現場でリアルタイムに人工知能(AI)システムを用いて診断のヒントを得ながら診療を行うことができれば、急性期の現場での救命率の向上につながります。また、AIを応用することで、所見の見逃し防止、熟練臨床医の負担軽減、教育ソフトとしての活用による人材教育の効率化も可能です。
今回は、AIの学習方法の一つである深層学習手法を応用し、気胸に関連する基本的な所見である胸膜の位置と動きを高精度かつ高速に自動検出する技術を開発しました。深層学習には、高品質かつ十分な量の学習データが必要不可欠です。本研究では、急性期肺エコーを専門とする自治医科大学 鈴木 昭広 教授より提供された超音波診断動画を用いました。また、本研究は倫理的基準(機関および国のガイドライン)とヘルシンキ宣言に従って実施されました。この研究は、東海大学臨床研究倫理審査委員会によって承認されています(ID: 21R-048)。
本研究は、深層学習の一つである畳み込みニューラルネットワーク(CNNs)を用いて、肺エコー診断における重要な指標である胸膜ラインとlung slidingの自動検出に取り組みました。肺は、胸郭(1個の胸骨、12個の胸椎、12個の肋骨で構成された骨格)という“鳥かご”のような構造の中で常に呼吸によって膨らんだりしぼんだりしています。呼吸運動で肺の表面がこすれて痛まないように、①胸郭の内側と、②肺の表面は、それぞれなめらかな“胸膜(壁側胸膜と臓側胸膜)”に包まれ、こすれあう両者の間には③微量の胸水が潤滑油のように存在します(図1)。胸膜ラインは、密着しあう胸郭内部と肺表面の2つの胸膜(①と②)、そして胸水(③)が一緒に観察されるものです。Lung slidingは、肺が伸び縮みする際に、肺表面の胸膜が呼吸運動に伴って横方向に動く所見です。横方向の動きがあれば正常、無い場合は気胸が強く疑われます。
われわれは、CNNsによる胸膜ラインの自動検出の精度を評価するためにF値を用いました。F値は、適合率(陽性と予測したものの正解率)と再現率(陽性のうち正しく予測できた率)を一緒に評価する指標であり、1に近いほど予測精度が高いことを示します。F値は位置の検出精度の評価手法(今回ならば胸膜ラインの位置の検出精度)として一般的に用いられます。CNNsによる胸膜ラインの自動検出の正誤の判定は臨床医が行いました。今回用いた超音波診断動画におけるF値は0.988であり、高い精度で検出可能であることを確認しました。図2に示す赤い部分がCNNsによる胸膜ラインの検出画像の例です。
図1 肺の構造の模式図
図2 AIによる胸膜ラインの検出例
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
Lung slidingの自動検出速度を向上させるために、動画内のlung slidingの横方向の動きを二次元画像に変換するプログラムを構築し、その後CNNsによる検出を試みました(図3)。図3に示すように、肺エコー動画のフレーム毎に胸膜ラインの領域を切り取り、それを縦に並べ二次元画像を作成します。二次元画像の縦軸は時間の経過を示しており、CNNsはlung slidingの有無を模様の違いで判断します。Lung sliding有の場合はまだら模様、無の場合は直線模様になります。動画をそのまま使用する場合、自動検出に時間がかかるため、臨床での使用が難しいと判断し、上記の対応を試みました。一般的な性能のPCを用いて二次元画像の方法を用いると数秒で検出が終えられます。将来的な製品化を考えた場合、プログラム動作が軽いことはメリットになります。評価指標は、横軸に偽陽性率、縦軸に真陽性率を取った曲線の下側の面積の大きさを示すArea Under Curve(AUC)を用いました。AUCは、現象の有無の分類性能の評価(今回ならばlung slidingの有無の評価)に使用されることが多く、この指標も1に近いほど高精度に予測できたことを示します。結果として、臨床医の判定に対するAUCは0.894という高い値を得ました。この評価値は、われわれの構築したAIが高い精度で胸膜の位置や動きを予測可能なことを示しています。これらの結果は、胸膜の位置や動きと、そこから派生するアーチファクトを用いて診断を行う肺炎や肺水腫などの特徴の自動検出にもつながります。
図3 AIによるlung slidingの有無の診断に使用した二次元画像の例
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今後は、肺炎や肺水腫の所見の自動検出を検討します。また、肺エコー専用の超音波プローブを開発します。超音波プローブの周波数や形を最適化することで、超音波診断画像が鮮明化しAIによる検出精度の向上につながります。今後、これらの検討を行うことにより、臨床現場での使用の可能性が高まり、肺エコーの課題解決に役立つと考えています。
掲載誌:Heliyon
論文タイトル:Automatic detection of pleural line and lung sliding in lung ultrasonography using convolutional neural networks
著者:Takeyoshi Uchida, Yukimi Tanaka, Akihiro Suzuki
DOI:https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2024.e34700