発表・掲載日:2024/07/12

土壌中の微量な有害物質を検出

-水銀を試料採取現場で高感度に検出する技術を開発-

ポイント

  • 金ナノ粒子修飾ダイヤモンド電極を用いて水銀(Hg)を電気化学的に検出
  • 独自のデータ処理手法で、土壌中に含まれる不純物の影響を低減
  • 誰でもその場で分析できる小型環境評価システムの実現へ

概要図

高感度水銀検出システムのイメージ
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター センサー情報実装研究チームの竹村 謙信 研究員、岩﨑 渉 主任研究員らは有限会社 坂本石灰工業所と共同で、土壌中の微量な水銀を検出する手法を開発しました。

水銀をはじめとする重金属類の環境汚染は世界的に厳しく管理されています。国内においても土壌内の量から廃棄物までさまざまな基準値を設定し、水銀による健康被害を防ぐための取り組みを実施しています。

今回開発した技術は電気化学的な水銀の測定手法により、持ち運びが容易な装置を用いて複雑な手順を経ることなく溶液中の水銀の検出を可能にするものです。電気化学計測では測定を阻害する溶液中の不純物(以下「夾雑物きょうざつぶつ」という)の影響を受けやすいのですが、独自のデータ処理による解析を施すことにより、夾雑物を多く含む土壌検液からでも、水銀が0.5 ppb (ppbは10億分の1を表す単位) 以上の濃度で含まれているかを判定できます。将来的に、誰でもその場で使える土壌分析システムの実現が期待できます。

なお、この技術の詳細は、2024年6月5日に「Nanomaterials」に掲載されました。


開発の社会的背景

重金属類による環境汚染は大きな社会問題の一つです。中でも水銀は毒性の高さから特に厳しく管理されています。私たちの生活に密接に関係する土壌に焦点を当てると、水銀の環境基準値は0.5 µg/L以下(µgマイクログラムは100万分の1グラムの単位)と設定されています。このような公的な基準に基づく検査は、汚染の可能性が高い工場跡地などでは義務化されています。一方で、大部分の建設現場や土地の譲渡等では、安全の確認のため自主的に土壌汚染の検査を行っているのが実情です。現在は、試料を現場から専門の検査センター等に輸送し、大型の検査機器を用いて重金属類の分析を行う必要があります。分析には専門的な知識と複雑な手順も必須となります。もし土壌に対する水銀検査に専門知識が不要となり、誰でもその場で実施できるようになれば、自主的に検査している多くの現場で安全確認に必要な時間の短縮になり、着工までの期間が短くなるなど現場の負担軽減につながります。また、水銀の安価な検査法が普及すれば、地下水を飲んでいる地域でも日々のモニタリングで飲料水の安全性を確かめることが可能になります。

 

研究経緯

従来の技術で高感度に水銀を検出するためには検体ごとに検量線の作成が必要で、標準となる水銀試薬を用いなければなりません。水銀試薬は毒物であるため、取り扱い資格を有する専門業者しか実施できません。こうした状況から、今まで水銀の土壌検査は誰もが手軽に実施できるものではありませんでした。

今回、電気化学的な反応から水銀の検出を行う技術の開発に取り組みました。これは、溶液中の電極に吸着させた水銀がイオン化される際に放出される電子を電気測定することによって高感度に水銀が検出されるものです。試料を希釈していき検出限界を知ることで元の水銀濃度を計算から求めることができるため、水銀試薬が不要となります。

 

研究の内容

本研究では高感度な電気化学測定を原理とし、データ処理による解析を組み合わせ、実際の土壌にも使用できる濃度判定法を開発しました。土壌の電気化学測定では、まず土壌内の成分を水に溶出させた土壌溶出液を作製します。次に土壌溶出液に電極を差し込み、そこに電圧をかけます。すると負電位側の電極(陰極)では、液中に溶け込んでいた水銀イオンを含む溶質が還元され、電極表面に吸着されます。次に溶質を吸着した電極に先ほどとは反対の正電圧をかけると、吸着された物質の酸化反応が起き、吸着物が水溶液中に再びイオンとして放出され電流が流れます。このとき、物質ごとに反応が起きやすい電圧が異なるという特徴を利用して、かける電圧を徐々に変化させながら電流を計測すると、それぞれの物質の反応(=物質の存在)を電流値のピークとして捉えることができます(図1)。

本研究の測定原理である電気化学測定法は溶液に電極を差して電流と電圧を測るだけでよいため装置を小型化しやすく、コストも安価にしやすいため、高感度な測定として注目されている技術です。一方で、溶媒や電極の微小な差、夾雑物の有無で信号に影響が出てしまうほど外乱に弱い測定手法でもあります(図1)。一般的には試料となる溶液を前処理で理想的な状態にし、電極も同一の状態になるように、使用ごとに研磨などのメンテナンスをするか、均質な電極を使い捨て形式にすることで測定精度を担保していますが、本研究の方法では溶媒成分とpHを固定化することで、検体である土壌の溶出液から濾過により大きな粒を取り除くという最低限の前処理のみで濃度0.5 ppb の微量な水銀検出に成功しています。

図1

図1 土壌中で生じる夾雑物による信号変化
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

本研究では図1中に示すような産総研で開発した高感度な重金属の測定が可能な金ナノ粒子修飾ホウ素ドープダイヤモンド電極(以下「ダイヤモンド電極」)を用います(https://doi.org/10.3390/nano12101741)。このダイヤモンド電極は、金ナノ粒子により表面積が大きくなるため高い反応性を有しています。既に産総研では均一な電極作製法を確立しています。

私たちは、この電極を用いた電気化学測定による水銀検出を安定化させるために、まず夾雑物による影響を低減する独自のピーク検出法を開発しました。計測データを数値的に処理することで、夾雑物による波形の変化を低減し、目的の水銀による電気化学反応の信号のみを捉えることに成功しました。ここでは得られた計測データを二階微分することで、ノイズに埋もれやすいピーク信号を検出しやすくしています。さらに、土壌検体から74個の溶出液を作製し、電気化学測定を繰り返すことで土壌から生じる夾雑信号をデータ化しました。さらに土壌溶出液に水銀試薬を混合することで水銀の影響が、どのような形のピークとして二階微分後のデータに表れるかを評価しました。これによりデータ処理後の波形ピークの電圧と強度、半値幅と呼ばれるピークの太さの三つの特徴をパラメータ化し、各パラメータがある範囲に収まっていれば、水銀が含まれているといえることがわかりました。二階微分によるデータ処理と水銀ピークのパラメータ化の組み合わせにより確立した独自のデータ処理法によって信号を評価し、夾雑物が含まれる土や砂から作製した検体中からも微量な水銀ピークを検出することに成功しました(図2)。

この手法は試料に0.5 ppb以上の水銀が含まれているかどうかのみを評価するため、事前に検量線を作成する作業が不要になります。さらに水銀が検出できなくなる限界の希釈濃度を確認できれば、そこから元の検体の水銀濃度を計算により求めることが可能です。

図2

図2 水銀ピークの特徴量(左)と土壌溶液中での評価結果(右)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

本研究で用いた金ナノ粒子は、電極の反応性を高めることができる材料です。一方で、繰り返し計測の安定性には課題がありました。何度も水銀の測定をしていくとダイヤモンド電極上に吸着させた一部の金ナノ粒子が脱離してしまい、信号強度が低下するといった影響がありました。しかし、本研究独自の評価法は、副次的な効果として電極の消耗による影響も低減できることがわかりました。実際に、消耗具合が異なる10本のダイヤモンド電極に対し同条件での水銀含有試料の測定を実施したところ、得られた電気化学測定のデータには電極状態に依存して信号強度の違いが大きく表れました。しかし、データ処理後にはすべての条件で水銀の特徴的なピークを同じように取り出すことができました(図3)。

電極の消耗による影響は、測定の自動化を考えた際にシステムの高度化や測定ごとに電極の交換が必要となることから実用化における障壁となっていました。本評価法は電極消耗の影響を低減できるため、簡便なシステムとして実装でき、電極自体の繰り返し使用回数も増加させることができるメリットがあります。

図3

図3 電極消耗による電流値低下とデータ処理による測定差の解消
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

今後の予定

現在、本開発技術を基とする簡易測定装置の試作に取り掛かっています。さらに、自然の土壌だけでなく、建設現場で採取される掘削サンプルに含まれる添加剤の影響にも耐えられるような技術開発にも取り組んでおり、水銀をどのような条件・検体でも簡単に測定できる手法の確立を目指しています。

 

論文情報

掲載誌:Nanomaterials
論文タイトル:Determination of Low Concentrations of Mercury Based on the Electrodeposition Time
著者:Kenshin Takemura, Wataru Iwasaki, Nobutomo Morita, Shinya Ohmagari, Yasunori Takaki, Hitomi Fukaura and Kazuya Kikunaga
DOI:10.3390/nano14110981


用語解説

水銀
常温常圧条件で凝固することがない唯一の金属元素。生物に対しての毒性が非常に強く、廃棄物から土壌や地下水まで厳しい管理がされている。[参照元へ戻る]
電気化学
主に物質間の電子の授受とそれに付随する化学反応を扱う学問。電極を使用した電気化学測定では化学物質の濃度や種類、電極上での酸化還元反応の詳細な機構などについての情報が電圧と電流値の関係として得られる。本研究では、水銀イオンが還元されて水銀元素に戻る反応を検出している。[参照元へ戻る]
ppb
10億分の1を表す無次元の単位。本研究では環境基準値の単位であるµg/Lのうち、検体溶液1 Lを約1 kgに換算して、約1 kgの溶液中に水銀が何マイクログラム(マイクロは100万分の1の単位)含まれているかを表す濃度(=1x10-6 g/ kg)として使用している。[参照元へ戻る]
環境基準値
人の健康保護と生活環境保全を目標とした際の維持されるべき指標となる基準。行政上の政策目標であり、科学的知見を基礎として定められている。[参照元へ戻る]
検量線
物質の濃度や、量、活性を求めることが必要な試験において、あらかじめそれらのパラメータが知られている標準物質で測定データを校正した際の関係を表すグラフ中の線のこと。[参照元へ戻る]
電極
電流を流し、電気信号を取得するために用いる部品。プラス側の電位になった電極(陽極)では、溶液中の物質から電子を奪う酸化反応が起きる。一方で、マイナスの電位になった電極(陰極)では溶液中の物質に電子を与える還元反応が起きる。測定中は、この酸化還元反応により電極自身が反応しないことが求められる。ダイヤモンドは比較的安定な材料であり、電極にすることで安定した電気化学計測が可能である。[参照元へ戻る]
外乱
何かの影響や変化によって、状態や順序が乱れること。本研究では、夾雑物などにより予期しない出来事や不確定要素が入ることで、理想的な状態で実施される測定では生じない信号が得られることを示す。[参照元へ戻る]
金ナノ粒子修飾ホウ素ドープダイヤモンド電極
ホウ素を注入することで本来は絶縁体であるダイヤモンドに導電性を付与した電極を基板として高い電気化学反応性を示す金ナノ粒子(100 nm未満の金)を表面に密に配置した電極。[参照元へ戻る]
夾雑信号
測定に必要のないものが測定時に発する信号。夾雑信号の発生が考えられる測定では、測定精度を上げるために原因となる物質を取り除く前処理が実施される。[参照元へ戻る]


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