発表・掲載日:2024/07/10

半導体型カーボンナノチューブ(CNT)を選択的に抽出

-セルロース樹脂を活用、高性能な熱電発電素子へ応用-

1.発表者:

野々口 斐之(京都工芸繊維大学 材料化学系 准教授)
河合 壯(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 物質創成科学領域 教授)
桜井 俊介(産業技術総合研究所 ナノカーボンデバイス研究センター 先端素材研究チーム 研究チーム長)

 

2.発表のポイント:

  • 優れた温度差発電性能をもつ半導体型CNTの抽出方法(純度98%程度)を開発した。
  • 天然の高分子セルロースを原料とする樹脂を抽出剤に用いており、セルロースが示すグラファイト表面の識別能力を最適にする方法を実証するとともに、応用面では半導体型CNTの分離精製コストを大幅に抑制できる可能性がある。(密度勾配超遠心分離法(注1)などの従来法に比べて短時間で低コスト)
  • 本発明は次世代エレクトロニクス、特に温度差発電の普及に寄与する可能性がある。(高い熱起電力が温度差発電の可能性を示唆)

3.発表概要:

京都工芸繊維大学 野々口斐之准教授、奈良先端科学技術大学院大学 河合壯教授、産業技術総合研究所 桜井俊介研究チーム長らは共同で、アルキル化セルロースを抽出剤として用いることで高品質な半導体型カーボンナノチューブ(CNT)を選択的に分離抽出できることを実証しました。アルキル基の種類、置換度(DS)、分子量などの分子構造が分離効率に与える影響を系統的に調べ、中程度に置換されたヘキシルセルロースが特に半導体型CNTの選択的抽出に適していることを明らかにしました。この方法で得られた半導体型CNTは高純度と高結晶性を両立しており、その膜は、分離抽出前のCNTだけでなく、他の従来技術で分離した半導体型CNTをも凌駕する優れた温度差発電能力(熱電変換特性)を示しました。また、この抽出剤は入手容易かつ安価な原料から調製されており、高品質な半導体型CNTの安定供給につながる可能性があります。


4.発表内容:

研究の背景

単層CNTは直径約1 nm、長さ数μmの炭素原子による円筒構造体です。炭素原子の並び(巻き方)の違いにより半導体型と金属型に分類され、それぞれ異なる物性を示すことが知られています。特に半導体型CNTは透明かつフレキシブルな薄膜トランジスタへの応用や、超高集積・超高速かつ環境負荷の低いCNTコンピューターへの応用などに向けたエレクトロニクス材料として注目されています。また近年では半導体型CNTが優れた温度差発電能力(熱電変換特性)(注2)をもつことが明らかとなり、身の回りの廃熱から電力を生み出す環境発電(エネルギーハーべスティング)への応用も期待されています。

先行研究の課題・問題点

しかし、単層CNTは半導体型と金属型の混合物として生成されるので、高性能なトランジスタ材料や発電材料のための高機能性インクとして用いるには、半導体型CNTだけを高純度かつ効率的に分離する技術が不可欠です。従来、密度勾配超遠心分離法、ゲルろ過カラムクロマトグラフィー法(注3)、導電性高分子抽出法(注4)などのさまざまな分離技術が提案されてきましたが、産業応用実現のためには、個々の用途に適した物性をもつCNTを、より安価で大量に分離する方法が求められています。また分離精製の際のCNTの欠陥生成や短尺化が材料の電気特性に悪影響を与えることも指摘されていました。

研究内容

研究チームは2022年にアルキル化セルロースの一種で市販試薬であるエチルセルロースがCNTの有機溶媒への分散・抽出剤となることを報告しました(https://www.kit.ac.jp/2022/01/news220118/)。さらに本研究では、新たな選択的抽出剤として種々のアルキル化セルロースを検討しました。その構造や濃度および溶媒などの抽出条件を詳細に調べた結果、アルキル化セルロースを用いた半導体型CNTの選択的抽出方法を明らかにしました。抽出剤として、図1に構造を示した、エチル基・ブチル基・ヘキシル基・オクチル基をそれぞれ置換したセルロースを用いた分散液の紫外可視近赤外吸収スペクトルを測定したところ、半導体型CNTの分離選択性はアルキル化セルロースの側鎖長によって変化することが明らかとなりました(図2 (a))。特に、ヘキシルセルロース(HC)を用いた場合、金属型CNTに由来する吸収(M11)がほとんど観測されませんでした。また赤外吸収スペクトルにより、分離精製していないCNTは半導体型と金属型の混在を反映して金属型CNTに起因した遠赤外線吸収(プラズモン共鳴)の吸収がみられましたが、ヘキシルセルロースを用いて抽出した半導体型CNTからはプラズモン共鳴の吸収がほとんど観測されませんでした(図2 (b))。詳細な分析により、アルキル化セルロースを用いることで半導体型CNTを98%程度の選択性で抽出できることが定量的に確認されました。加えて、図2 (c) に示す共鳴ラマンスペクトルからも半導体型CNTの高い選択性が確認されました。さらなる抽出条件の検討を行った結果、分離選択性はアルキル化セルロースの置換基の種類以外にも、濃度や分子量、溶媒の種類に依存することが明らかとなりました。

成膜したCNTにおける熱電特性を検討したところ、ヘキシルセルロースで抽出した半導体型CNT膜は、分離精製していないCNTと比べて3~4倍程度の熱起電力(注5)を示しました(化学酸化による高ドーピング状態において約100 μV K-1、図3 (a))。さらに、このCNT膜は未精製CNT膜の約10倍、従来の導電性高分子抽出法による半導体型CNT膜の約3倍の電力因子(283 μW m-1 K-2)(注6)を示しました(図3 (b))。

今後の展開

今回の技術を利用することで、分離抽出の収率や純度を同時に改善することが可能となり、短工程(1時間以内)にて高効率な分離試料調製が可能となりました。特に操作が類似する導電性高分子による分離抽出手法に対しても、この抽出法で課題だった抽出剤(導電性高分子)のコストをアルキル化セルロースへの代替によって大幅に低減できると考えられます。今後、この手法を用いて高純度に分離した半導体型CNTの用途開発を進めるとともに、より環境や安全性に配慮した精製法の開発を目指します。

図1

図1. アルキル化セルロースの構造.

図2

図2. (a) 異なる側鎖長のアルキル化セルロースを用いた分散液の紫外可視近赤外吸収スペクトル (ポリマー濃度0.25w/v% の乾燥テトラヒドロフラン溶液, 光路長 2 mm). (b) ヘキシルセルロース(HC)と分散ポリマーF127を用いて分散したCNT膜の赤外吸収スペクトル. (c) HCとF127を用いて分散したCNT複合膜のラマンスペクトル (励起波長660 nm) .F127による分散では半導体型・金属型の選択性が見られない.

図3

図3. HC (0.10%), エチルセルロース(EC、0.05%)従来抽出剤(PFO-BPy),F127で抽出したCNT膜の熱電特性. (a) 電気伝導度とゼーベック係数の関係. (b) 電気伝導度と電力因子の関係.

5.発表雑誌:

雑誌名:米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Semiconducting Carbon Nanotube Extraction Enabled by Alkylated Cellulose Wrapping
著者:八木智子(奈良先端科学技術大学院大学)、吉田和紘(京都工芸繊維大学)、桜井俊介(産業技術総合研究所)、河合壯(奈良先端科学技術大学院大学)、野々口斐之(責任著者、京都工芸繊維大学)
DOI番号:10.1021/jacs.4c05468
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1021/jacs.4c05468


6.用語解説:

注1)密度勾配超遠心分離法
粒子のサイズ、形状、密度に基づいて分離する遠心分離法の一種のこと。分散剤の吸着性の違いにより沈降係数が変化するため、特定の巻き方のカーボンナノチューブを分離できることが知られている。[参照元へ戻る]
注2)温度差発電(熱電変換特性)
熱エネルギー(温度差)を電気エネルギーに直接変換すること。[参照元へ戻る]
注3)ゲルろ過カラムクロマトグラフィー法
一般にはカラムにつめた担体にサンプルを通して、大きさの違いによって分子を分離する手法のこと。カーボンナノチューブの分離においてはゲル粒子への吸着性の違いが利用され、セファクリルなどの市販ゲルを用いることができる。[参照元へ戻る]
注4)導電性高分子抽出法
有機溶媒中で導電性高分子を吸着させることで、金属型と半導体型のカーボンナノチューブの分散安定性の違いを利用して分離、抽出する手法のこと。[参照元へ戻る]
注5)熱起電力
物質を温めた際、高温側と低温側の温度差あたりに得られる起電力のこと。ゼーベック係数ともいう。物質の両端に温度差を与えると、暖かい方のキャリアが冷たい方に移動することで電圧が発生する。[参照元へ戻る]
注6)電力因子
単位温度、単位サイズあたりで得られる電力のこと。単位はW m-1 K-2であり熱起電力の二乗と電気伝導度の積で求められる。[参照元へ戻る]


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