発表・掲載日:2024/07/03

微生物を活用した鉱山廃水処理システムの開発に成功

-細菌の新しいマンガン酸化のしくみを利用-

ポイント

  • 微生物を活用した坑廃水処理システムをパイロットスケールで開発
  • 微生物の栄養となる有機物を添加せずに廃水中のマンガンを98%以上除去
  • 細胞外電子を利用して炭酸固定を行うとみられる細菌群がマンガン酸化に関与することを発見

概要

休廃止鉱山で発生する坑廃水は有害金属を含むため、鉱害防止対策として一般的に中和剤を用いた処理が行われています。この処理では、多くの薬剤やエネルギーの投入を必要とすることから、自然の浄化作用を利用した環境負荷が低く低コストの処理技術の開発が求められています。マンガン(Mn)は坑廃水に含まれる主要な有害金属の一つですが、Mn酸化細菌と呼ばれる微生物はMn(II)イオンを酸化してMn(IV)酸化物にすることで不溶化させるため、坑廃水処理への活用が期待されてきました。しかし一方で、Mn酸化細菌を活用した廃水処理では細菌の栄養となる有機物を添加する必要があり、有機物に乏しい坑廃水に有機物をいかに供給するかが大きな課題になってきました。

秋田県立大学・国立研究開発法人 産業技術総合研究所の共同研究グループは、Mn酸化細菌を活用した坑廃水処理システムを開発し、パイロットスケールで現地試験を実施してきました。その結果、有機物無供給、処理時間12時間の運転条件において、20 mg/LのMn(II)イオンに対して98%以上の除去率を達成することができました。これまでMn酸化細菌を利用した廃水処理では有機物供給が必要と考えられてきましたが、本研究によって、有機物を供給しなくても坑廃水を高効率で処理できることが明らかになりました。さらに微生物群集の遺伝子解析により、この処理システム内には、金属から電子を取り込んでエネルギー代謝や炭酸固定を行うとみられる細菌群が優占していることが判明しました。

本研究により、特定の細菌の働きによってMn(II)が酸化されると同時に他の細菌が必要とする有機物が供給される、という微生物生態系の新しいしくみを提示することができました。この研究成果をもとに今後、低環境負荷で低コストの新しい坑廃水処理技術の構築が期待されます。

掲載論文

雑誌名:Journal of Environmental Chemical Engineering
論文名:Accelerated manganese(II) removal by in situ mine drainage treatment system without organic substrate amendment: metagenomic insights into chemolithoautotrophic manganese oxidation via extracellular electron transfer
著者:渡邊美穂1、Tum Sereyroith2、片山泰樹2、Gotore Obey1、岡野邦宏1、松本親樹2、保高徹生2、宮田直幸1
1秋田県立大学生物資源科学部
2国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門

 

研究の詳細

<研究の背景>

人類の産業活動上、鉱物は非常に重要な資源です。鉱山は世界中に存在しますが、資源枯渇や経済限界を理由として休廃止鉱山となったものも少なくありません。このような休廃止鉱山においては、有害金属を含む坑廃水が恒久的に発生するため、坑廃水をいかに処理するかが大きな課題となっています。一般的には中和剤を用いて有害金属を不溶化する中和処理が行われていますが、中和剤や凝集剤といった薬剤を投入する必要があり、処理コストやエネルギー使用量の削減が重要な課題になっています。その解決策として、植物や微生物による浄化作用を利用した低コストで低環境負荷の処理技術の開発が模索されています。マンガン(Mn)は坑廃水中に含まれる主要な有害金属の一つですが、中和処理に要する薬剤は他の金属と比較して多く、処理されにくい金属といわれてきました。Mn酸化細菌と呼ばれる微生物は、Mn(II)を酸化してMn(IV)酸化物にすることで不溶化させるため、Mnを含む坑廃水処理への適用が期待されています。しかし一方で、従属栄養性*1のMn酸化細菌は糖類や有機酸などの有機物をエネルギー源・炭素源として利用するため、この微生物の活性を維持するには坑廃水に有機物を供給する必要がありました。すなわち、有機物に乏しい坑廃水にいかに有機物を供給するかが大きな課題であり、有機物を添加せずにMnを除去できる処理システムの構築が求められていました。

<研究の成果>

秋田県立大学・国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)の共同研究グループは、2021年に休廃止鉱山の坑道内に700 Lの処理槽を直列に配置したパイロットスケールの接触酸化処理装置を設置し、Mn酸化細菌を活用した有機物添加を必要としない坑廃水処理技術の開発を行ってきました (図1)。20 mg/LのMn(II)イオンを含む坑廃水を12時間の処理時間で連続通水した結果、処理槽内でMn酸化細菌が働き、98%以上のMn(II)がMn(IV)酸化物になって除去されることが明らかになりました(図2)。この坑廃水には亜鉛(Zn(II))イオンも含まれていましたが、Mn(IV)酸化物の結晶構造中に取り込まれてウッドルフ鉱(ZnMn3O7·H2O)様の鉱物が生成することにより、Zn(II)も98%以上除去されることが判明しました。これらの結果から、有機物無供給でもMn酸化細菌を活用して坑廃水を効率よく処理できることが示されました。

図1

図1: 坑道内に設置したMn酸化処理装置(A系列)の概要。坑内水路から廃水をA-0槽(原水槽)にくみ上げた後、A-1槽、A-2槽に順次通水した。各槽の容積は700 L。A-1槽、A-2槽にはそれぞれ、石灰石、ポリプロピレン製の紐状ろ材が充填されており、各充填材にMn酸化細菌が付着して増殖することでMn(II)酸化反応が進行する。
(写真左:A-1槽)Mn酸化細菌の働きで石灰石表面に黒褐色のMn酸化物が析出。
(写真右:A-2槽)紐状ろ材の表面に析出したMn酸化物。

図2

図2: A系列の処理槽における溶存Mn(II)濃度と除去率の経時変化。
(グラフ左)A-1槽を通過した段階でMnはほぼ全量が除去され、僅かに残存するMnはA-2槽でさらに除去されている。
(グラフ右)A-1槽のMn除去性能。


Mn酸化に寄与する微生物を特定するため、処理槽内に沈積したMn酸化物を採取し、微生物の培養を行いました。その結果、多様な従属栄養性のMn酸化細菌株が得られました。また、沈積したMn酸化物試料からDNAを抽出し、ショットガンメタゲノム解析*2によって微生物群集の機能推定を試みました。その結果、最もMn除去効率の高かったA-1槽内部では、特定の細菌群が微生物群集の30%以上を構成していることが判明しました。驚くことに、この細菌群は金属由来の電子を直接細胞に取り込んでエネルギー代謝を行うための遺伝子セットを保有していました。さらに、カルビン-ベンソン回路*3により二酸化炭素を固定して有機物に変換するための遺伝子セットも保有し、この細菌群は独立栄養性であることが示唆されました。

廃水のMn(II)の除去処理にこのような機能をもつ細菌が寄与することは、これまでに報告がありませんでした。この処理システムでは、(1) 電子取り込み型の細菌群がMn酸化を行いながら二酸化炭素を有機物に変換する、(2) 生成された有機物を用いて従属栄養性のMn酸化細菌が増殖してMn除去に関与する、との2つの異なる微生物機能が働くことにより、外部から有機物を供給しなくても高効率の処理が達成できていると考えられます(図3)。

図3

図3: 処理槽内において推定される、独立栄養性及び従属栄養性Mn酸化細菌の関係性

<今後の期待>

本研究では、パイロットスケールの現地試験によって、Mn酸化細菌を活用した有機物添加を必要としない坑廃水処理が可能であることを明らかにしました。今後は本研究で明らかにされた処理特性をもとに、処理システムのさらなるスケールアップやガイドライン作成により、実用化に向けた展開が期待されます。また処理槽内で優占化していた電子取り込み型とみられる細菌群について、今後処理槽内での機能や生態を詳細に解明することで、坑廃水処理システムのさらなる効率化や各地のMn含有坑廃水処理への展開が期待できます。

本研究の成果は、国際連合が発行した17項目の「持続可能な開発目標 (SDGs)*4」のうち「6.安全な水とトイレを世界中に」「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」に貢献することが期待されます。


用語解説

1) 従属栄養性
生きるために必要な有機物を自ら供給できず、他の生物が合成した有機物を利用して生活する性質のこと。⇔ 対義語:独立栄養性 [参照元へ戻る]
2) ショットガンメタゲノム解析
環境サンプルに含まれる微生物DNAを分析し、そこに含まれるすべての遺伝情報を解読する手法。この方法により、それぞれの微生物がどういった役割をもつか、どのような関係性にあるかなどを解明できる。[参照元へ戻る]
3) カルビン-ベンソン回路
緑色植物や一部の微生物が有する炭酸固定回路。還元的ペントース・リン酸回路とも呼ばれる。二酸化炭素を還元して有機化合物に同化する反応を担う。[参照元へ戻る]
4) 持続可能な開発目標 (SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2030年までの国際目標。17のゴール、169のターゲットから構成されている。[参照元へ戻る]
 

研究体制と支援

本研究は、秋田県立大学と産総研が連携し、産総研の交付金および産総研から秋田県立大学への委託研究として行われました。また本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP21H03636)および経済産業省「休廃止鉱山における坑廃水処理の高度化技術調査事業」の支援を受けて行われました。



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