国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門地下水研究グループ 町田 功 前研究グループ長(現 企画本部総括企画主幹)、井川怜欧上級主任研究員、松本親樹研究員らは、新潟県地中熱利用研究会、株式会社興和らとともに越後平野信濃川流域における地下水のマップ、水文環境図「越後平野(信濃川流域)」を公開しました。
地下水の適正な保全および利用のために、国や地方公共団体は、地下水の調査や分析、そして地下水の採取制限などの必要措置を講ずるよう努める必要があります(水循環基本法, 2014)。この措置を講じるためには、地下水に関する詳細な実態調査が必要で、その調査計画を立案するためには、あらかじめ流域の地下水の全体像がわかっていると効率的です。
今回公開した水文環境図は、越後平野の信濃川流域を対象に、多くの断片的な地下水データをまとめ、最新の手法を用いた現地調査を実施することによって得られたデータから、流域の地下水の全体像をマップ化したものです。また、地下水を涵養する機能を維持するために重要な地域もマップ化しているため(上図 地下水涵養域マップ)、この図を今後の地下水マネジメントや町づくりに活かすことができます。水文環境図「越後平野(信濃川流域)」は、産総研地質調査総合センターのウェブサイトからダウンロードができます。
(https://www.gsj.jp/Map/JP/environment.html)
越後平野では冬期の消雪用水に地下水が用いられています。この地下水は長岡市から新潟市にかけて分布するG1層と呼ばれる帯水層から得られています。近年、G1層の地下水位は低下傾向にあり(図1)、この状態を放置すると将来的には揚水流量の低下や、井戸の枯渇などの障害を引き起こす可能性があります。地下水を持続的に利用するためには、帯水層への水の収支を適切な形に保つ必要があります。すなわち、帯水層から過剰な揚水を行わないよう注意を払うとともに、帯水層へ涵養される地下水の量を維持するための取り組みが必要になります。
図1 長岡市における地下水位の変化(長岡市堤岡中学校観測井:新潟県環境局,2023)
地下水位は帯水層中の地下水の貯水量を示しています。冬期は消雪用水の揚水によりG1層の地下水位は低下し、地下水位最低値を示します(●)。一方、春以降はG1層に地下水が涵養されて、地下水位は上昇して地下水位最高値を示します(●)。地下水位の最低値も最高値もゆるやかに低下していることは、当該地域の地下水の揚水量が涵養量を上回っていることを示しています。
帯水層の空間的な広がりを知るためには、その地域の地下地質を知る必要があります。今回調査対象としたG1層は、越後平野の深層に存在することは知られていましたが、その全体像ははっきりとわかっていませんでした。そこで、産総研地質調査総合センターによる海陸シームレス地質情報集(2011)を用いました。この地質情報集では当該地域の3次元的な地質構造が示されており、これに新潟県の自治体が所有する数千の消雪井戸さく井柱状図を突き合わせることによって、G1層中の地下水を詳細に調査することが可能となりました。この調査によって得られた地下水の水質や、水素、酸素、炭素の各種同位体比の検討結果より、G1層の地下水の中には最終氷期に涵養された地下水が残留しているものがあること、現在はそれらが新たに涵養された地下水によって置き換わりつつあることなどが明らかになり、これを学術論文として公表しました(町田ほか,2023)。
地下水利用や地中熱利用のための基礎データとしての水文環境図
水文環境図「越後平野(信濃川流域)」は、前節の学術的成果に加えて、地下水利用に必要となるデータや考察を盛り込み、よりわかりやすく、より多くの方に利用していただくために編集したものです。従来の水文環境図と同様、地下水位、地下水の水質や各種同位体比を含めた20項目以上の地下水情報の空間分布の表示が可能です(図2左)。また、帯水層の姿を概念図で示すなど、わかりやすく記述しています(図2右)。加えて、今日、各地で地中熱ヒートポンプシステムの設置が進んでいることから、地中熱利用の基礎資料とするために、合計36地点にて最大深度600 mまでの水温の鉛直プロファイルを掲載しました。
図2 水文環境図「越後平野(信濃川流域)」
地下水の水質分布を示すマップ(左)や、G1層の地下水の流れ(右)などが掲載されています。G1層は連続性の良い
礫層です。長岡市周辺では地表付近に分布しますが、北に向かって低くなる方向に緩く傾斜しており、新潟市内の海岸部では深度160 mに達します。G1層中の地下水は、概して北に向かって流動しており、長岡市周辺はG1層中の地下水の涵養域の1つになっています。
地下水涵養域マップ
水文環境図シリーズの中でも、本環境図の大きな特徴は、地下水涵養域マップを掲載していることです。涵養域は、地下地質や地下水などの現場データから導き出すものですが、自然を相手にする研究では、どうしても空間的にデータが得られない領域が存在します。そのような領域では、エキスパートジャッジによって不足部分を補完せざるを得ません。したがって、専門家によって異なる見解が生じることも考えられます。そこで、本環境図では地下水涵養域の決定プロセスも説明書で詳細に論じました。この説明書により、他の専門家による、地下水涵養域マップの検証が可能となります。このことは、別の地域で涵養域を決定する際の手順を示したことにもなります。
本環境図ではG1層の涵養域を以下の3つに分類しました(図3)。
[①重要涵養域] 地下水資源量に大きく影響を与える可能性が高いエリアです。重要涵養域では、そこが森林であれば可能な限り森林のまま保全することが望ましく、市街地であれば、今後、透水性舗装材や浸透ますなどを導入して、地下水涵養を促進するなどの積極的な対策が望まれます。
[②推定涵養域] 現時点では、データから涵養域であることは明らかになっていませんが、地形・地質や過去の研究事例から涵養域であると推定される地域です。推定涵養域の土地開発も地下水資源に影響を与えると考えられます。
[③潜在的涵養域] 平野部にもたらされた降雨は浅層地下水となり、自然状態では水平方向に流れるため、G1層にほとんど流入しません。しかし、G1層にて大量の地下水を揚水し続けると浅層から地下水が引き込まれます。その場合、浅層地下水もG1層の涵養源となることから、このような領域を潜在的涵養域としました。このように本環境図では、地下水資源の利活用という観点から、長期的な町づくりを目指す上で留意すべき地域を明らかにしています。
自治体は地下水の調査や分析、そして地下水採取の制限などの措置を講じるよう努めることが義務づけられています。越後平野の信濃川流域では、主にG1層中の地下水を消雪用水に利用していますが、本環境図によって、これは同じ“水がめ”から複数の自治体が地下水を揚水していることが示されました。G1層中の地下水を持続的に利用し続けるためには、各自治体が協力して調査、対策を行うことが必要です。
図3 G1層の涵養域(東西断面)
①重要涵養域と②推定涵養域は地形と地質が大きく関係しています(左図)。一方、③潜在的涵養域(右図)は平野部に分布しています。自然状態(夏期)ではG1層中の地下水位は完新統中の水位よりもわずかに高いため、完新統中の地下水はG1層に流入しませんが、冬期の揚水によってG1層の水位が下がると、完新統中の地下水がG1層に引き込まれます。図中の「中新統」、「鮮新統」、「更新統」、「完新統」は地質の古さを示す用語です。この中で最も古いものは中新統で、今から約530万~2300万年前の地層、最も新しいものは完新統で約1万年よりも新しい地層です(
https://gbank.gsj.jp/geowords/glossary/timescale.html)。
今後も都市域や地下水情報を必要としている地域を中心に水文環境図を作成し、地域の地下水情報を発信し続けるとともに、地下水の持続的利用に資するための研究を行っていきたいと考えています。
掲載誌:地下水学会誌.第65巻第3号,221~254 (2023)
論文タイトル:越後平野G1層中の地下水流動と水質形成
著者:町田 功・坂東 和郎・藤野 丈志・五十石 浩介・野内 冴希・小西 雄二・井川 怜欧・松本 親樹・バトデンベレル バヤンズル・福本 幸一郎
掲載誌:水文環境図
論文タイトル:水文環境図No.14「越後平野(信濃川流域)」
著者:町田 功・坂東和郎・藤野丈志・小酒欣弥・五十石浩介・野内冴希・小西雄二・井川怜欧・松本親樹・内田洋平・シュレスタ ガウラブ・バトデンベレル バヤンズル・福本幸一郎
URL:https://www.gsj.jp/Map/JP/environment.html