発表・掲載日:2024/04/11

新規胃癌発生メカニズムを解明

-そんなバナナ?な新治療の開発へ-

発表のポイント

  • 胃のムチン(粘液)産生に関わるMUC6遺伝子の変異は胃癌の10%程度で見られるが、どのように発癌と関わるかは不明でした。本研究では、MUC6遺伝子変異によるMUC6喪失がゴルジ体ストレスを介して癌化を引き起こすという、新しい胃癌発生メカニズムを証明しました。
  • MUC6遺伝子変異を伴う胃癌ではマンノースという異常な糖鎖が高発現することを発見し、マンノースに強く結合するバナナ由来の薬物複合体を用いた新規治療薬を開発、その治療効果を実験系で確認しました。
  • ムチン遺伝子変異の機能やゴルジ体ストレスとの関連、さらには異常糖鎖に着目した新規薬物複合体など、幅広い分野にわたって新規性の高い重要な成果が含まれており、バナナ由来化合物の実臨床への応用の可能性も期待されます。

概要図

MUC6遺伝子変異に伴う胃癌発癌メカニズム、および治療戦略の提案


概要

東京大学医学部附属病院 消化器内科 新井絢也 医師、早河翼 講師、藤城光弘 教授と、国立研究開発法人産業技術総合研究所 細胞分子工学研究部門 多細胞システム制御研究グループ 舘野浩章 研究グループ長らによる研究グループは、ムチン(粘液)の一種であるMUC6(注1)の喪失が直接胃癌の発生を引き起こすことを明らかにしました。

本研究では独自に作成したMUC6ノックアウトマウス(以下MUC6KOマウス)を用いて、MUC6喪失により胃癌が自然に発生することを見出し、その発癌経路としてゴルジ体(注2)のストレス(注3)を介したGOLPH3遺伝子(注4)-MAPK経路(注5)の活性化を同定し、それに付随してマンノース異常糖鎖(注6)が高発現となることを世界で初めて示しました(図1)。

図1

図1:MUC6変異に伴う発癌経路の概略

元来ムチン形質変化は発癌に付随して変化した結果と考えられてきましたが、今回MUC6喪失自体により直接胃癌が発生することを示したことは新しい胃癌発生メカニズムの発見として重要な意味があり、この研究成果は今後そのほかのムチン形質変化による多種多様な疾患への関与の解析につながることが期待されます。


発表内容

ピロリ菌除菌療法の普及・感染率の低下により胃癌患者数のゆるやかな減少が見られていますが、依然として胃癌による死亡者数は癌死亡者数全体の上位を占めています。手術のできない進行胃癌は既存の薬物療法に対し抵抗性を示すことが多いため、新規発癌経路の同定、新規治療標的の探索が待たれています。

近年胃癌の全ゲノム解析の結果が報告され、MUC6遺伝子変異が胃癌の10%程度で見られました。MUC6遺伝子変異を有する胃癌は、治療抵抗性を示しやすく、予後不良であることがこれまで報告されてきましたが、胃癌発生への関与は不明とされてきました。

この度、本研究グループは独自にMUC6遺伝子を欠損・無効化させたMUC6KOマウスを作成し、MUC6喪失により直接胃癌発生が引き起こされることを世界で初めて発見し、その発癌経路、新規治療標的の提案を行いました。

MUC6KOマウスは、3か月齢程度で異形成を示し、半年齢以降全個体で胃癌が観察され、12か月齢では粘膜下に浸潤する浸潤癌を呈しました。その発癌経路として、RNAシークエンス(注7)等の解析によりMAPK経路活性化が同定され、MEK阻害薬(注8)で腫瘍が著明に縮小することが判明しました(図2)。

図2

図2:MUC6KOマウスにおいて胃癌が自然発癌し、MEK阻害薬で腫瘍が縮小する。
(左)MUC6KOマウスは3か月齢程度で異形成を示し、8か月齢では発癌、12か月齢では粘膜下浸潤癌を呈していた。
(右)MEK阻害薬を投与するとMUC6KOマウスの腫瘍は縮小した。 
スケールバーは100 μmを示す。
 

電子顕微鏡で細胞小器官を観察すると、ゴルジ体の形態変化(膜同士の距離が広がり全体として膨張)が見られ、それに付随してゴルジ体ストレスマーカーであるGOLPH3遺伝子が高発現していることが判明しました。そこでGOLPH3のノックアウトマウスを用いてGOLPH3遺伝子の発現を低下させると、MAPK経路活性の低下、腫瘍縮小が観察されたことから、MUC6KOマウスにおける発癌経路は、ゴルジ体ストレスを介したGOLPH3遺伝子-MAPK経路の活性化であることが示されました(図3)。

図3

図3:MUC6KOマウスにおけるゴルジ体形態変化およびゴルジ体ストレス
(左)MUC6KOマウスでは、電子顕微鏡で細胞小器官を観察するとゴルジ体の形態変化が観察され、ゴルジ体ストレスマーカーであるGOLPH3遺伝子の高発現を認めた。
(右)GOLPH3の発現を低下させる、MUC6KO-GOLPH3ヘテロ マウスを作成すると、腫瘍は縮小した。
スケールバーは100 μmを示す。
 

さらに、ゴルジ体ストレスに付随してMUC6KOマウスにおける腫瘍部分ではマンノースという異常糖鎖が高発現していることが、レクチン(注9)解析、糖鎖の質量分析により判明しました(図4左)。GOLPH3-MAPK経路の異常およびマンノースの高発現は、MUC6遺伝子変異を伴うヒト胃癌患者の細胞・検体でも確認されました。

この癌細胞だけに発現する異常マンノース糖鎖に着目した本研究グループは、マンノースに特異的に接着する新規レクチン薬物複合体を開発しました。バナナ由来のレクチンに遺伝子改変を施し、リンカ―を介して緑膿菌外毒素を接着させた、バナナレクチン薬物複合体です。その結果、MUC6KOマウス、またMUC6喪失を伴うヒト胃癌細胞株を用いたゼノグラフト(注10)において、このバナナレクチン薬物複合体は腫瘍縮小効果を認めました(図4右)。

図4

図4:MUC6KOマウスにおけるマンノース異常糖鎖の高発現、およびバナナレクチン薬物複合体の開発
(左)レクチンアレイ、糖鎖解析により、MUC6KOマウスではマンノース異常糖鎖が増加していることが示された。  
(右)マンノースに特異的に接着するバナナレクチン薬物複合体を開発し、マウスモデル、ゼノグラフトモデルで治療効果を立証した。
スケールバーは100 μmを示す。
 

以上の研究成果により、MUC6喪失に伴う新しい胃癌の発生メカニズムとしてゴルジ体ストレスを介したGOLPH3遺伝子-MAPK経路の活性化を見出しました。さらに治療標的として異常糖鎖に着目したバナナ由来レクチン薬物複合体を提案しました。これまでもムチン遺伝子変異、糖鎖転移酵素遺伝子変異による、種々の臓器における多種多様な疾患に対する関与が示されてきましたが、そのメカニズムは不明でした。今回の研究成果により、より幅広い疾患におけるゴルジ体ストレス、GOLPH3遺伝子の関与の検証がされ、その治療標的として、異常糖鎖に着目したレクチン薬物複合体の活用が期待されます。

 

発表者・研究者等情報

国立大学法人 東京大学
医学部附属病院 消化器内科
新井 絢也 届出研究員
兼:公益財団法人 朝日生命成人病研究所 消化器科 主任研究員
医学部
早河 翼 講師
兼:東京大学医学部附属病院 消化器内科
大学院医学系研究科 消化器内科学
藤城 光弘 教授
兼:東京大学医学部附属病院 消化器内科 科長

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
細胞分子工学研究部門 多細胞システム制御研究グループ
舘野 浩章 研究グループ長
 

論文情報

雑誌名:Gastroenterology
題名:Impaired glycosylation of gastric mucins drives gastric tumorigenesis and serves as a novel therapeutic target.
著者名:Junya Arai; Yoku Hayakawa*; Hiroaki Tateno*; Keita Murakami; Takeru Hayash; Masahiro Hata; Yuki Matsushita; Hiroto Kinoshita; Sohei Abe; Ken Kurokawa; Yukiko Oya; Mayo Tsuboi; Sozaburo Ihara; Ryota Niikura; Nobumi Suzuki; Yusuke Iwata; Toshiro Shiokawa; Chihiro Shiomi; Chie Uekura; Keisuke Yamamoto; Hiroaki Fujiwara; Satoshi Kawamura; Hayato Nakagawa; Seiya Mizuno; Takashi Kudo; Satoru Takahashi; Tetsuo Ushiku; Yoshihiro Hirata; Chifumi Fujii; Jun Nakayama; Shinsuke Shibata; Susan Woods; Daniel L. Worthley; Masanori Hatakeyama; Timothy C. Wang; and Mitsuhiro Fujishiro
(*:責任著者)
DOI:10.1053/j.gastro.2024.03.037
URL:https://doi.org/10.1053/j.gastro.2024.03.037
 

研究助成

本研究は、科研費「23H02744, 23K07448」の支援により実施されました。


用語解説

(注1)ムチン/MUC6
ムチンとは上皮細胞などから分泌される粘液の主成分のタンパク質であり、糖鎖が多数付加されている。MUC6はムチンタンパク質の一種で、主に胃、十二指腸のブルンネル腺で高発現していることが知られている。[参照元へ戻る]
(注2)ゴルジ体
翻訳後修飾を担う細胞小器官の一つで、主に小胞体で作られたタンパク質に糖鎖を付加して糖タンパク質の合成を行っている。[参照元へ戻る]
(注3)ゴルジ体ストレス
ゴルジ体の処理能力を超える事態に対して、能力を増強することで恒常性を維持する、細胞の生命活動に必須の適応機構である。ムチン生成の受容の増大や、糖鎖修飾障害に起因して、ムチン型のゴルジ体ストレスが起こることが知られている。[参照元へ戻る]
(注4)GOLPH3遺伝子
正式名称はGolgi Phosphoprotein 3であり、ゴルジ体ストレスマーカーかつ癌遺伝子としても知られている。ゴルジ体の形態変化を引き起こし、種々の発癌経路と関連することが知られている。[参照元へ戻る]
(注5)MAPK経路
正式名称は、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ経路として知られている。本研究ではRAS/RAF/MEK/ERK経路を指している。細胞増殖、成長、分化、形質転換およびアポトーシスなどの多種多様な細胞プロセスを制御する複雑なシグナル伝達ネットワークを形成する。胃癌の主要な発癌経路の一つとしても知られている。[参照元へ戻る]
(注6)糖鎖
複数の糖が特定の結合パターンで連なっているもの。これらの糖鎖の構造は非常に多様で、細胞の表面やタンパク質、脂質などに付着することで、細胞間の相互作用や情報伝達、免疫応答などに重要な役割を果たしている。[参照元へ戻る]
(注7)RNAシークエンス
生体内で発現されているRNA分子の種類や量を網羅的に解析することができる手法で、がんの研究や医学的疾患の理解、新しい治療法の開発、生物学的プロセスの解析など、さまざまな生命科学の分野で幅広く応用されている。[参照元へ戻る]
(注8)MEK阻害薬
MAPK経路を阻害する代表的な薬剤の一つ。今回の実験ではすでに人体への臨床応用も開始されているセルメチニブを用いた。[参照元へ戻る]
(注9)レクチン
特定の糖鎖に選択的に結合するタンパク質。植物由来、動物由来など、さまざまなレクチンが自然界に存在する。今回用いたバナナレクチン薬物複合体はバナナ由来のレクチンに遺伝子改変を施した、独自の遺伝子組み換えレクチン。[参照元へ戻る]
(注10)ゼノグラフト
ある生物種から別の生物種への組織や細胞の移植を指す。典型的には、ヒト由来のがん細胞や組織を、免疫不全状態のマウスなどの実験動物に移植されることが多い。 [参照元へ戻る]


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