- さまざまな生分解性プラスチック(ポリ乳酸を除く)が、水深や環境の異なる日本近海の5地点の深海底(757 m~5,552 m)のいずれでも、微生物により分解されることを、世界で初めて明らかにしました。
- 生分解性プラスチックを分解する新たな分解微生物を深海から多数発見し、それらが世界中のさまざまな海底堆積物に存在することも明らかにしました。
- 分解が実証された生分解性プラスチックは、世界中のいずれの海域においても分解されると考えられ、世界的なプラスチック海洋汚染問題の解決に貢献すると期待されます。
有人潜水調査船「しんかい6500」(左)により生分解性プラスチックを深海底に設置している様子(右)
東京大学、海洋研究開発機構、群馬大学、製品評価技術基盤機構、産業技術総合研究所、日本バイオプラスチック協会は、様々な生分解性プラスチック(注1)(ポリ乳酸(注2)を除く)が、神奈川県の三崎沖(水深757 m)、静岡県の初島沖(水深855 m)、伊豆小笠原島弧海底火山付近の明神海丘(水深1,292 m)、黒潮続流域の深海平原(水深5,503 m)、日本最東端の南鳥島沖(水深5,552 m)の全ての深海(注3)で、微生物により分解されることを世界で初めて明らかにしました。
生分解性プラスチック表面には無数の微生物がびっしりと付着し、時間と共にサンプル表面に粗い凸凹ができて、生分解が進行する様子が観察されました(図1)。深海における生分解速度は、水深が深くなるにつれて遅くなるものの、全ての深海底で生分解されることも確認されました。水深約1,000 mの深海底では、本研究で用いた生分解性プラスチックで作製したレジ袋は、3週間から2ヶ月間で生分解されることも計算により推定されました。
今回、菌叢解析(16S rRNA遺伝子アンプリコンシーケンシング(注4))およびメタゲノム解析(注5)により、深海から生分解性プラスチックを分解できる新たな分解微生物を多数発見することにも成功しました。さらに、発見した分解微生物は、世界中のさまざまな海底堆積物(注6)にも生息していることが明らかになり、分解が実証された生分解性プラスチックは、世界中のいずれの深海でも分解されると考えられます。
本研究成果により、将来の海洋プラスチック汚染の抑制に貢献する優れた素材として、生分解性プラスチックの研究開発の進展が期待されます。
本研究成果は、国際科学専門誌「Nature Communications」オンライン版(日本時間2024年1月26日)に掲載されます。
図1:深海における生分解性プラスチックの分解微生物による生分解
有人潜水調査船「しんかい6500」により深海底に設置して3ヶ月後の生分解性プラスチックサンプルには、
マリンスノー(注7)が堆積している様子が観察されました。サンプル表面に付着した無数の微生物の作用により、サンプル表面にクレーターが形成するように生分解が進行することが明らかになりました。
<研究背景>
現在、世界中で年間約4億トンのプラスチックが生産され、毎年約800万トンのプラスチックごみが海洋に流出していると報告されています(Science 347, 768 (2015))。私たちが普段使っているポリエチレンやポリプロピレンに代表される汎用プラスチック(注8)は、山、川、湖、海のいずれの環境においても分解しないプラスチックであり、現在、あらゆる環境下で微生物の働きにより二酸化炭素と水にまで完全に分解される「生分解性プラスチック」の開発が望まれています。
これまでポリ乳酸や微生物産生ポリエステル(注9)などを始めとする多くの生分解性プラスチックが開発され、コンポスト(注10)での生分解性および土壌、河川、湖、浅海域などにおける環境生分解性の評価が行われてきました。しかしながら、海洋プラスチックごみが最終的に行き着く深海環境において、生分解性プラスチックが本当に生分解されるのか、生分解性プラスチックを分解できる微生物が深海に存在しているのかについては、これまで誰も証明していませんでした。
<研究内容>
本研究では、有人潜水調査船「しんかい6500」(注11)とフリーフォール型深海探査機「江戸っ子1号」(注12)を用いて、生分解性プラスチックと汎用プラスチックを深海に3ヶ月から14ヶ月間設置し、それらサンプルの重量や形状の変化、表面に付着した微生物の解析を行いました(図2(a))。生分解性プラスチックとしては、微生物産生ポリエステル(PHA)やポリ乳酸を始めとする生分解性ポリエステルとセルロースアセテートを始めとする多糖類エステル誘導体(注13)を検討しました。また同時に、浮遊プラスチックごみが多い東京湾に面した海洋研究開発機構の岸壁(神奈川県横須賀市、水深約5 m)にも同様のサンプルを設置し、生分解速度の比較も行いました。
深海に設置したサンプルを3ヶ月から14ヶ月後に引き上げ、フィルムや射出成形体の重量と厚みの変化、表面に付着した分解微生物の解析を行いました。その結果、汎用プラスチックとポリ乳酸は全く分解されないのに対し、ポリ乳酸を除く他の生分解性ポリエステルと多糖類エステル誘導体はいずれの深海底でも分解されることがわかりました。
深海と岸壁における生分解速度(µg/cm2/day)を比較すると、岸壁の分解速度に対して、水深1,000 mの深海では5分の1から10分の1、水深5,000 mの深海では約20分の1でした(図2(b))。この生分解速度の低下は、水深が深くなることによる水圧や水温などの環境変化に加え、微生物の存在量や多様性が減少するために引き起こされると考えられます。今回実験に用いた生分解性プラスチックの一つである微生物産生ポリエステルでレジ袋(一般的な厚さ=15 µm)を作製したとして、初島沖(水深855 m)での分解速度を用いて深海における分解期間を計算すると、約3週間から2ヶ月間で分解されると予想されました(図2(c))。
図2 深海における生分解速度と生分解性プラスチックで作製したレジ袋の深海分解推定期間
走査型電子顕微鏡を用いて深海に設置したプラスチック表面の様子を観察したところ、汎用プラスチックとポリ乳酸のサンプル表面にはほとんど微生物が付着していなかったのに対し、生分解性プラスチック表面には多数の微生物がびっしりと付着する様子が観察されました(図1)。付着した微生物の菌叢解析(注14)の結果、深海設置から数ヶ月は好気的な微生物が付着し、時間と共に嫌気的な微生物へと菌叢が変化することもわかりました(図3)。これはサンプル表面に時間と共にマリンスノーが堆積し、好気的条件から嫌気的条件(注15)へ変化したことが原因と考えられます。サンプル直下の海底堆積物中に生息する微生物の菌叢解析を行ったところ、嫌気的条件になった状態のサンプル表面の菌叢とほとんど同じでした。
サンプル表面に付着した微生物の菌叢解析およびメタゲノム解析を行い、生分解性プラスチックを分解する微生物産生ポリエステル(PHA)分解酵素(注16)や、ポリエステラーゼ(注17)、クチナーゼ(注18)の遺伝子の塩基配列を有する新たな微生物を6種類発見しました。発見した微生物は世界中の海底堆積物に存在することがわかり、今回分解が実証された生分解性プラスチックは日本近海のみならず、世界中の海域で生分解されると考えられます。
図3 生分解性プラスチック表面と海底堆積物に生息する微生物の菌叢解析と新たに発見した分解微生物の堆積物中の全球分布
初島沖の深海底に4ヶ月設置したフィルム表面には好気的な微生物(青や緑色)のみ存在したが、14ヶ月後には嫌気的な微生物(ピンク色)が支配的になっていくことがわかりました。また、14ヶ月後のフィルム表面の微生物菌叢は、海底堆積物中の菌叢とほぼ同じでした。新たに発見した微生物産生ポリエステル(PHA)分解菌が世界中の海底堆積物中に存在することもわかり、PHAは世界中の海で生分解されると考えられます。
<今後の展望>
本研究により、海洋プラスチックごみが最終的に行き着くと考えられている深海底でも、生分解性プラスチックは微生物により分解されることが証明されました。プラスチック製品は可能な限り回収して、リサイクルすることが必要です。しかし、全てのプラスチックを回収することは不可能であり、環境中に流出するものも多々あります。従って、海洋流出の避けられない製品などには、生分解性プラスチックを適切に使用することが必要不可欠であり、生分解性プラスチックは、将来の海洋プラスチック汚染の抑制に貢献する優れた素材であると言えます。今後は、使用中は優れた物性を持続的に発揮、使用後に、仮に海洋に流出したら分解が始まるとともに、可能な限り速やかに分解する海洋分解開始機能を有する高性能な海洋生分解性プラスチックの開発が期待されます。
雑誌名:
Nature Communications(2024年1月26日オンライン版公開)
題名:Microbial Decomposition of Biodegradable Plastics on the Deep-sea Floor
著者名:T. Omura, N. Isobe, T. Miura, S. Ishii, M. Mori, Y. Ishitani, S. Kimura, K. Hidaka, K. Komiyama, M. Suzuki, K. Kasuya, H. Nomaki, R. Nakajima, M. Tsuchiya, S. Kawagucci, H. Mori, A. Nakayama, M. Kunioka, K. Kamino and T. Iwata*(*責任著者)
DOI: 10.1038/s41467-023-44368-8
URL:
https://www.nature.com/articles/s41467-023-44368-8
東京大学
大学院農学生命科学研究科
生物材料科学専攻
岩田 忠久 教授
大村 拓 研究当時:博士課程
込山 活哉 研究当時:修士課程
技術基盤センター
木村 聡 技術専門職員
海洋研究開発機構
磯部 紀之 副主任研究員
石井 俊一 副主任研究員
石谷 佳之 特任研究員
野牧 秀隆 上席研究員
中嶋 亮太 主任研究員
土屋 正史 副主任研究員
川口 慎介 主任研究員
群馬大学
大学院理工学府分子科学部門
粕谷 健一 教授 兼:同大学食健康科学教育研究センター センター長
食健康科学教育研究センター
鈴木 美和 助教
製品評価技術基盤機構
三浦 隆匡 主任
森 美穂子 研究当時:専門官
日高 皓平 主任
紙野 圭 課長
産業技術総合研究所
中山 敦好 主任研究員
日本バイオプラスチック協会
森 浩之 顧問