NEDOの「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先導研究(委託)」(以下、本事業)において、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、TDK株式会社、国立大学法人大阪大学大学院基礎工学研究科(大阪大学)は、ポスト5G/6Gの通信エリア拡大への利用が期待されるテラヘルツ帯メタサーフェス反射板の研究開発に取り組んでおり、今般、メタサーフェス反射板のテラヘルツ帯評価装置(以下、本装置)を開発しました。本装置は、疑似平面波を生成するオフセットグレゴリアンアンテナから成り、平面波照射下でのメタサーフェス反射板の性能評価をコンパクトなセットアップで実現します。さらに、本装置を活用し、6Gで利用が想定される220ギガヘルツ(GHz)と293 GHzの両周波数帯で動作するデュアルバンドメタサーフェス反射板の開発・実証に成功しました。
今後は、本装置による高精度な反射板評価技術を活用して、メタサーフェス反射板のさらなる高機能化や高効率化を推進し、ポスト5G/6Gの通信エリアを基地局の増設なしに柔軟に拡大する技術基盤の確立を目指します。
図1 反射板テラヘルツ帯評価装置(左)と評価装置に用いられるオフセットグレゴリアンアンテナ(右)
テラヘルツ帯※1を利用するポスト5G/6Gでは、障害物の遮蔽(しゃへい)効果による通信エリアの制限が実現の妨げとなっています。その中で、電磁波を特定の方向に反射できるメタサーフェス反射板※2を用いた通信エリアの拡大技術の研究が進んでいます。メタサーフェス反射板は、既存の建物の壁や窓に設置し、遠方の基地局アンテナから照射される平面波を特定方向に反射させ、障害物に遮蔽されたエリアにも障害物を迂回(うかい)した通信パスを構築して通信エリアを拡大することを想定しています(図2)。実使用と同等の平面波照射下でメタサーフェス反射板の評価を行うには、一般に電磁波を照射するアンテナとメタサーフェス反射板間の距離を十分に離す必要があります。特にテラヘルツ帯では、反射板のサイズが波長に比べて極めて大きくなり、必要な伝送距離は数十mにも達するため、実使用と同等の条件下でのメタサーフェス反射板の性能評価は困難で、このことがテラヘルツ帯メタサーフェス反射板の開発の支障となっていました。
図2 メタサーフェス反射板を用いた通信エリア拡大の模式図
このような背景を踏まえ、NEDOの本事業※3で、産総研、TDK、大阪大学は、テラヘルツ帯メタサーフェス反射板の反射性能を正確かつ簡便に評価できる本装置を開発しました。本装置は、疑似平面波を生成するオフセットグレゴリアンアンテナ※4から成り、実使用と同等の平面波照射下でのメタサーフェス反射板の性能評価をコンパクトなセットアップで実現します。さらに、本装置による高精度反射板評価技術を活用して、6Gで利用が想定される220 GHzと293 GHzの両周波数帯の電磁波を同じ方向に高効率で反射するデュアルバンド※5メタサーフェス反射板の開発・実証に成功しました。
なお、本技術開発において、産総研は反射板評価装置の開発とデュアルバンドメタサーフェス反射板の設計・評価を、TDKはデュアルバンドメタサーフェス反射板の試作を、大阪大学はデュアルバンドメタサーフェス反射板の理論提案を担当しました。
また、本技術の詳細は、2023年12月7日に学術誌「IEEE Access※6」に掲載されました。
(1)反射板テラヘルツ帯評価装置の開発
開発した本装置は、パラボラ鏡※7、楕円(だえん)鏡※8とその背後にあるフィード用のアンテナから成るオフセットグレゴリアンアンテナの構成により、疑似平面波を生成します(図1)。生成した疑似平面波を反射板サンプルに照射することで、最大330 GHzの広帯域にわたって、平面波照射下での反射特性評価ができます。アンテナ放射電界の振幅と位相の分布計測結果(図3)から得られる、疑似平面波のビームサイズは直径が約250 mmに達し、大型の反射板サンプルの評価が可能となります。
サンプルに照射されるビームが平面波ではなく不均一な位相分布をもつ場合、実使用と同等の反射性能を正確に評価できません。本装置と同等の疑似平面波を一般のコルゲートホーンアンテナ※9を使用して生成するには、アンテナと反射板サンプル間の距離は30 m以上必要と試算されますが、本装置ではオフセットグレゴリアンアンテナとサンプル間の距離は約0.9 mで実現できました。
図3 本装置が生成する疑似平面波の2次元電界分布(左:振幅、右:位相)
(2)220/293 GHz動作デュアルバンドメタサーフェス反射板の開発・実証
本装置を活用して、6Gで利用が想定される220 GHzと293 GHzで動作するデュアルバンドメタサーフェス反射板を開発し、その実証試験を行いました。開発したデュアルバンドメタサーフェス反射板は、誘電体基板表面に形成した金属周期構造を最適化し、高次の回折モードを制御することで、2周波数で同じ方向に高効率で反射するデュアルバンド異常反射動作を実現しました(図4)。テラヘルツ帯での動作を担保するため、金属周期構造の試作誤差は4 μm以下に抑えています。入射角0°、反射角45°で設計した試作品に対し、本装置を用いて反射電力比の角度依存性を試験したところ、220 GHzと293 GHzの両周波数帯において、所望の方向への強い反射が見られました(図4下図)。そのほかの方向への不要反射は十分に抑制され、反射効率は両周波数で80%超に達しており、実用に資する高効率動作が確認されました。また、測定された反射特性は設計と非常によく一致していました。この結果は、高精度の試作に加え、今回開発した反射板テラヘルツ帯評価装置の有用性を裏付けるものです。
図4 デュアルバンドメタサーフェス反射板の動作(左上)、試作品(右上)、反射特性計測結果(下)
産総研とTDK、大阪大学は、今回開発した330 GHzまでの反射板評価技術を活用して、テラヘルツ帯メタサーフェス反射板のさらなる高機能化や高効率化の研究開発を進めます。これにより、ポスト5G/6Gの低消費電力かつ柔軟な通信エリア拡大を目指します。
NEDOは、本技術をはじめ、今後もポスト5Gに対応した情報通信システムの中核となる技術を開発することで、日本のポスト5G情報通信システムの開発および製造基盤の強化を目指します。