発表・掲載日:2023/09/27

小惑星リュウグウが宇宙と実験室で違って見えるのはなぜ?

-「宇宙風化」が水のしるしを隠す-

ポイント

  • 小惑星リュウグウの採取試料の測定データと探査機「はやぶさ2」の観測データを直接比較
  • 水の有無を知る鍵となる「OH吸収」が、観測データでは測定データの半分よりも弱いことが判明
  • その原因は大気のないリュウグウ表面が宇宙線や宇宙塵にさらされて変質(宇宙風化)したこと

概要図


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地質情報研究部門リモートセンシング研究グループ 松岡 萌 研究員・デジタルアーキテクチャ研究センター 地理空間サービス研究チーム 神山 徹 研究チーム長は、東北大学大学院理学研究科地学専攻 中村 智樹 教授、天野 香菜 学術振興会特別研究員(地学専攻・博士課程後期)、日本原子力研究開発機構(以下「原子力機構」という)物質科学研究センター 階層構造研究グループ 大澤 崇人 研究主幹、東京大学大学院理学系研究科附属宇宙惑星科学機構/地球惑星科学専攻 橘 省吾 教授、九州大学 理学研究院 地球惑星科学部門 奈良岡 浩 教授・岡崎 隆司 准教授などと共同で、小惑星探査機「はやぶさ2」小惑星リュウグウの表面を上空から観測したデータと、リュウグウで採取して持ち帰った(サンプルリターン)試料を地球大気にさらさずに測定したデータの直接比較を行いました。その結果、リュウグウ表面の観測データと、採取試料の測定データはよく一致する一方で、水の有無を知る鍵となるヒドロキシ基(-OH)による吸収に明らかな違いがあることがわかりました。この違いの原因を明らかにするため、リュウグウに似て含水ケイ酸塩に富む始原的な隕石の実験およびデータ解析を行った結果、リュウグウは宇宙線や宇宙塵にさらされて表面(1/100 mm程度)が変質し(宇宙風化作用)、水が部分的に失われていることを明らかにしました。本研究成果は、探査機からの遠隔観測と採取試料分析を組み合わせて初めて明らかにできたものであり、惑星探査におけるサンプルリターンの重要性を示す画期的な成果の一つと言えます。なお、研究の詳細は2023年9月27日(日本時間)に「Communications Earth & Environment」に掲載されます。


社会的背景

小惑星リュウグウは、太陽系ができた当時の情報を今も保持していると考えられる始原的小天体の一つです。始原的小天体がどのような物質でできているのか知るためには、望遠鏡や探査機からの遠隔観測や隕石分析に加えて、小惑星で探査機が採取した試料を地球へ持ち帰って直接測定を行うことが重要です。サンプルリターンによって採取試料と母天体の1対1対応が確立されると、始原的小天体の正確な物質情報を手に入れることが可能になります。小惑星リュウグウは水や有機物を含むため、「はやぶさ2」が採取した試料の性質を詳しく調べることによって、地球や生命の起源に迫ることが期待されています。

 

研究の経緯

「はやぶさ2」は、2回のタッチダウンを行って小惑星リュウグウの粒子(以下、リュウグウ粒子という)を採取することに成功し、合計で約5.4 gのリュウグウ粒子が入った再突入カプセルを2020年12月に地球へ帰還させました。これらのリュウグウ粒子は、初めに宇宙航空研究開発機構(以下「JAXA」という)宇宙科学研究所で初期記載が行われ、サイズや重量、形状等が記録されました。その後、リュウグウ粒子の一部が六つの初期分析チームに分配され、2021年6月から約1年間、複数の研究機関で種々の分析が行われました。産総研は、大型粒子を扱う「石の物質分析チーム」(チームリーダー=東北大学 中村 智樹 教授)の一員として研究に参画しました。「石の物質分析チーム」は、リュウグウ粒子の中でも比較的大きな1 mm~8 mmの大きさを持つ計17個の粒子を対象として、反射スペクトル測定を含むさまざまな分析を行いました(Nakamura et al. 2022ほか)。

産総研は、東北大・原子力機構・東京大・九州大と共同で、地球の空気に触れさせない状態を保ったままのリュウグウ粒子のデータ(Amano et al. 2023; Nakamura et al. 2022)、炭素質隕石の粒径や空隙率のバリエーションを変えたデータ、過去の再現実験から得られた宇宙風化隕石データ、さらに「はやぶさ2」の観測データを用いて多角的にデータを解析しました。

なお、本研究は、独立行政法人日本学術振興会 研究拠点形成事業「惑星科学国際研究ネットワークの構築」、科研費 新学術領域研究「水惑星学の創成」(No. JP17H06459)による支援を受けて行われました。

 

研究の内容

反射スペクトル測定は、ターゲットを破壊することなく表面の物質情報を調べることができる分析手法として、実験室から宇宙空間まで広く利用されています。これまでに、「はやぶさ2」がリュウグウ滞在時に20 kmほど上空から観測して取得した反射スペクトルから、リュウグウは水や有機物に富む始原的小天体、特にCb型と呼ばれる小惑星であることが分かっています。また「はやぶさ2」がリュウグウから採取したリュウグウ粒子は、CIコンドライトという始原的な炭素質隕石によく似た物質であることも分析によって明らかになっています。

本研究では、「はやぶさ2」搭載機器のONC-TNIRS3がリュウグウの赤道付近を上空から観測して取得した可視~近赤外域の反射スペクトルと、リュウグウ粒子を測定して得られた反射スペクトルを直接比較しました(図1、図2)。その結果、明るさやスペクトルの傾きなどの特徴は大変よく似ている一方で、水を含む粘土鉱物(含水ケイ酸塩)の存在を示すOH吸収に2倍以上の深さの違いが見られました(図2)。

図1

図1 反射スペクトルを取得したリュウグウ表面とリュウグウ粒子の例。実際のリュウグウやリュウグウ粒子は非常に暗く、見やすさのため明るさ・コントラストを調整している。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

図2

図2 リュウグウ表面とリュウグウ粒子の代表的な反射スペクトル。リュウグウは含水ケイ酸塩を含んでいるため、波長2.7 µm付近で下に凸のOH吸収が見られる。測定データ(リュウグウ粒子の反射スペクトル)のOH吸収の深さは、観測データ(リュウグウ表面の反射スペクトル)の2倍以上であることが分かる。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

なぜ観測データと測定データが一致しないのでしょうか?それには三つの要因、すなわち①宇宙風化度の”強弱”や②粒子の大きさ(粒径)、③粒子間の隙間の程度(空隙率)が考えられます。そこで、私たちは①・②・③を実験的に再現して、それぞれが反射スペクトルをどのように変えるのか詳しく調べました。このような実験には多量の試料が必要となるため、今回は希少なリュウグウ粒子を使う代わりに、リュウグウに似て含水ケイ酸塩に富む始原的なマーチソン隕石を用いました。その結果、リュウグウのスペクトル不一致の最大の要因は、リュウグウが宇宙風化作用を受けて、表面(1/100 mm程度)で結晶レベルの脱水が進んでいたことであると解釈できました。また副次的な要因として、リュウグウの地表の粒径が大きく、砂粒より岩肌に近いような状態か、あるいは密度が小さいすかすかな状態か、またはその両方であったことが示されました。

さらに、「はやぶさ2」に先駆けてサンプルリターンを実現したミッションに「はやぶさ」があり、S型小惑星イトカワを上空から観測して取得した反射スペクトルとイトカワの採取試料の物質情報が明らかにされています。そこで、私たちはイトカワとリュウグウの比較を行いました。イトカワとリュウグウは軌道や表層年代が似ており、宇宙風化環境も近いと考えられます。しかし反射スペクトルの特徴は異なり、イトカワはリュウグウと違って、地域により反射スペクトルにはっきりした二分性が見られました。つまり、宇宙空間でCb型小惑星とS型小惑星が同じような環境にあるとき、Cb型小惑星ではどこも均一に宇宙風化が進むのに対して、S型小惑星では風化していないエリアが一部生き残ります。宇宙風化を再現した室内実験の結果と合わせて解釈すると、Cb型小惑星ではS型小惑星よりも宇宙風化が進みやすいことが示唆されました。

 

今後の予定

本研究結果から、リュウグウのみならず他の始原的小天体の観測データを正確に解釈するためには、粒径、空隙率、宇宙風化度といった要因を考慮することが重要と考えられます。また、「はやぶさ2」のタッチダウン時に用いられたタンタル球を撃ち込むサンプル採取方法および人工クレーター生成手法は、風化していない岩石試料の採取という点で優れた惑星探査技術として、今後の展開が期待されます。今回の観測データ解釈手法は、今後のより詳細なリュウグウ粒子の分析や、小惑星Bennuから今年地球へ帰還したNASAの小惑星探査機OSIRIS-RExの採取試料の分析によって、さらなる検証ができると考えています。

これらの分析結果は、リュウグウが現在までにたどった形成進化過程や、地球・海・生命の原材料間の相互作用と進化を解明し、太陽系科学の発展へ貢献することが期待されています。

 

論文情報

掲載誌:Communications Earth & Environment
論文タイトル:Space weathering acts strongly on the uppermost surface of Ryugu
著者:Matsuoka M. et al.
DOI:10.1038/s43247-023-00991-3


用語解説

小惑星探査機「はやぶさ2」
小惑星探査機「はやぶさ」の後継機として、小惑星からの試料を持ち帰ったJAXAの小惑星探査機。地球の海の水の起源や生命の原材料の探求を目的として、有機物や水を含む始原的な小惑星であるリュウグウの探査と試料採取を行った。地球へサンプルを帰還させた後は拡張ミッション(はやぶさ2#)へ移行し、次のターゲット天体(小惑星2001 CC21および小惑星1998 KY26)へ向けて現在も航行を続けている。[参照元へ戻る]
小惑星リュウグウ
小惑星は、主に火星と木星の間に分布する小惑星帯で太陽の周りを公転する天体のうち、惑星と準惑星およびそれらの衛星を除く小天体の一つ。リュウグウは地球に近い軌道を持つ近地球型小惑星に分類される。[参照元へ戻る]
反射スペクトル
太陽光に代表される電磁波が物質の表面で反射する割合を、ある波長ごとに測ったデータのこと。測定対象の物質に触れずに、その物質の表面の特性を調べることができる。[参照元へ戻る]
Cb型小惑星
Cb型を含めた、可視〜近赤外の波長で見て非常に暗い小惑星を総称してC型小惑星と呼ぶ。C型小惑星は、小惑星帯の外側に多く分布し、有機物や水を含む天体と考えられている。また、地球へ飛来する炭素質隕石の母天体と考えられている。[参照元へ戻る]
ONC-T
「はやぶさ2」探査機に搭載されている光学航法カメラ。7種類の波長(波長ul: 0.40 µm, b: 0.48 µm, v: 0.55 µm, Na: 0.59 µm, w: 0.70 µm, x: 0.86 µm, p: 0.95 µm)でターゲットの画像を撮像することができる。 [参照元へ戻る]
NIRS3
「はやぶさ2」探査機に搭載されている近赤外分光計。波長1.8 µmから3.2 µmの反射率を測定することができる。[参照元へ戻る]
S型小惑星
可視~近赤外の波長で見て明るい、岩石質の小惑星で、小惑星帯の内側に多く分布している。普通コンドライトと呼ばれるタイプの隕石の母天体である。[参照元へ戻る]
小惑星イトカワ
地球に近い軌道を持つ近地球型S型小惑星。探査機「はやぶさ」はイトカワのサンプルリターン探査を行い、2010年に地球へ帰還した。「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワ微粒子の分析から、イトカワは普通コンドライトのうちLLコンドライトと呼ばれるタイプに当てはまることが明らかにされた。[参照元へ戻る]
小惑星探査機OSIRIS-REx
小惑星サンプルリターンを行うNASAの小惑星探査機。有機物や水を含む始原的な小惑星であるB型小惑星Bennuの探査および試料採取を行い、2023年にサンプルが帰還した。[参照元へ戻る]
 

引用文献

Amano K. et al. (2023) Re-assigning CI chondrite parent bodies based on reflectance spectroscopy of samples from carbonaceous asteroid Ryugu and meteorites. Science Advances, Under revision.
Pilorget C. et al. (2022) First compositional analysis of Ryugu samples by the MicrOmega hyperspectral microscope. Nature Astronomy 6, 221–225. DOI: 10.1038/s41550-021-01549-z
Nakamura T. et al. (2022) Formation and evolution of carbonaceous asteroid Ryugu: Direct evidence from returned samples. Science 379. DOI: 10.1126/science.abn8671
Yada T. et al. (2022) Preliminary analysis of the Hayabusa2 samples returned from C-type asteroid Ryugu. Nature Astronomy 6, 214–220.DOI: 10.1038/s41550-021-01550-6



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