- 社会的な孤立によりアリに高い酸化ストレス応答があることを発見
- 抗酸化剤の投与で孤立環境の行動異常と寿命短縮を緩和させることに成功
- 社会的孤立ストレスに対する生理応答メカニズムの一端を解明
社会性昆虫のアリを使い、孤立環境による寿命短縮の仕組みの一端を解明
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門 生物システム研究グループ 古藤日子 主任研究員、油谷幸代 研究部門付らと、ミツビシタナベファーマアメリカ 田村誠ディレクター、ローザンヌ大学 生物・医学部 生態進化学科 Laurent Keller 教授らは、社会性昆虫であるアリを用い、社会的な孤立環境が行動異常や個体の寿命短縮を引き起こす仕組みの一端を明らかにしました。
私たちヒトを含む多くの生き物は社会構造をもつ集団で生活をしています。家族や友人との社会的な関わりが私たちの行動や生理状態を左右することは私たちが日常生活で経験している一方で、その実態や仕組みの解明は不明な点が多く残されてきました。その理由としては、社会性をもつ生物種は限られ、また、社会性生物の多くは個体寿命が長く、その評価や介入実験が困難であるためです。
そこで本研究では、複雑な社会構造をもって生活し、個体寿命も約1年と比較的短い社会性昆虫のアリを研究モデルとし、社会的な孤立環境は高い酸化ストレス応答を引き起こすことを明らかにしました。また、孤立環境下における酸化ストレスを薬剤投与によって緩和させることで、孤立環境にあるアリの行動異常や寿命短縮を緩和させることに成功しました。今後、他の生物種における社会的孤立ストレス応答の理解や、社会環境と健康に関わる問題の緩和や解決のための研究基盤となる重要な成果です。
なお、本研究成果は、2023年9月27日(日本時間)に「Nature Communications」に掲載されます。
生物の健康と寿命は周囲の個体とのコミュニケーションをはじめとする社会的環境から大きな影響を受けています。特に、ヒトやげっ歯類を対象とした研究から、社会的孤立は病気の進行を加速し、寿命短縮のリスクファクターの一つであることが明らかとなっています。ヒトの社会的孤立環境での寿命短縮は、食生活の乱れや通院習慣がおろそかとなり病気の発見が遅れるなど、さまざまな外的要因が考えられることから、「社会環境による」と単純化することは難しい現象です。一方でアリを含む他の社会性生物においても社会的孤立は個体の寿命を短縮することが報告されており、昆虫からヒトまで広く共通して観察される生命現象である可能性を示唆しています。しかし、社会的な孤立環境がどのように生き物の健康や寿命に影響を及ぼすのか、その実態は不明な点が数多く残されてきました。
産総研は、生物の社会性と健康、寿命の関わりを明らかにするために、複雑な社会性を備えるアリをモデルとして本研究に取り組みました。アリは研究室で簡易、安価に飼育できる昆虫です。特に労働アリは寿命が約1年と短く一生涯を短期間に追跡することができることから、寿命の制御や老化を研究するための優れたモデルです。古藤らは、孤立環境にある労働アリの行動や消化の異常を伴う個体寿命の短縮を報告しました(Koto et al., 2015)。これを起点として、これまでに産総研では労働アリの乾燥環境耐性の仕組み解明(2019/3/6産総研プレス発表)や、社会性と腸内細菌叢の関わり(Koto et al., 2020)を明らかにしてきました。本研究では、これまでの研究蓄積に基づき、社会的孤立が個体寿命を短縮させる仕組みの解明に取り組みました。
なお、本研究開発は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」(AMED-Prime、2018~2021年度)による支援を受け実施しました。
アリは生殖機能を有する女王アリや雄アリと、生殖機能をもたない労働アリから構成される社会集団(コロニー)で生活します。また、アリは他の生物とも共通するさまざまな社会的な行動やストレス応答を示し、孤立環境では労働アリの寿命が短縮することが知られています(参考:2023/9/6 産総研マガジン「一人ぼっちになったアリはどうなる?アリの社会性研究」)。本研究ではオオアリ(Camponotus fellah)において個体識別バーコードを用いた行動解析システムを使用し、1匹で飼育した労働アリ(孤立アリ)と10匹を同じ箱で飼育する労働アリ(グループアリ)の行動量を比較したところ(図1A)、孤立環境への隔離を開始した1日目から、孤立アリは壁際に長時間滞在し、身を隠すための巣の中で過ごす時間が短くなるという行動変化を示しました(図1B)。また、孤立アリはグループアリに比較して長い距離を、より速いスピードで移動することが明らかとなりました(図1C、D)。
図1 孤立環境における労働アリの行動変化
(A)行動解析時の飼育箱の様子。1匹(孤立環境)、または10匹(グループ環境)のアリを巣(青)、水(赤)、餌(黄)がセットされた小さい箱に入れて観察する。巣内滞在時間に対し壁際領域(緑)に滞在する時間を算出。
(B)グループアリ(濃グレー)と孤立アリ(淡グレー)が巣内と壁際に滞在した時間。
(C,D)グループアリと孤立アリの移動速度と移動距離の比較。
p値(*)は統計的な有意差の大きさを示す(*p<0.05、***p<0.001)。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
二次元バーコードを使ったアリの行動解析
そこで、労働アリを孤立環境、またはグループの環境においてから24時間の行動を観測した後、それぞれの労働アリの全身からRNAを抽出し次世代シーケンサーによる網羅的な遺伝子発現解析を実施しました。その結果、孤立アリで発現が上昇する407個の遺伝子と、発現が低下する487個の遺伝子を同定しました(図2A)。発現量が変化した遺伝子がどのような機能をもつのかを調べるために、これら894個の遺伝子のリストを用いて遺伝子オントロジーエンリッチメント解析(GOエンリッチメント解析)を行いました。その結果、孤立アリではグループアリに対して酸化還元酵素活性をもち、酸化ストレス応答に関わる遺伝子群の発現が最も有意に変化していました(図2B)。また、孤立アリの壁際滞在時間の延長と巣内滞在時間の短縮という特徴的な行動パターンに着目し、壁際滞在時間と巣内滞在時間の比を算出し遺伝子発現変化との相関関係を網羅的に解析した結果、孤立アリの中でも壁際滞在時間が長い個体ほど、酸化ストレス応答に関わる遺伝子群の発現変化が大きいという高い相関関係が明らかになりました。その一つとして、活性酸素種を産生する酵素として知られているDual Oxidase(Duox)の発現量は、グループアリに比較して孤立アリで有意に高く(図2C)、また壁際に長く滞在する個体ほど、Duoxの発現量が高い相関関係が明らかとなりました(図2D)。
図2 孤立アリにおける遺伝子発現の変化
(A) グループアリと孤立アリで発現変動量が大きい60個の遺伝子の相対発現量(Z-score)をヒートマップで示した。
(B)GOエンリッチメント解析で高い発現変化を示した遺伝子カテゴリー。q値は多重性補正を行った統計的な有意差の大きさを示し、-log10(q値)が大きいほど有意差は大きい。
(C)グループアリと孤立アリにおけるDuox発現量。
(D)Duox発現量と行動変化の相関関係を示した。白丸がグループアリ、黒丸が孤立アリを示す。p値(*)は統計的な有意差の大きさを示す(***p<0.001)。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
孤立アリでは、哺乳動物の肝臓や脂肪組織に匹敵する脂肪体とエノサイト細胞において活性酸素種が多く産生され高い酸化ストレスが検出される一方、脳を含む頭部や、消化組織では活性酸素種の産生量に変化はありませんでした(図3A)。また、脂肪体とエノサイト細胞では活性酸素種の産生に加えて(図3B左)、酸化ストレス応答の指標とされる脂質過酸化物(図3B中央)や、ネクローシスと呼ばれる細胞死(図3B右)が増加していました。
図3 孤立アリの脂肪体とエノサイト細胞における酸化ストレスの上昇
(A)グループアリと孤立アリの各組織における過酸化水素産生量。
(B)脂肪体とエノサイト細胞における活性酸素種(左)、脂質過酸化物(中央)、ネクローシス(右)の組織染色像をマゼンタにて、細胞核を緑にて示した。矢印は脂肪体、矢頭はエノサイト細胞の核を示す。p値(*)は統計的な有意差の大きさを示す(***p<0.001、ns統計的有意差なし)。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
また、脂肪体とエノサイト細胞における活性酸素種の産生量は、孤立アリの壁際滞在時間と有意な相関関係をもつ一方で、移動距離や移動速度とは相関関係を示しませんでした(図4)。また、グループアリでは活性酸素種の産生量はいずれの行動指標とも相関関係を示しませんでした(図4)。以上の結果は、孤立アリにおける活性酸素種の産生は、孤立環境における行動量増加による結果ではなく、孤立アリの中でも壁際滞在時間が長い行動パターンの変化を示す個体ほど、脂肪体とエノサイト細胞における高い酸化ストレス応答が起こっていることを示しています。
図4 孤立アリの行動変化と酸化ストレスの相関
グループアリ、孤立アリの脂肪体とエノサイト細胞における活性酸素産生量(蛍光シグナル強度)と壁際滞在時間比(左)、移動速度(中央)、移動距離(右)の相関。有意な相関を示した孤立アリにおける活性酸素種と壁際滞在時間比を赤で示した。p値(*)は統計的な有意差の大きさを示す(*p<0.05)。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
昆虫において酸化ストレスを緩和することが知られている薬剤(抗酸化剤)の一つとしてメラトニンを孤立アリに投与したところ、個体の寿命短縮が緩和されることを確認しました(図5A左)。一方で、メラトニンを投与したグループアリの寿命は変化しませんでした(図5右)。また、その他の抗酸化剤を使用した際にも、孤立アリの寿命短縮を緩和させ、グループアリの寿命には影響をもたないという、メラトニンと同様の効果を確認しました。孤立アリにおける酸化ストレスに対するメラトニン投与の効果を評価したところ、孤立アリの脂肪体やエノサイト細胞における活性酸素種の産生量は低下することが確認されました(図5B)。さらに孤立アリの壁際に長く滞在するという特徴的な行動パターンについても効果を検証したところ、メラトニンを投与した孤立アリの壁際滞在時間は投与なしの孤立アリに比較して低下し、また、投与なしのグループアリと同程度にまで回復することを確認しました(図5C)。
図5 抗酸化剤投与による孤立アリの寿命、酸化ストレスと行動変化
(A)メラトニン投与による孤立アリ(左)とグループアリ(右)の寿命変化。括弧内はサンプル数とp値を示す(*p<0.05、**p<0.01、ns統計的有意差なし)。
(B)メラトニン投与による孤立アリの各組織における酸化ストレスの変化。p値(*)は統計的な有意差の大きさを示す(***p<0.001)。
(C)メラトニン投与による孤立アリとグループアリの行動変化。行動量に統計的有意差がみられた実験群を異なるアルファベットで示した。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回、孤立アリにおいて、脂肪体やエノサイト細胞における酸化ストレスが社会的孤立環境における労働アリの寿命短縮や行動変化の一因であることが明らかとなりました。これまでにショウジョウバエやげっ歯類において酸化ストレスは加齢や疾患、また睡眠不足などの行動様式の変化と関わることが報告されています。しかし、高度な社会性をもつアリにおいて、孤立環境で酸化ストレスが脂肪体やエノサイト細胞といった組織に検出されること、酸化ストレスを和らげることで孤立したアリの行動の異常や寿命の短縮を緩和させることを実証した初めての研究成果です。また、酸化ストレスの増加は孤立環境にあるげっ歯類でも観察されており、酸化ストレスは異なる生物種でも孤立環境にある行動や寿命の変化を引き起こす原因である可能性が示唆されます。本研究の成果は、種を超えた社会的孤立ストレス応答の仕組みを理解する上で重要な発見です。
今後は脂肪体やエノサイト細胞における酸化ストレス応答と行動変化の関係性の解明に取り組みます。生物種を超えた孤立環境ストレスを引き起こす仕組みの解明は、私たちヒトを含む他の生物においても社会環境ストレスの緩和や寿命の延伸につながることが期待されます。
掲載誌:Nature communications
論文タイトル:Social isolation shortens lifespan through oxidative stress in ants
著者:Akiko Koto, Makoto Tamura, Wong Pui Shan, Sachiyo Aburatani, Eyal Privman, Céline Stoffel, Alessandro Crespi, Sean Keane McKenzie, Christine La Mendola, Tomas Kay, Laurent Keller
DOI:10.1038/s41467-023-41140-w