国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)極限機能材料研究部門 板坂 浩樹 研究員、劉 崢 上級主任研究員、三村 憲一 主任研究員、濱本 孝一 研究グループ長は、誘電体材料であるチタン酸バリウム(BTO)の立方体単結晶(ナノキューブ)単層膜と多層グラフェン膜の交互積層プロセス技術を開発しました。
本研究で開発した技術では、約20 nmサイズのBTOナノキューブを二次元的に規則配列させた単層膜と、2~3 nmの厚さの多層グラフェンを交互に重ね合わせた極めて薄い積層構造を作製することが可能であり、積層セラミックコンデンサー(MLCC)内部の誘電層と電極層の交互積層構造の飛躍的な薄層化を実現するための基盤技術として期待できます。
なお、この技術の詳細は、2023年9月1日(日本時間)に「Applied Physics Letters」に掲載されます。
近年スマートフォンやタブレットなどの小型電子機器の高性能化が急速に進む中、それらの機器に内蔵される電子部品のさらなる小型化が求められています。MLCCはその中でも重要な電子部品の一つであり、現在ではスマートフォン1台あたり約1000個ものMLCCが使用されています。MLCCの内部は、誘電層と電極層が交互に積層した構造となっており、小型化と性能の向上のためにはそれぞれの層を薄くして積層数を増やすことが重要な開発課題となっています。産業界や学術界ではMLCCの小型化と性能向上のため、さまざまな誘電層と電極層の材料の組み合わせで薄層化と積層化の研究が進められています。現在のBTOを誘電層とするMLCCは、誘電層の原料となるBTO粉末と電極層の原料となる金属粉末を交互に積層し、1000 ℃を超える高温で焼き固めるというプロセスで積層構造を形成しています。しかし、誘電層と電極層が既に1 µmを切る厚みに到達し、原料粉末粒子のサイズ(数百nm)に近づいていることや、薄層化による誘電層の絶縁性の低下などの問題もあり、現行の原料粉末および積層プロセスによるさらなる薄層化は限界に近づきつつあります。そのため、原料となるBTO粉末の微細化を進めるとともに、MLCCの信頼性を保ちつつ、誘電層と電極層をナノスケールの厚みに薄層化する新規積層プロセス技術の開発が課題となっていました。
産総研は、MLCCの誘電体層の主要な原料であるBTOの微小粉末の合成技術と、合成した粉末を薄膜化する成膜技術の開発に関する研究に取り組んできました。これまでに、水熱法によりBTOのナノサイズの立方体単結晶(ナノキューブ)の合成に成功しているとともに(参考文献1)、分散液の溶媒の蒸発に伴う自己組織化を利用することでBTOナノキューブを二次元的に規則配列させた厚み約20 nmの単層膜を作製する成膜技術を開発しました(参考文献2)。BTOナノキューブは一般的なBTOナノ粒子に比べて結晶性が高く、1000 ℃未満の比較的低い処理温度でも優れた誘電性を示すことが期待できる材料です。また、従来のBTO粉末を用いて緻密な膜を作製するためには高温での熱処理を必要としていましたが、サイズと形状の均一なBTOナノキューブを規則的に配列させることで、熱処理をすることなく緻密な膜が得られることもわかっています。今回は、これらの技術により得られるBTOナノキューブ単層膜をMLCC内部の誘電層として応用することを目指し、電極層との交互積層化技術を開発しました。
なお、本研究開発は、日本学術振興会(JSPS)科研費 JP20H02446(2020~2022年度)および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の受託事業JPNP20005(2021~2023年度)による支援を受けています。
今回の技術では、二次元炭素材料であるグラフェンの優れた導電性に着目し、電極としてBTOナノキューブ単層膜と組み合わせることで、極めて薄い電極層と誘電層の交互積層構造を作製する方法を考案しました。上述の成膜技術により作製したBTOナノキューブ単層膜を下部電極基板に転写し、その上にシート状の多層グラフェンを転写する工程を交互に繰り返すことで、MLCC内部の積層構造のようにグラフェン/BTOナノキューブ単層膜を交互積層した構造を作製することができます。図1に作製した積層構造の断面を走査型透過電子顕微鏡で観察した写真を示します。
図1 本研究で作製したグラフェン/BTOナノキューブ単層膜交互積層構造の断面観察写真
図1より、約20 nmの均一な厚みのBTOナノキューブ誘電層が形成され、その上に厚み2~3 nmの多層グラフェンが積層されているのがわかります。これを繰り返すことで、BTOナノキューブの単層膜と多層グラフェンが交互積層した構造を作成することに成功しました。今回作製した交互積層構造では、従来のBTOを誘電層とするMLCC内部の積層構造(誘電層、電極層ともに最小で数百nm程度)に比べて、誘電層と電極層の厚みをそれぞれ10分の1以下、100分の1以下にまで薄層化できました。誘電層と電極層の薄層化はMLCCの小型化と性能向上に不可欠ですが、同時に、薄層化によって生じるふぞろいなBTO粒子間の隙間に、電極材料である金属が侵入することでリーク電流が発生し、コンデンサーの信頼性が低下するという問題が発生します。これまでに、従来の金属電極の代わりに、今回の交互積層構造でも使用した厚み約2~3 nmの多層グラフェンを電極層として用いることで、BTO粒子間の隙間への電極材料の侵入によって引き起こされるリーク電流が低減されることがわかっています。このリーク電流の低減効果と併せ、今回開発した技術は、MLCC内部の積層構造の薄層化技術におけるブレークスルーとなることが期待できます。
今後は、作製した積層構造のコンデンサー性能向上に向けた熱処理などのプロセスの最適化を行うとともに、量産化が可能なプロセスの開発に取り組むことにより、MLCCの飛躍的な小型化や大容量化につながる次世代プロセス技術の実現を目指します。
掲載誌:Applied Physics Letters
論文タイトル:Ultra-thin barium titanate nanocrystal monolayer capacitor with graphene electrode
著者:Hiroki Itasaka*, Zheng Liu, Ken-ichi Mimura, and Koichi Hamamoto
*Corresponding author
DOI:10.1063/5.0156549
1. F. Dang, K. Mimura, K. Kato, H. Imai, S. Wada, H. Haneda, and M. Kuwabara, Nanoscale, 4 1344 (2012).
2. H. Itasaka, K. Mimura, and K. Kato, Nanomaterials, 8, 739, (2018).