- 東伊豆地域は地下のマグマ活動などによって3,000年前ころから隆起している
- 特に過去1,500年間で400〜800年おきに約1 mずつ3回隆起した
- 相模湾から伊豆半島東部一帯で地震や火山の活動が相関して活発化している可能性を指摘した
静岡県伊東市周辺でみられる隆起痕跡
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 連携推進室 国内連携グループ 宍倉 正展 グループ長、活断層・火山研究部門 海溝型地震履歴研究グループ 行谷 佑一 主任研究員と、伊東市教育委員会 金子 浩之 主任学芸員、静岡大学 防災総合センター 小山 真人 教授は、静岡県伊東市周辺の海岸で発見した隆起痕跡から、東伊豆地域が地下のマグマの活動などによって400〜800年おきに隆起していることを解明しました。
静岡県伊東市周辺の海岸で調査したところ、通常は海面付近の岩礁に固着するフジツボ類やカンザシゴカイ類などの生物が、高い位置に干上がっている様子を発見しました。それらは標高3.5 mまでの間で少なくとも三つのゾーンに分布しており、7世紀ころに約1.1 m、15〜16世紀ころに約1.3 m、19世紀以降に約0.8 m、それぞれ地盤が隆起したことがわかりました。一部ではさらに高く標高4.2 mに3,000年前ころの隆起痕跡も見つかっています。このことから少なくとも3,000年前ころから地盤が隆起を開始し、最近1,500年間では400〜800年おきに1 m余りずつ隆起していると考えられます。本地域は東伊豆単成火山群(伊豆東部火山群)と呼ばれる小さい火山の集合体で、1930年や1970〜1990年代を中心に群発地震を伴うマグマの活動によって地盤が徐々に隆起したことがわかっています。一番新しい隆起痕跡はこのときに残されたものであることがわかり、それより古い過去の隆起痕跡についても同様に地下のマグマ活動を反映している可能性があります。それぞれの隆起時期は、相模トラフ沿いのプレート間巨大地震(1923年大正関東地震など)の発生時期や活断層(1930年北伊豆地震を起こした北伊豆断層帯)の活動時期などとも近接することから、伊豆半島東部から相模湾一帯で火山や地震の活動が相関して活発化している可能性を示しています。本研究の発見は東伊豆地域や首都圏南西部の地震・火山防災を考えるうえで重要な情報となります。
なお、研究の詳細は2023年8月30日にTectonophysics誌に掲載されます。
伊豆半島東部(東伊豆地域)は、噴火のたびに火口の位置を変える小さな火山の集合体となっており、東伊豆単成火山群と呼ばれます(Koyama and Umino, 1991)。最近100年間でみると、1930年や1970〜1990年代を中心にマグマ活動を反映した群発地震が起こり、周辺では地盤の隆起も観測されました(国土地理院、2016)。さらに1989年には伊東沖の手石(ていし)海丘で小規模な海底噴火が起こるなど、地下では活発なマグマの活動がうかがえます。このような最近の事象は器械観測により把握することができますが、過去の事象については歴史記録や地形・地質学的な手法で探るしかありません。
例えば過去の火山活動を探るため、通常は溶岩や火山灰などの火山噴出物を地質学的に調べます。しかし東伊豆単成火山群では約2,700年前の岩ノ山-伊雄山(いおやま)火山列の噴火以降、顕著な噴火は発生していない(早川・小山、1992)ため、その手法を適用することは難しい状況でした。また周辺では大正関東地震や1930年北伊豆地震など大きな被害をもたらす地震も起きており、地震活動と火山活動との相互作用を解明することも課題の一つです。
伊豆半島はその付け根に当たる場所に主な鉄道や幹線道路が通るとともに、保養地として多くの人が訪れる地域のため、地震や火山の活動は社会的に大きな影響をもたらします。特に大正関東地震からちょうど100年を迎え、今後、首都直下の地震活動の活発化も懸念される中で、首都圏南西部に近い本地域の地震やマグマの活動履歴の解明は、将来の地震・火山防災対策に向けて重要です。
産総研では、地震や火山の現象を地形・地質学的に解明する研究を行っています。特に相模湾周辺では、大正関東地震など巨大地震のたびに海岸の隆起を伴うことから、海岸地形やそこに固着する生物の隆起痕跡を用いて地震の履歴を復元してきました(Shishikura, 2014など)。また東伊豆単成火山群の噴火史の研究は静岡大学を中心に行われ(Koyama and Umino, 1991など)、伊東市教育委員会では東伊豆地域の歴史学、考古学的な調査を進めてきました(金子、2012など)。東伊豆地域は一部を除き大正関東地震では隆起していませんが、最近の群発地震を伴うマグマの活動で隆起しています。もし過去にも同様の現象があれば、海岸に隆起痕跡として記録され、そこからマグマの活動履歴の解明が期待できます。そこで私たちは、2009年から静岡県伊東市の海岸沿いに残された隆起痕跡に着目して調査を行ってきました。これまでに、この痕跡が東伊豆地域の地震および火山活動を解明するうえで重要な情報を持つことがわかりました(宍倉ほか、2012)。今回、この隆起痕跡について、より高精度な分析を行い、考察を深めて過去のマグマ活動履歴を解明し、論文公表にいたりました。各著者の主な役割分担としては次の通りとなります。まず伊東市教育委員会が隆起痕跡の位置を特定し、現地での高度測定、試料の年代測定と地殻変動の解析を産総研が行い、静岡大学が火山活動との関係を考察しました。
これまでに、本研究に関わる一連の調査において静岡県伊東市の海岸で、隆起した海岸線の痕跡が複数の高度に分布している様子を複数の地点で発見してきました(図1、図2)。隆起した海岸線とは、海食洞などの波打ち際に形成される地形と、その表面に固着するフジツボ類やカンザシゴカイ類といった海面付近で生息する石灰質の生物群集が、通常より高い位置に干上がった状態になったものです。調査地域では少なくとも三つの高さで隆起痕跡(高い方からゾーン1、ゾーン2、ゾーン3と呼ぶ)が確認されます。今回行った高精度の各ゾーンの高度測定や、固着生物の化石に含まれる放射性炭素同位体を用いた年代測定結果からみて、西暦595~715年に1.05 m、西暦1356~1666年に1.33 m、西暦1830年以降に0.82 mの地盤の隆起(正確には海水準自体の変動も含む)が生じたことがわかりました(図3)。つまり過去約1,500年間に400〜800年おきに断続的に隆起したことを示します。さらに一部の地点ではゾーン1よりもさらに高く、標高4.25 mに3,000年前ころの隆起痕跡も見つかっており、本地域が3,000年前ころから隆起を開始したこともわかりました。
図1 調査地域の位置
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。右の図は地理院タイル(写真)を加工して作成しました。
図2 静岡県伊東市の海岸で発見した隆起痕跡(左は図1のLoc. 2、右はLoc.4)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
このような生物の隆起痕跡は、本地域周辺の房総半島や三浦半島の沿岸でも観察されていますが、いずれも大正関東地震をはじめとする相模トラフ沿いの巨大地震に伴う隆起を示すことがわかっています(Shishikura, 2014など)。しかし本地域は、大正関東地震の際には地盤の変動はほとんどありませんでした(陸地測量部、1926)。一方、大正関東地震後の1930年に群発地震の記録があり、このとき地盤が0.3 m程度隆起したことがわかっています(Tsuboi, 1933)。さらに1974~1998年にも群発地震がたびたび発生し、この間にゆっくりと0.4〜0.6 mも隆起したことが観測されています(国土地理院、2016)。つまりゾーン3はこれらの隆起で干上がったものと考えられます。本地域の群発地震活動は、地下でマグマが活動したことを反映しており、1989年には伊東沖の手石海丘で小規模な噴火も発生しました。
ゾーン1やゾーン2についてもゾーン3と同様に地下のマグマの活動を反映した隆起を示している可能性が高いと考えられます。特にゾーン2は年代データに基づいて上層部と下層部に分けることができ、地震時に全体が一気に隆起したのではなく、100年から200年の間に段階的なプロセスを経て干上がったと推定できます。これはゾーン3が1930年代と1970〜1990年代の二つの時期に段階的に隆起したことと似ています。一方、ゾーン1は今のところそのような証拠はなく、全体が一気に隆起して干上がった可能性があります。過去の隆起現象については群発地震や火山噴火を裏付ける歴史的証拠がないことから、マグマの活動だけでなく周辺海域の海底活断層の活動や海水準自体の低下によって相対的に地盤が上がった可能性についても考慮する必要があります。
一部の場所ではゾーン1のさらに上の標高4.2 m付近まで、ゾーン0と呼ぶ隆起痕跡も見つかりました。この年代は約3,000年前で、それより高い位置には隆起痕跡はありません。3,100年前ころには東伊豆単成火山群で最大の噴火であるカワゴ平火山(場所は図1参照)の噴火が起きており(Tani et al., 2013など)、ゾーン0の隆起の時期とおおよそ一致します。伊豆半島では南部の静岡県下田市周辺の海岸でも3,000年前ころ以降の隆起痕跡が報告されており(Kitamura et al., 2014など)、調査地域周辺の沖積低地も3,000〜4,000年前から隆起したことを示しています(田口、1993など)。これらのことから、カワゴ平火山が噴火した3,100年前ころから伊豆半島全体が隆起を開始したと考えられます。
また、ゾーン1〜3のそれぞれの隆起が起きた時期は、相模トラフ沿いのプレート間巨大地震の発生時期や、本地域の西側にある北伊豆断層帯の活動時期ともおおよそ一致しています。このことから本研究に関わる一連の調査において発見した隆起痕跡は、相模湾西部から伊豆半島東部における地震、火山活動が相互に関連して活発化するサイクルを示している可能性があります。
図3 隆起痕跡の高度、年代と周辺の火山活動、地震活動との関係
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。点線は信頼性の低い事象を示します。
今後はより広域で同様の隆起痕跡を見つけ、地盤の隆起の分布を明らかにすることで、メカニズムの解明を目指します。また年代測定データを充実させることで、過去の隆起の時期をより精度良く決めることができれば、周辺の地震活動や断層活動との関係が明確になり、相模湾西部から伊豆半島東部における地震、火山活動の相互関係の解明が期待できます。
掲載誌:Tectonophysics
論文タイトル:Late Holocene tectonics inferred from emerged shoreline features in Higashi-Izu monogenetic volcano field, Central Japan
著者:Masanobu Shishikura, Yuichi Namegaya, Hiroyuki Kaneko, Masato Koyama
DOI:10.1016/j.tecto.2023.229985