人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)と共同実施先である東京大学、産業技術総合研究所、宮崎大学、信州大学は、太陽光を利用して水を高い効率で分解して酸素を生成できる赤色透明な光電極※1の開発に成功しました。ナノロッド※2状の構造を持つ窒化タンタル光電極を用いることで、世界トップレベルの太陽光-水素変換効率(STH)※310%を達成しました。
この成果は、光電極がナノロッド状であることに加え、赤色透明であることを活かして、タンデム型セル※4を構築して得られました。ナノロッド状の窒化タンタルの表面に鉄-ニッケル-コバルト系複合酸化物からなる助触媒※5を均一に修飾することで、反応開始から7時間にわたって太陽光-水素変換効率を10%に維持させることができました。
過渡吸収分光測定※6とこの測定データから導出した物性データを用いて、ナノロッドの形状での光学特性やキャリア輸送を考慮した光学および半導体デバイスシミュレーションを行いました。その結果、ナノロッド状の窒化タンタルが光吸収によって生じた光励起キャリア※7を高効率に捕集して水分解を駆動できることを明らかにしました。
今後は、本研究で得られた科学的知見を基に、より安価に水素製造が可能となる粉末型光触媒シートの太陽光-水素変換効率の向上および光触媒を用いた水素製造技術の社会実装を目指します。
開発した赤色透明なナノロッド(NR)状の窒化タンタル(Ta3N5-NR)からなる水分解用の光電極。
(a)と(b)はそれぞれ光電極全体とその断面の写真。
光触媒を用いることで、太陽光エネルギーで水の分解を行い、水素と酸素を生成することが可能となります。本手法で製造される水素は、再生可能エネルギーである太陽光を利用した「グリーン水素」であり、次世代クリーンエネルギーとして期待されています。安価なグリーン水素製造のためには、光触媒の太陽光−水素変換効率(STH)の向上が課題になります。従来、水分解光触媒でSTH10%を超えるのは困難と考えられていました。
人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)と共同実施先である東京大学、産業技術総合研究所、宮崎大学、信州大学は、太陽光によって水を分解する窒化タンタル光触媒を用いて、世界トップレベルのSTH10%を達成しました。これは、窒化タンタルをナノロッド状に成膜して作製した赤色透明な酸素生成用の光電極と水素生成用のPt/Ni電極触媒を備えた二直列CuInSe2太陽電池とを組み合わせた2段型の水分解用タンデム型セルによって得られました。今回、グリーン水素製造技術として、太陽光-化学エネルギー変換過程における人工光合成の有用性を実証しました。
今後は、本研究で得られた科学的知見を基にして、より安価に水素製造が可能となる粉末型光触媒シートの太陽光エネルギー変換効率の向上および光触媒を用いた水素製造技術の社会実装を目指します。
なお、今回の研究成果は、2023年8月15日(火)(米国東部標準時)に「Advanced Energy Materials」のオンライン速報版で公開されました。詳細については、以下のWebサイトをご参照ください。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/aenm.202301327
窒化タンタル光触媒は、波長600 nm(可視光)よりも短い波長の光を吸収し、水を水素と酸素に分解できる材料として知られています。粉末の窒化タンタル光触媒を用いた光触媒的水分解に関する研究開発は、これまでに国内外で精力的に進められてきました。また、粉末の光触媒のみならず、窒化タンタル光触媒を用いた光電極の開発も盛んに進められてきました。
2019年度、われわれは窒化タンタル光触媒を用いた赤色透明な酸素生成用光電極を開発しました。波長1100 nmまでの光を吸収可能なCuInSe2太陽電池に水素生成用のPt/Ni電極触媒を接続し、酸素生成用光電極と組み合わせ、水分解用タンデム型セルを構築してSTH5.5%を達成しました。しかし、酸素生成用の窒化タンタル光電極が出力する光電流は、理論的に導かれる最大値の50%程度であったことと水の分解反応中に短時間で光電流値が半減するため、酸素生成用光電極としての電極性能向上と長寿命化が課題とされました。そこで、(1)光の吸収によって生成した光励起キャリアを窒化タンタル表面の助触媒(反応サイト)まで高効率に輸送可能な光電極構造、(2)窒化タンタル表面を助触媒で均一に保護する表面修飾法の開発が求められていました。
(1)については、赤色透明な酸素生成用の窒化タンタル光電極の高性能化を目的とし、光励起キャリアの効果的な輸送を可能にするナノロッド状の光電極を開発しました。窒化タンタルの作製には、前駆体材料(主にタンタル酸化物)をアンモニア雰囲気下の高温で熱処理を行う窒化反応を用います。水分解用タンデム型セルの1段目に窒化タンタル光電極、2段目に二直列CuInSe2太陽電池(1100 nmまでの光を吸収可能)を用いるためには、窒化タンタル光電極には波長600 nmより長波長側で高い光透過率が求められます。そのため、高温での窒化反応後でも、光学特性が変化しない高耐久な透明導電基板の利用が必須です。
本研究では、窒化反応後でも低抵抗で無色透明な窒化ガリウム(n型)被覆サファイア(GaN/Al2O3)をナノロッド状窒化タンタル光電極の透明導電基板に採用しました。このGaN/Al2O3基板上に従来の窒化タンタルの平坦膜を成膜したのち、斜入射スパッタリング法(Glancing-Angle-Deposition: GLAD法)※8を用いてTa3N5平坦膜の上にナノロッド状の窒化タンタルを成膜しました。GLAD法での成膜条件およびアンモニアガス雰囲気下での窒化反応条件を検討することで、高い光透過率と高い酸素生成活性を両立する赤色透明なナノロッド状窒化タンタル光電極の開発に成功しました。この赤色透明なナノロッド状の窒化タンタル光電極の表面に、鉄-ニッケル-コバルト系複合酸化物(FeNiCoOx)からなる酸素生成用の助触媒を修飾して支持電解質※9水溶液に浸漬し、外部電源から電位を印加した状態で疑似太陽光※10を照射すると、光電極上で水の酸化反応が起こり、酸素が生成されます。水の電気分解反応では、水素を生成する電極と酸素を生成する電極の間に1.23 Vの電圧をかける必要がありますが、光のエネルギーを利用することで、この1.23 Vより小さな電圧で、酸素を生成することができます。
図1は酸素生成用のナノロッド状窒化タンタル光電極の光電気化学特性を示しています。この光電極に疑似太陽光を照射することで、0.6 V vs. RHE※11よりも正側の電極電位から水の酸化による酸素生成反応が起こることが確認されました(図1a)。また、酸素生成反応の標準酸化還元電位である1.23 V vs. RHEでは、10.8 mA cm-2の光電流が発生しました。この光電流値は、窒化タンタル光触媒が疑似太陽光の照射下にあると仮定して理論的に導かれる最大値の約90%でした。
(2)では、窒化タンタル光電極の酸素生成反応の長寿命化を実現するために、窒化タンタルの光自己酸化※12による表面絶縁膜形成と助触媒の劣化にともなう反応効率の経時的な低下を抑制する必要があります。また、水分解用タンデム型セルの1段目として利用するためには、窒化タンタルの光吸収および背面への光透過を阻害しない助触媒修飾法の確立が課題です。
本研究では、光電着法※13とディップコーティング法※14を組み合わせた表面修飾法を用いることで、鉄-ニッケル-コバルト系複合酸化物(FeNiCoOx)からなる酸素生成用の助触媒をナノロッド状窒化タンタルの表面に均一にコーティングし、表面絶縁膜の形成を阻害することに成功しました。ディップコーティング法により、助触媒の劣化も抑制されました。その結果、ナノロッド状窒化タンタル光電極の酸素生成反応中における耐久性が従来よりも約27倍に向上し、反応開始から3時間以上にわたって劣化することなく酸素を生成することができました。また、透過スペクトル測定の結果から、ナノロッド状窒化タンタル光電極の波長600 nmよりも長波長側の光透過率は、最大で80%であることが分かりました。光電極の表面に担持したFeNiCoOx助触媒の厚みは約8 nmであり、ナノロッド状の窒化タンタルの光吸収と光透過への影響は無視できるほど小さいため、タンデム型セルの1段目への利用に最適な酸素生成用光電極であると言えます。実際に、1.23 V vs. RHEの一定電位における気体の生成量を定量したところ、ほぼ100%のファラデー効率※15で水の分解反応を駆動し、酸素を生成していることが明らかになりました(図1b)。
図1 開発したTa
3N
5-NR透明光電極の光電気化学特性。
(a) 電流-電位曲線。 実線と破線はそれぞれ光照射中と暗中での測定結果。
(b) 1.23 V vs. RHEにおける気体生成量(左矢印)とファラデー効率(矢印なし)の経時変化。酸素と水素は、それぞれTa3N5-NR光電極と白金対極から生成する。
ナノロッド状の窒化タンタル光触媒が高品質であることは、過渡吸収分光法を用いた1ピコ秒から1マイクロ秒にわたる光励起キャリア濃度の時間変化の測定から明らかになりました。図2(a)に代表的な励起光密度での測定結果を示します。ナノロッド状窒化タンタル光電極の光励起キャリア濃度の時間変化は、これまでに報告されている高品質の窒化タンタル光電極の測定結果と同様であることが分かりました。次に、このような光励起キャリア濃度に対して、数値解析(図2(a)青実線)を行い、再結合反応速度定数※16や電子濃度など物性データを決定しました。さらに、得られた物性データを基に、ナノロッドの形状での光学特性やキャリア輸送を考慮した光学および電気特性シミュレーション解析を行い、電流-電位曲線(図2(b)赤実線)を良く再現できることを明らかにしました。その結果、光電極が出力する光電流は、理論的に導かれる最大値の10%が光吸収の際に、16%が電子と正孔の再結合で失われ、残りの74%が水の分解反応に使われていることが分かりました。
FeNiCoOx助触媒による表面修飾を施したナノロッド状窒化タンタル光電極を1段目(前面)に、水素生成用のPt/Ni電極触媒を接続した二直列CuInSe2太陽電池を2段目(背面)に配置したタンデム型セルを作製し、疑似太陽光の照射下で外部電源を用いない水の分解反応を検討しました(図3)。1段目に設置したナノロッド状窒化タンタル光電極は、波長600 nmまでの光を吸収して光励起キャリアを生成し、正孔が窒化タンタル表面のFeNiCoOx助触媒まで移動し、水を酸化して酸素を発生させます。窒化タンタル光電極の背面からの透過光(600 nm〜1100 nm)は、2段目の二直列CuInSe2が受光して光励起キャリアを生成します。このとき、生成された電子は、二直列CuInSe2に接続されたPt/Ni電極触媒上まで移動し、水を還元して水素を発生させます。図4は、タンデム型セルに疑似太陽光を連続照射したときのSTHの経時変化を示しています。STHは、照射直後に12%を示しました。さらに、その後も約7時間にわたって10%以上を維持することができました。
太陽光を用いた水の分解反応による水素と酸素の生成において、このタンデム型セルが示した変換効率と耐久性は、外部電源を用いない、光触媒材料を用いた光電極系としては世界トップレベルの性能です。
図2 (a) 過渡吸収分光測定により得られた光励起キャリアの相対濃度の測定値(赤実線)と数値解析結果(青実線)。 (b) 電流-電位曲線の測定結果(赤実線)とシミュレーション解析結果(黒破線)。
図3 酸素生成用のナノロッド状窒化タンタル光電極と水素生成用Pt/Ni電極を接続した二直列CuInSe2とからなるタンデム型セル(2段型)による外部電源を用いない水の分解反応。
図4 タンデム型セルが生成した光電流値と太陽光-水素変換効率(STH)。このタンデム型セルはFeNiCoOxでの表面修飾を施したナノロッド状窒化タンタル光電極(FeNiCoOx-Ta3N5-NR)とPt/Ni電極触媒を接続した二直列CuInSe2太陽電池(Pt/Ni/dual-CIS)から構成されている。
本研究は、NEDO「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」(2014年度~2021年度)の一環として行われました。本プロジェクトの最終目標の一つは、植物の光合成効率(0.2~0.3%)と同程度であった開始当時の太陽光−水素変換効率を実用化の目安となる10%にまで高めることでした。
本研究において、ナノロッド状の窒化タンタル(Ta3N5-NR)光触媒で水を高効率に分解できる赤色透明な酸素生成光電極を開発しました。これにより、プロジェクトの最終目標である太陽光−水素変換効率10%を達成しました。
本研究で得られた科学的知見を基に、グリーンイノベーション基金事業の一環として、より安価に水素製造が可能となる粉末型光触媒シートを開発し、太陽光エネルギー変換効率の向上および光触媒を用いた水素製造技術の社会実装を目指します。