国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター ケイ素化学チーム 南 安規 主任研究員は、リサイクルが難しいスーパーエンジニアリングプラスチック(以下「スーパーエンプラ」という)を、直接、原料物質に分解する技術を開発しました。ここで生成される原料物質の一つであるビスフェノールSはスーパーエンプラを構成する汎用的な原料であり、合成に再利用することができます。
スーパーエンプラは、耐熱性が高く機械的強度が求められる製品に広く利活用されています。その反面、樹脂を構成している化学結合が強固であるため、
モノマーに分解することは容易ではなく、リサイクル技術が確立されていません。今回開発された技術を使うことで、ガス化(600 ºC以上)や亜臨界水による分解(250 ºC程度、おおむね10~20 MPa)に必要な温度を大きく下回る150 ºCという穏和な温度条件下でスーパーエンプラを分解できます。この分解技術は、安定樹脂材料のリサイクル技術確立への道を拓き、持続可能な社会の実現に寄与すると期待されます。この技術の詳細は、2023年8月17日(日本時間)にアメリカの学術誌「
JACS Au」に掲載されます。
高機能熱可塑性樹脂、いわゆるスーパーエンプラは、耐熱性が高く、耐薬品性や機械的強度などの点で優れた性能をもっています。このスーパーエンプラの中でも、ポリスルホン(PSU)、ポリエーテルスルホン(PESU)、ポリフェニルスルホン(PPSU)などのポリスルホン樹脂は、耐薬品性を生かした医療用品、電気的特性と耐熱性を生かした電子機器部品、耐加水分解性を生かした食品加工分野など、素材の安全性が求められる製品において広く利活用されており、機能性部材としての成長が非常に期待されています。一方で、プラスチックが環境に与える大きな負荷がクローズアップされており、ポリスルホン樹脂などのスーパーエンプラについても環境負荷の少ないリサイクル技術が望まれています。しかし、スーパーエンプラは高い化学的安定性をもつため、分解して原料物質を再生することは困難です。
本研究チームは、スーパーエンプラのケミカルリサイクルを念頭に、化学反応を用いた分解反応の研究を推進しています。これまでに、溶媒に不溶なポリエーテルエーテルケトン(PEEK)およびポリフェニレンスルフィド(PPS)の低分子への解重合反応など、特定のスーパーエンプラのケミカルリサイクルを実証してきました。
今回の研究では、ポリスルホン樹脂が構造中にビスフェノール類、特に、ビスフェノールS型の骨格を有することに注目しました。ビスフェノールSは、PESUの原料としてだけでなく、水酸基を変換することにより、さまざまなポリスルホン樹脂の原料として利用できる分子です。ポリスルホン樹脂を分解し、ビスフェノール類を効率よく得ることができれば、ポリスルホン樹脂のケミカルリサイクルに応用可能だと考えました。そこで、ポリスルホン樹脂からビスフェノール類を効率よく生成するために、PSUやPESU、PPSUの炭素―酸素結合を選択的に切断する新たな解重合反応を開発しました。
なお、本研究開発は、科学技術振興機構(JST)ERATO「野崎樹脂分解触媒プロジェクト(JPMJER2103)」、池谷科学技術振興財団による支援を受けています。
解重合反応の開発に際して、高い塩基性を有しヒドロキシ基を与える求核剤として知られている水酸化アルカリに注目しました。PSUを水酸化アルカリで解重合できれば、ビスフェノールAとビスフェノールSが得られると考えられます。一方で、水酸化アルカリを用いた解重合反応により水が生成し、生成した水によって反応効率が低下すると予測されたため、適切な反応条件を見いだす必要がありました。こうした構想のもと、ペレット状(2 mm程度の大きさ)のPSUを、安定な高沸点溶媒の1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)中、求核剤の水酸化セシウムと脱水剤である水素化カルシウムを適切な比率で混合し150 ℃でかき混ぜることによって、選択的に解重合反応を進行させることに成功しました。これは、通常のプラスチックのガス化温度の600 ℃以上、熱分解温度の400~500 ℃、亜臨界水を用いた分解温度(250 ℃程度)よりもはるかに低い温度です。PSU(図1左)に対して19時間反応後に抽出操作を行うことにより、PSUやポリカーボネートなどさまざまなプラスチックの原料として多く用いられているビスフェノール類分子:ビスフェノールAと、ビスフェノールSとに分離回収できます(図1中央)。さらに、ビスフェノールSの水酸基を変換することによりPSUのもう一つの原料となるモノマーであるビスフェノール類分子:ビス(4-フルオロフェニル)スルホンを合成できます(図1右)。このモノマーはPSUだけでなく、PESUやPPSUの原料としても使用できる他、各種有機製品の原料でもあります。本法はビスフェノール類の合成にとどまらず、いろいろなプラスチックの原料にも利用可能なモノマーに変換できるため、PSUのアップサイクル法にもなり得ます。
また、本成果の解重合条件を精査し、脱水剤として水素化カルシウムを必要としない反応条件、あるいは高価な水酸化セシウムの代わりに水酸化カリウムなど他の安価な水酸化アルカリを用いた反応条件によっても、反応効率は低下したものの解重合反応が進行することを明らかにしました。
図1.PSUのビスフェノールへの解重合
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回見つけた解重合反応は、PSUだけでなく、PESUやPPSUなどの他のポリスルホン樹脂、あるいはポリエーテルエーテルスルホン(PEES)、PEEKにも適用できます。例えば、PESUに対し、適量の水酸化セシウムとDMIを用いて150 ℃で4時間反応させると、ビスフェノールSが収率90%以上で得られます(図2上)。また、市販されているPPSU製の哺乳瓶についても、ボトルを細かく裁断し、適量の水酸化セシウムと水素化カルシウム、DMIを用いて解重合すると、ビスフェノールSと4,4’-ジヒドロキシビフェニルを含む解重合混合物が得られることを実証しました(図2下)。
図2.PESU、PPSUのビスフェノールへの解重合
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
本研究により、PSUやPESU、PPSUなどいろいろなスーパーエンプラの解重合反応が見いだされ、それぞれのモノマーとなるビスフェノール類を回収できることが明らかとなりました。本研究成果をもとに、プラスチックをリサイクルする社会の実現に向けて解重合反応の改良、解重合反応に適した触媒の開発、スーパーエンプラ以外の難分解性プラスチックの解重合反応を開発し、社会実装を目指します。
掲載誌:JACS Au
論文タイトル:Hydroxylation-depolymerization of oxyphenylene-based super engineering plastics to regenerate arenols
著者:Yasunori Minami,* Yuuki Inagaki, Tomoo Tsuyuki, Kazuhiko Sato, and Yumiko Nakajima
DOI:10.1021/jacsau.3c00357