発表・掲載日:2023/04/19

温暖化環境下において東南極氷床が融解し得ることを発見

-海面が将来大幅に上昇するリスクへの警鐘-

ポイント

  • 過去の温暖期(最終間氷期)における東南極氷床の著しい縮小を発見。
  • この氷床の縮小が海面上昇に影響していることを解明。
  • 南極氷床と海面変動の将来予測の高精度化への貢献に期待。

概要

北海道大学低温科学研究所の関 宰准教授、同大学大学院環境科学院博士後期課程の飯塚 睦氏、同大学院地球環境科学研究院の入野智久准教授、山本正伸教授、富山大学の堀川恵司教授、国立極地研究所の菅沼悠介准教授、産業技術総合研究所の板木拓也研究グループ長、高知大学の池原 実教授、ロンドン大学のデビット・J・ウィルソン博士、インペリアルカレッジのティナ・ファンデフリアート教授らの研究グループは、東南極沖の海底堆積物コア*1の解析から、地球表層が温暖化していた最終間氷期(13–11.5 万年前)において、東南極*2の一部の氷床*3が後退し、当時の海面上昇に大きく寄与したことを解明しました。

近年の温暖化で、西南極*2氷床の融解は加速しており、今後これが数メートル規模の海面上昇につながる可能性があります。一方、東南極氷床は西南極氷床に比べて、温暖化に対して安定的だと考えられていました。しかし、近年になり東南極氷床の一部で融解が観測され始めたため、今後の温暖化により、東南極氷床の著しい融解が起きるかどうかに注目が集まっています。

そこで、本研究では、過去の温暖な時代(最終間氷期)の東南極氷床の変動を復元し、将来の温暖化で東南極氷床が縮小する可能性があるのかを検証しました。その結果、13–11.5万年前の最終間氷期に、東南極氷床の著しい縮小が2回発生していたことが明らかになりました。これらの氷床の縮小は、海面を約0.8 m上昇させるほどの規模であったと見積もられました。よって、地球温暖化が持続した場合、西南極氷床だけでなく東南極氷床の一部も融解し、より大きな海面上昇が引き起こされる可能性があることが示されました。

なお、本研究成果は、2023年4月18日(火)公開のNature Communications誌に掲載されました。

背景

近年の地球温暖化により、その影響がすでに世界各地で顕れはじめています。地球温暖化がもたらす深刻な問題の一つとして、氷床の縮小による海面上昇が挙げられます。海面上昇はわれわれの生活圏を消失させ、社会・経済に甚大な損害を与える可能性があります。海面上昇は一度引き起こされると、元に戻るのに数百年以上の時間を要するため、長期にわたり人間社会に影響を及ぼし続けることになります。

西南極氷床(図1)は、海面を約4 m上昇させるほどの淡水を保持しています。西南極では、氷床下の岩盤が海面下に位置し、氷床の末端が海水とじかに接しています。このような場所は海洋性の氷床と呼ばれ、深海からの暖かい海水の流入によって、氷床融解が引き起こされやすい場所とされています。西南極氷床は現在融解が加速しており、将来の温暖化でさらに融解が進行した場合、海面上昇につながる可能性が高いとされています。それとは対照的に、東南極氷床(図1)は、海面を約50 m上昇させる淡水を保持していますが、その多くが海洋性の氷床でないために地球温暖化による海面上昇への寄与はそれほど深刻ではないと考えられていました。しかし、東南極の一部の地域(ウィルクス海盆など)も海洋性の氷床であるため、西南極氷床と同様に、温暖化により融解する可能性が危惧されており、その実態の解明が急がれています。

本研究では、海洋性の氷床域である東南極の遠洋で掘削された海底堆積物コア(GC1407:図1)と氷床コアのデータ解析から、過去の温暖な時代(最終間氷期: 13–11.5万年前)のウィルクス海盆の氷床変動を復元し、温暖化に対する東南極氷床の安定性と海面上昇への寄与を評価しました。

 

研究手法

過去の温暖期におけるウィルクス海盆の氷床変動を復元するために、三つのプロキシ*4を用いました。一つ目はネオジムの同位体比です。調査地点(GC1407:図1)における海底堆積物のネオジム同位体比は、氷床が後退するほど値が高くなるため、ウィルクス海盆の氷床後退のプロキシとして用いられています。二つ目は、ベリリウムの同位体比です。海底堆積物のベリリウム同位体比は、氷が融解すると値が高くなるので、氷床融解のプロキシとして用いられることがあります。三つ目は、南極氷床コアの酸素同位体比です。氷床コアの酸素同位体比の記録は、一般的に大気温度の変動の指標として用いられ、そのほかにも氷床高度の低下に伴う気温上昇の影響も受けます。そのため、氷床コアの酸素同位体比から、氷床縁の後退などによる氷床高度の低下を読み取ることが可能です。本研究では、海底堆積物コアと氷床コアからのプロキシデータを総合的に解析することで、最終間氷期におけるウィルクス海盆の氷床変動を復元しました。

図1

図1. 南極の岩盤の高さと調査地点の地図。上図は南極の岩盤の高さと地域名を示した。色付きの地域は岩盤が海面下にあり、海洋性の氷床が存在している。下図はウィルクス海盆の地域を拡大した地図。破線はウィルクス海盆の位置を示す。赤線は、本研究で得られた最終間氷期のウィルクス海盆の氷床の後退位置。

研究成果

海底堆積物コアGC1407のネオジム同位体比、ベリリウム同位体比の記録は、最終間氷期中に2回の上昇を示しました(図2)。これは、最終間氷期に氷床後退・融解が2回発生していたことを示します。特に、ベリリウムの同位体比記録は前半の1回目よりも後半の2回目の上昇が顕著であり、2回目の氷床融解の方が大規模であることが示されました。

次に、南極氷床コアの酸素同位体比記録の解析を行いました。Talos Domeサイトはウィルクス海盆近傍の沿岸に位置するため(図1)、氷床高度は内陸に位置するEPICA DomeCサイトよりも氷床後退の影響を強く受けるとされています。そのため、ウィルクス海盆の氷床が後退すると、これら二つのサイトの氷床高度の差(酸素同位体比データの差)が大きくなると考えられます。最終間氷期の両サイトの酸素同位体比の記録は、最終氷期の後期で異なる挙動を示しています(図2)。この違いはTalos Domeの氷床高度の低下、つまりウィルクス海盆の氷床後退を示していると考えられます。氷床コアから読み取れるウィルクス海盆の氷床後退の時期は、海底堆積物のネオジム同位体比とベリリウム同位体比の2回目の上昇と一致しました(図2)。これらの結果から、ウィルクス海盆の氷床は、最終間氷期の前半と後半に縮小し、特に後半の縮小がより大規模であったことが分かりました。

さらに、この氷床縮小の要因について考察しました。最終間氷期の前半では、南極の気温がピークに達したことが分かっているため、前半の比較的小規模な氷床縮小は気温上昇による可能性が高いと考えられます。一方、後半の気温は前半に比べて低く、気温の他に氷床縮小の主要因があった可能性があります。これまでに報告された南大洋の海水温復元記録では、最終間氷期の後半に水温の上昇ピークが認められています。したがって、後半のより大規模な氷床縮小は海洋の温暖化によって引き起こされたことを示唆し、西南極だけでなく、東南極の海洋性氷床の海洋温暖化に対する脆弱性を示唆するものです。

また、これらのデータを最終間氷期における海面変動の復元記録と比較しました。最終間氷期中の海面変動に関しては、これまでに複数の変動パターンが提案されています。本研究の氷床変動の復元記録は、最終間氷期中に2回の海面上昇を示す海面変動の復元記録と最も調和的でした(図2)。よって、本研究の結果は、海面上昇が2回発生する復元記録を支持し、ウィルクス海盆の氷床縮小が海面上昇に実質的に寄与していた可能性を示しています。さらに、先行研究のモデル結果と本研究の成果を統合的に解析した結果、東南極のウィルクス海盆の氷床は、最終間氷期の後半に約0.8 mほど海面上昇に寄与したことが示唆されました。

図2

図2. 本研究の結果(ウィルクス海盆の氷床変動記録)と海面変動記録の比較。a、b、cは先行研究で示されている海面変動記録。d、eはそれぞれ海底堆積物コアGC1407のベリリウム同位体比とネオジム同位体比。f、gはEPICA DomeCとTalos Domeの氷床コアの酸素同位体比。緑色と黄色の範囲はそれぞれ1回目と2回目の氷床縮小の時期。

今後への期待

本研究は、東南極氷床が温暖化に対して比較的安定と考えられていたのに反して、温暖化に対する脆弱性を示すとともに、海面上昇に実質的に寄与する可能性も示しました。これらの結果は、将来の温暖化による東南極氷床の縮小とそれに伴う海面上昇に警鐘を鳴らします。最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、将来の南極氷床の変動予測は不確実性が大きいとされています。本研究はそのような予測の高精度化の一助になると考えます。

東南極にはウィルクス海盆のほかにも、海洋性の氷床域(リカバリー海盆やオーロラ海盆:図1)が存在します。それらの地域の氷床が失われると、海面上昇が数メートル以上引き起こされると見積もられています。本研究から、そのような他の海洋性の氷床域もウィルクス海盆の氷床と同様に温暖化に脆弱である可能性が示唆されました。そのため、温暖化による将来リスクをより正確に評価するためには、東南極の他の海洋性の氷床域における氷床の安定性に関する研究も進めていく必要があります。

 

研究費

本研究は、日本学術振興会科研費(17H01166、17H06318、20H00626、21J13181、16H05739、17H06321、19H00728)、日本学会笹川科学研究助成、Natural Environment Research Council independent research fellowship (NE/T011440/1)の支援を受けて実施されました。

 

論文情報

論文名 Multiple episodes of ice loss from the Wilkes Subglacial Basin during the Last Interglacial(最終間氷期におけるウィルクス海盆からの複数の氷床縮小エピソード)
著者名 飯塚 睦1、2、3、関 宰2、デビット・J・ウィルソン4、菅沼悠介5、6、堀川恵司7、ティナ・ファンデフリアート8、池原 実9、板木拓也3、入野智久10、山本正伸10、平林幹啓5、松崎浩之11、杉崎彩子31北海道大学大学院環境科学院、2北海道大学低温科学研究所、3産業技術総合研究所、4ロンドン大学、5国立極地研究所、6総合研究大学院大学、7富山大学、8インペリアルカレッジロンドン、9高知大学、10北海道大学大学院地球環境科学研究院、11東京大学)
雑誌名 Nature Communications(英科学誌)
DOI 10.1038/s41467-023-37325-y
公表日 2023年4月18日(火)(オンライン公開)


用語解説

*1 コア
海底や氷床から掘削された円柱状の試料。[参照元へ戻る]
*2 東南極・西南極
南極大陸のうち横断山脈をはさんでそれぞれ東経部分・西経部分のこと。[参照元へ戻る]
*3 氷床
長い年月をかけて降り積もった雪が押し固められてできた、巨大な氷の塊のこと。[参照元へ戻る]
*4 プロキシ
昔の環境を復元するための間接的な指標。[参照元へ戻る]


お問い合わせ

お問い合わせフォーム