発表・掲載日:2023/03/01

自然由来重金属類の濃度分布とそれに関わる環境因子の情報を公開

-九州地方における表層土壌の環境が人に及ぼすリスクを見える化-

ポイント

  • 自然由来重金属類の土壌中濃度を調査し、人への影響についてリスクを評価
  • 一部の休廃止鉱山の周辺でヒ素や鉛の水溶出量や含有量が比較的多い土壌を検出
  • 公害問題があった土呂久・松尾鉱山の周辺およびその下流域でのヒ素のリスクは小さい
  • 健康に悪影響を及ぼさないとされる耐容一日摂取量を超過する地域は存在せず

概要図

九州地方の表層土壌評価基本図(Google Earthで閲覧可能)※この図は土壌中成分表示画面を示す


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループ 原 淳子 主任研究員、川辺 能成 研究グループ長は、環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)における自然由来重金属類データベースの構築に関する研究の一環として、九州・沖縄地方における自然由来重金属類の分布状況や土壌中有害元素の人へのリスク評価に関する調査・研究を行い、成果として「表層土壌評価基本図~九州・沖縄地方~」を出版しました。

この調査・研究では、土壌中の重金属類による人への影響の指標として耐容一日摂取量を用いました。その結果、現在稼働中の鉱山周辺やかつて公害問題が顕在化した地域であっても、重金属類を人が摂取する機会は限定的であるため、人への影響はないことが明らかになりました。一部の休廃止鉱山の周辺では、ヒ素や鉛などの重金属類の水溶出量含有量が比較的多いものの、耐容一日摂取量の超過はありませんでした。

専門家や技術者に限らず、誰もがこの基本図を閲覧できます。この基本図によって、表層土壌中の自然由来重金属類について、濃度だけでなく、地質情報や土壌特性など(バックグラウンド)を含めた情報を容易に理解できます。公共事業などのインフラ整備事業での地質リスク評価や環境アセスメントでの基盤情報として、またわれわれの健康で安心な社会生活を維持する上でのリスクコミュニケーションの場で、この図を利用できます。

なお、「表層土壌評価基本図~九州・沖縄地方~」は、2023年3月1日より産総研 地質調査総合センターのウェブサイトで公開されます(URL:https://www.gsj.jp/Map/JP/soils_assessment.html)。


開発の社会的背景

九州地方では、大分県と宮崎県、鹿児島県の海岸地域が、南海トラフ地震の津波対策強化地域に指定されています。2020年の球磨川の氾濫をはじめ、豪雨による土砂災害や洪水が発生しています。また、阿蘇山、雲仙岳、桜島御岳などの火山活動により、火山灰が表層土壌に付加されており、堆積残留した土砂や火山灰などの管理も求められています。さらに、九州横断自動車道や中九州横断道路などの整備のための調査も始まっているほか、熊本県高森町や山都町をはじめとしたメガソーラー発電施設も稼働を開始しています。このような社会的背景から、表層土壌中の有害元素に関する情報の必要性が高まっています。

今後も生じうる災害土砂の流出や建設発生土が問題となる土地改変において、環境影響評価での表層土壌評価基本図の活用が見込まれます。産業廃棄物やごみの処理施設などの用地選定では、稼働時における管理指針などの策定に本基本図を活用できます。

 

研究の経緯

産総研では、地表から深さ50 cm程度までの表層土壌を対象として、2008年より県単位でわが国の土壌化学情報、有害重金属類に関するリスク評価を実施・公開してきました。しかし、近年は表層土壌に関する情報の必要性の高まりを受けて、調査範囲を地方単位に拡大し、全国の情報を整備するため、調査・研究を早急に進めています。

九州地方は、かつて鉱山開発が盛んであったこと、火山活動や豪雨・土砂災害が多いこと、高速道路などのインフラ整備やメガソーラーの建設も積極的に行われていることから、四国地方に次ぐ第2弾として、表層土壌評価基本図を整備しました。

 

研究の内容

九州地方は西南日本弧と琉球弧の2つの島弧の会合部にあたり、火山・熱水活動が活発で、それに伴う鉱化作用によって金属鉱床が形成されている地域です。このような地質的特徴から、地下資源の採掘・製錬の歴史は古く、明治以降は国内最大の金・石炭・石灰石の産地でした。戦後は産業構造の変化によって、ほとんどの鉱山が休止・廃鉱となりました。ただし、現在でも鹿児島県内には大規模な金属鉱山(菱刈鉱山・赤石(あけし)鉱山・岩戸鉱山・春日鉱山)が稼働しています。九州地方は地下資源が豊富なことから、表層土壌への重金属類の供給も比較的高い可能性があります。

そこで、表層土壌中のクロムやヒ素などの12元素(クロム、マンガン、鉄、ニッケル、銅、亜鉛、ヒ素、セレン、カドミウム、アンチモン、鉛、ウラン)について水溶出量や含有量を測定し、その分布を環境基準に対する参照値として明らかにしました。また、人が一生涯にわたり摂取しても健康に対する有害な影響が現れないと判断される体重1 kg当たりの1日当たり摂取量である耐容一日摂取量(Tolerable Daily Intake, TDI)を指標として、人への影響についてリスク評価を実施しました。リスク解析時の人への暴露経路としては、大気中に塵や埃として飛散した土壌の胃および肺からの摂取、間隙水中に溶け出した成分を生体濃縮した農作物の摂取、地下水の摂取、また揮発性を有する元素に関しては皮膚からの吸収を設定しています。その結果、山間部に分布する一部の褐色森林土から、自然由来重金属類(ヒ素、鉛、クロム、マンガン、ニッケル、鉄)で相対的に摂取量が多くなると推定されました。

図1と2は、TDI値を指標としたそれぞれヒ素と鉛の人への影響の評価結果を示します。リスクの有無は、上記の暴露経路に一般的な食料品(乳製品や魚介類、肉類など)などからの摂取も加えて、TDI値の10%を超えれば対象元素摂取によるリスクが懸念され、下回ればリスクがないと判断しました。

有害な重金属類のうち、ヒ素は宮崎県の土呂久・松尾鉱山でかつて公害問題が顕在化した歴史があります。しかし、この地域における土地利用状況および居住状況を加味すると、ここに分布する土壌から重金属類を人が摂取する機会は限定的であるため、人が健康被害を生じるリスクは小さいと考えられます。また、下流域の土壌からも懸念される濃度のヒ素は検出されませんでした。さらに、現在稼働中の鹿児島県内の金鉱山周辺においても、懸念される濃度の重金属類は検出されませんでした。一方、大分県の国東半島に位置する褐色森林土において、ヒ素が比較的多く検出されました。周辺には既に閉山した馬上鉱山(黄鉄鉱を伴う浅熱水性金銀鉱床)があり、ヒ素の濃度は水溶出量において環境基準の10 µg/Lを数倍上回りました。馬上鉱山は義務者不在で、公害防止工事などが国の管理下で行われています。土壌からのヒ素の溶出が認められることから、今後も継続して十分な対策を行っていくべき地域であると判断できます。しかし、TDI値を超過することはありませんでした。

図1

図1.ヒ素(As)による人の健康に対するリスク評価(凡例はTDI値に対する割合を示す)

鉛はわが国の土壌汚染対策法で定められる規制物質の中で、最も多くの要措置汚染件数を占める元素です。鉛が多く検出された土壌は、長崎県の対馬と宮崎県中部山間部に位置する褐色森林土でした。いずれも鉱床由来と考えられ、対馬には鉛・亜鉛・銀を産出した対州鉱山、宮崎県の中部山間部には海成の付加体堆積物を母材として鉛含有鉱物を伴うアンチモン鉱床(天包鉱山)がありました。いずれの鉱山も現在は廃鉱となっています。

長崎県の対馬の土壌では、鉛の水溶出量・含有量ともに環境基準を上回りました。宮崎県の中部山間地方では、水溶出量のみが環境基準を上回りました。近隣に分布する同種土壌でも、それぞれ同様に高い鉛の溶出量が検出され、環境基準を超える濃度の鉛が、広域に分布することが明らかとなりました。対州鉱山は鉱廃水処理などの環境対策がなされている一方、天包鉱山に関しては現時点では措置がなされていません。この地域は居住域ではなく、また山間部に位置することから人の出入りが限定的です。そのため、長期間継続的に人がこの土壌に暴露される機会は少なく、現状で直接的な人への健康被害は想定しにくいと判断できます。しかし、土地改変が計画される際には、十分な環境影響評価を行うべき地域です。

図2

図2.鉛(Pb)による人の健康に対するリスク評価図(凡例はTDI値に対する割合を示す)

土壌はわれわれの社会・生活活動に密接に関係しています。わが国の土壌環境基準は全国一律に定められていますが、重金属類の土壌中の濃度分布は自然要因に影響されます。今回出版する表層土壌評価基本図は、九州・沖縄地方における土壌平均成分濃度を提示するとともに、今後の土地改変時に環境問題が発生しうる懸念すべき地域を明らかにしました。

 

今後の予定

土壌汚染対策法で定められる特定有害物質は、第一種(揮発性有機化合物)、第二種(重金属等)、第三種(農薬等)に分類されます。要措置区域などに指定された件数の大半は第二種の重金属等であり、その中でも上位を占めるのが鉛、ヒ素、フッ素です。これらの元素は、いずれも自然由来で土壌中に含まれる成分です。土壌・地下水汚染が明らかになった時の汚染源を推定する際には、広域的なバックグラウンドの情報が必要不可欠になります。今後は、現在進めている土壌中フッ素のリスク解析およびその結果の公開を急ぐとともに、中国地方や近畿地方など他の地方の情報整備も進めていきます。

※図1と2は「表層土壌評価基本図~九州・沖縄地方~」(出版:地質調査総合センター)から引用・改変した図を使用しています。

 

論文情報

出版物タイトル:「表層土壌評価基本図~九州・沖縄地方~」産業技術総合研究所地質調査総合センター 129 pp.
著者:原淳子・川辺能成(URL:https://www.gsj.jp/Map/JP/soils_assessment.html


用語解説

自然由来重金属類
天然の岩石や堆積物中に含まれる重金属類で、人間の産業活動などで環境中に放出される人為的原因による重金属類と区別される。[参照元へ戻る]
土壌中有害元素の人へのリスク評価
土壌中の有害元素成分に関して、土壌から人への暴露経路を設定し、人への健康リスクの解析を行い、さらにリスク基準と比較して、リスクが受容可能かを決定すること。[参照元へ戻る]
耐容一日摂取量(TDI)
Tolerable Daily Intakeの略で、化学物質などについて、人が一生涯にわたり摂取しても健康に対する有害な影響が現れないと判断される体重 1 kg当たりの1日当たり摂取量のこと。[参照元へ戻る]
休廃止鉱山
鉱量枯渇により、将来にわたって操業を行わない休止中の鉱山および鉱業権が消滅した鉱山のこと。[参照元へ戻る]
水溶出量
環境省告示第18号(環境省、2018年改正)に基づく溶出量試験(水溶出試験)で得られる成分溶出量。[参照元へ戻る]
含有量
環境省告示第19号(環境省、2018年改正)に基づく含有量試験(塩酸溶出試験)で得られる成分溶出量。[参照元へ戻る]
バックグラウンド
人為的な影響がない天然の岩石中成分を起源とする表層土壌について、重金属類の濃度や土壌特性、母材となった地層情報、その他環境因子を含めた情報。[参照元へ戻る]
地質リスク
建設事業において、建設コストに影響を及ぼすリスクのこと。例えば、道路・鉄道工事などにおける地質や土質、地下水などに係る重金属汚染が挙げられる。[参照元へ戻る]
環境アセスメント
開発事業の内容を決めるに当たって、その事業が環境にどのような影響を及ぼすかについて、あらかじめ事業者自らが調査、予測、評価を行い、その結果を公表して一般の方々、地方公共団体などから意見を聴き、それらを踏まえて環境の保全の観点からよりよい事業計画を作り上げる手法のこと(参照、http://assess.env.go.jp/1_seido/1-1_guide/1-1.html)。[参照元へ戻る]
リスクコミュニケーション
消費者、事業者、行政担当者、リスク管理者などの関係者間で、情報や意見を交換し、相互の意思疎通を図ること。[参照元へ戻る]
災害土砂
大雨、地震、火山の噴火などがきっかけとなり、山や崖が崩れて発生する土砂のこと。崩れた土砂が雨水や河川水と混じって流下し、家屋や道路、田畑を埋めたり、人命を奪う災害にまで発展したりする場合もある。[参照元へ戻る]
建設発生土
土木工事や建築工事などで建設副産物として発生する土のことで、利用先が見つからず、仮置きとして放置されたり、他人の土地を侵害したりするなど、法令に違反した行為が問題となっている。特に発生土に有害物質が含まれる場合は、環境問題にも発展する場合がある。[参照元へ戻る]
西南日本弧と琉球弧
西南日本弧は、日本列島をフォッサマグナ(西縁が糸魚川-静岡構造線)を境として二分した場合の南西部分を指し、南側に南海トラフを伴う。琉球弧は九州の南から台湾まで連なる島弧である。[参照元へ戻る]
環境基準
大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準(環境基本法第16条から抜粋)。
環境基準は、「維持されることが望ましい基準」である。人の健康などを維持するための最低限度としてではなく、より積極的に維持されることが望ましい行政上の政策目標である。汚染が現在進行していない地域については、少なくとも現状より悪化しないように環境基準を設定し、これを維持していくことが望ましい。環境基準は、現に得られる限りの科学的知見を基礎として定められている。しかし、常に新しい科学的知見の収集に努め、適切な科学的判断が加えられていかなければならない(引用、https://www.env.go.jp/kijun/) 。[参照元へ戻る]


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