- ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の主鎖結合を正確に切断し、モノマー単位への解重合に成功
- 熱分解より低い150 ℃で実施でき、フィルムやペレットなど素材の形状に影響しない
- 炭素繊維およびガラス繊維強化PEEKも解重合できるため、循環型社会の構築に貢献
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)をモノマー単位へ分解する解重合
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター ケイ素化学チーム 南 安規 主任研究員は、スーパーエンジニアリングプラスチック(以下「スーパーエンプラ」という)として知られる高機能熱可塑性ポリマーのポリエーテルエーテルケトン(PEEK)をモノマー単位へ分解できる解重合法を開発しました。
この技術は有機硫黄化合物のチオールと塩基を解重合剤に使用することによって、樹脂の一般的な熱分解温度の600~1500 ℃を大きく下回る150 ℃、19時間以内にPEEKをモノマー単位へと分解します。また、重合可能モノマーの前駆体(ジチオベンゾフェノン)とPEEKの原料モノマー(ヒドロキノン)をそれぞれ93%、95%という高収率で得ることができます。PEEKのモノマー単位への解重合は、世界で初めて成功しました。ポリプロピレンやポリアミドなどの樹脂を含む場合でも、また、炭素繊維強化PEEKなどの複合PEEK材料を用いる場合でも、PEEK成分の選択的な分解が可能です。得られたモノマーからベンゾフェノン-ビスフェノールA-交互共重合体などいろいろな高分子を合成できます。今回開発した技術はPEEKのケミカルリサイクルの道を切り開くとともに、PEEK以外のスーパーエンプラ解重合にも応用できると考えられ、安定樹脂材料のサーキュラーエコノミーに貢献します。
なお、本研究成果の詳細は、2023年1月24日(英国時間)に英国の学術誌「Communications Chemistry」に掲載される予定です。
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK) やポリフェニレンスルフィド(PPS)などの高機能熱可塑性樹脂はスーパーエンプラと呼ばれ、耐熱性と力学的な強度を有し、種類によっては耐薬品性などの性能を有する工業製品として知られています。PEEKは自動車や航空宇宙、電気・電子分野の関連部品、医療機器や薬品・溶剤・腐食性ガスの製造ラインの関連部品など、安全性が求められる製品において広く利活用されています。PEEKの生産量は、現在世界で6千トン(化学経済増刊号 世界化学工業白書(2015)より)であり、プラスチック全体の生産量の中では少ないものの、産業社会において不可欠な材料であるため、今後増加すると予測されています。しかし、スーパーエンプラのケミカルリサイクルは、高い安定性のために極めて困難であり、これまでにPPSやポリエーテルスルホン(PESU)を対象とする数例しかありません。このままでは環境への負荷だけでなく、リサイクル不能のプラスチックが使用禁止になる未来に対応できません。また、高価格製品であるため、廃棄することは経済的に大きな損失となります。これらの問題を打開するため、新たなリサイクル技術が望まれます。
私たちは、パラジウム錯体触媒により、溶媒に不溶なPPSのベンゼンへの分解に成功しました。この研究を通して、スーパーエンプラのケミカルリサイクルに関する知識と技術を蓄積してきました。今回、代表的なスーパーエンプラとして知られるPEEKのケミカルリサイクルの前例がないことに着目し、PEEKのケミカルリサイクルに成功すれば、他のスーパーエンプラ、および安定樹脂材料のケミカルリサイクルの実現に向けた突破口になると考えました。こうして、PEEKの主鎖結合の選択的な切断による原料モノマーとその類縁体を与える新たな解重合技術の開発に取り組みました。
なお、本研究開発は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「安定主鎖構造の活性制御に基づく高機能ポリマーの精密解重合(課題番号JPMJPR21N9)(2021~2024年度)」、藤森科学技術振興財団による支援を受けています。
硫黄求核剤は高い反応性を持つことが知られています。また、硫黄官能基は脱離基として取り扱えます。つまり、硫黄求核剤を用いてPEEKを分解できれば、脱離基として硫黄官能基を有するモノマー生成物が得られることになります。この視点のもと、硫黄求核剤と高沸点溶媒のN,N-ジメチルアセトアミドを適切な比率で混合し、粉末状のPEEKを加えて、副反応が進行しない150 ℃でかき混ぜました。これは、通常のプラスチックの熱分解温度の600~1500 ℃よりも低い温度です。反応開始から3時間後にはPEEKが完全に分解し、19時間後には解重合中間体であるベンゾフェノンジチオラートとベンゼンビスオラートが生成しました(図1中央) 。ここにヨウ化メチルを添加すると、ベンゾフェノンジチオラートのみが反応し、最終的に4,4’-ジメチルチオベンゾフェノンとPEEKのモノマーの一つであるヒドロキノンを回収できました(図1右上)。4,4’-ジメチルチオベンゾフェノンは重合可能なモノマーに再生でき、実際にPEEKと類似した構造の交互共重合体の合成を達成しています(図1右中)。ヨウ化メチルの替わりに、2-ブロモエタノールと塩化メタクリロイルを順次加えると、高屈折率樹脂の原料として利用できる機能化ジチオベンゾフェノンが得られました(図1右下)。このように、本法は単にモノマー再生にとどまらず、さまざまな機能性分子を合成できることから、PEEKのアップサイクリング法にもなりえます。また、粉末状のPEEKだけでなく、ペレット状やフィルム状のPEEKにも適用できるので、素材に対して汎用性があります。
図1.PEEKのモノマー単位解重合
今回見つけた解重合法は、純粋なPEEK素材だけでなく、炭素繊維やガラス繊維で強化したPEEK材料にも利用できます。炭素繊維を30wt%含む強化PEEK素材を細かく粉砕し、適量の硫黄求核剤とアミド系溶媒を用いて解重合し、ヨウ化メチルで処理すると、PEEKのモノマー単位まで分解した4,4’-ジメチルチオベンゾフェノンとヒドロキノンを含む解重合混合物が得られます(図2)。ガラス繊維強化PEEKを用いて同じ解重合を適用しても、同様の生成物が得られます。また、純粋なPEEK素材の解重合にポリプロピレンやポリスチレン、ポリアミドを共存させても、PEEKの解重合が問題なく進行することも確認しました。本解重合法は、複合PEEK材料や他のポリマーの共存下でも適用できます。
図2.強化PEEKの解重合
※本プレスリリースの図1、図2は原論文「Depolymerization of robust polyetheretherketone to regenerate monomer units using sulfur reagents」の図を引用・改変したものを使用しています。
本研究により、これまで報告例のなかったスーパーエンプラPEEKの解重合が実施でき、対応するモノマー単位生成物を合成できることが明らかになりました。本研究成果をもとに、すべてのプラスチックをリサイクルする社会の実現に向けてPEEK以外のさまざまなスーパーエンプラ、スーパーエンプラ以外の安定プラスチックの解重合を実施します。また、新たな解重合触媒を開発することで、より効率的な解重合技術を開発し、社会実装を目指します。
掲載誌:Communications Chemistry
論文タイトル:Depolymerization of robust polyetheretherketone to regenerate monomer units using sulfur reagents
著者:Yasunori Minami, Nao Matsuyama, Yasuo Takeichi, Ryota Watanabe, Siby Mathew, and Yumiko Nakajima
DOI:10.1038/s42004-023-00814-8