京都大学防災研究所宮崎観測所の山下裕亮 助教、産業技術総合研究所の伊尾木圭衣 主任研究員、北海道立総合研究機構の加瀬善洋 研究主任の研究グループは、浅部スロー地震の海底地震観測の成果や人工地震波を用いたプレート境界の位置情報など最新の地球物理学の知見を基に、日向灘で過去最大級とされている1662年日向灘地震の新たな断層モデルを構築しました。宮崎県沿岸部における津波堆積物の調査結果と断層モデルを用いた津波による浸水シミュレーションにより、この断層モデルを評価し、1662年日向灘地震がM(マグニチュード) 7.9の巨大地震であった可能性を科学的に初めて示しました。本研究の結果は、国や日向灘沿岸の地方自治体における地震・津波に対する防災に役立つ基礎資料となります。
本研究の成果の一部は、2022年12月15日に国際学術誌「Pure and Applied Geophysics (PAGEOPH)」に掲載されました。
概要図
九州東方の日向灘は、M7級の海溝型地震が数十年間隔で発生する領域です。1662年日向灘地震(現地では、外所(とんところ)地震とも呼ばれている)の規模は、この領域での最大級とされ、M7.6と推定されていました。この地震は、日向灘において過去100年間で発生した地震では経験した事のない「強い揺れ」と「大きな津波」が特徴です。この地震について、いくつかの断層モデルが提唱されていますが、揺れと津波の両方を説明し得るモデルはなく、この地震の詳細は不明でした。宇津(1999)は、宇佐美(1996)の記述を基にこの地震の規模をM7.6と評価していましたが、地震計による近代観測以前の地震であり、歴史書物による被害の記述からの推定です。加えて、算出の根拠について記述がないため、M7.6という規模は科学的な根拠にやや乏しいといえます。そのため、この地震の詳細を明らかにすることは、日向灘の地震活動の科学的な理解という観点のみならず、沿岸の地震・津波に対する防災の観点からも懸案となっていました。
この地震についての研究を進めるきっかけが、2011年東北地方太平洋沖地震です。この地震も「強い揺れ」と「大きな津波」が特徴でした。地震がM9まで巨大化した原因の一つに、プレート境界浅部で発生するスロー地震の関与が指摘されています。巨大地震とスロー地震の関係は、今や世界中で注目され研究が進められています。日向灘でも、海底地震計による浅部スロー地震の観測研究が進み、徐々にその特徴が明らかになってきました。
このような背景から、我々は「日向灘の浅部スロー地震震源域が1662年日向灘地震の大津波の波源域になったのではないか?」という仮説を検証するため、海底地震観測の研究成果やプレート境界の位置情報など、最新の知見を基に新たな断層モデルを構築しました。そして、この断層モデルを用いた浸水シミュレーションと津波堆積物の現地調査によって、1662年日向灘地震を再評価し、全体像を明らかにしようと考えました。本研究プロジェクトは、2017年度にJSPS科学研究費助成事業・基盤研究(C)に採択され、今年度まで研究を進めてきました。
・断層モデル
断層モデルの構築にあたり、近年の海底地震観測で明らかになった浅部スロー地震の活動状況や、人工地震波で得られたプレート境界の深さの情報、磁気異常図から推定される沈み込む海山の位置など、日向灘における最新の地球物理学の知見を用いました。また、歴史書物による被害の状況も参照しました(図1)。このモデルは、当該地震の特徴である強い揺れをもたらす最も深い断層①、その浅部延長側の断層②、さらに大津波に関係する浅部スロー地震の震源域である断層③によって構成されています。断層①、②は、過去100年間でM7級のプレート境界地震が発生している深さ約15 kmよりも深い場所に対応しています。陸地に近いため、強い地震動を生じます。また、断層③は普段は浅部スロー地震の震源域となっている領域ですが、2011年東北地方太平洋沖地震で得られた知見を生かし、大地震発生時には断層が速くすべり、すべり量も断層①と②に比べ数倍大きくなるように設定しました。この断層③の深さは浅いため、深い位置にある断層①に比べ津波を発生させやすいと言えます。羽鳥(1985)や都司・他(2018)の先行研究で報告があった津波浸水高と津波のシミュレーションによって得られた沿岸部の津波高を比較し、差が小さくなるように断層長と断層すべり量を試行錯誤しながら求めました。その結果、断層長は約80 km、断層①、②、③のすべり量は2m、4m、8mとなりました。
【図1】1662年日向灘地震の推定断層モデル
黒の①~③の矩形は本研究で構築した断層モデルを示す。図中の赤星は1923年以降のM7級プレート境界地震の震央(気象庁カタログ)、紫の破線はプレート境界位置の等深線(Nakanishi et al., 2018)、灰色の領域は主な地震の震源域で、1968年日向灘地震(八木・他、1998)、1996年10月・12月の地震(Yagi et al., 1999)、赤丸は浅部スロー地震の震央(Yamashita et al., 2015; 2021)をそれぞれ示す。
・津波堆積物調査
宮崎県の沿岸低地において、2017年から2020年にかけて、津波堆積物の有無を調査しました(図2)。まず、検土杖と呼ばれる簡易の掘削器具を用いて予察的な調査を実施しました。調査地点は宮崎県延岡市北浦から串間市まで合計62地点で、このうち3地点でイベント堆積物が認められました。この3地点において、イベント堆積物の特徴や広がりを把握するため、ハンドオーガーと呼ばれる直径約5 cmの試料が採取できる掘削器具を用いた調査を行いました。その結果、日南市小目井で見出したイベント堆積物は、級化層理を示す砂からなり、陸に向かって薄層化・細粒化すること、低地の広い範囲に分布することが分かりました。地表面から深度1 mの範囲に認められることなどから、イベントの発生年代は数百年前程度と見積もられます。また、イベント堆積物と、その給源となり得る河床砂および海浜砂の地質試料を採取し、粒度分析や顕微鏡観察などの室内分析を行った結果、イベント堆積物の粒度組成は河床砂とは異なり、小目井海岸の海浜砂に類似すること、イベント堆積物と海浜砂には貝殻片が含まれることが分かりました。これらの結果から、イベント堆積物は海浜砂が陸方向の流れにより運搬され堆積したと推定されます。形成年代も考慮すると、イベント堆積物は1662年日向灘地震の津波により形成された津波堆積物であると考えられます(図3)。
【図2】津波堆積物調査の風景
【図3】津波堆積物の例(日南市小目井)
・津波浸水シミュレーション
構築した断層モデルがこの津波堆積物を説明できるのか、津波浸水シミュレーションを行ったところ、1662年日向灘地震による津波は津波堆積物が発見された地点まで浸水することが示され、調査結果を概ね説明できることが分かりました(図4)。
断層モデルから得られる地震の規模はM7.9となり、1662年日向灘地震がM8級の巨大地震であった可能性が示されました。1662年日向灘地震の強い揺れと大きな津波を説明するには、過去100年間でM7級のプレート境界地震が発生している断層①②に加えて、浅部スロー地震震源域である断層③の領域が震源域となる必要があることが示されました。つまり、浅部スロー地震震源域が、津波波源域になり得るという仮説が支持されたと考えられます。
本研究では、山下が研究立案・統括および地球物理学の知見を用いた断層モデルの構築、伊尾木が津波浸水シミュレーション、加瀬が津波堆積物の調査を担当しました。また、本研究の成果の一部として、伊尾木・山下・加瀬で論文を執筆しました。本研究の結果の一部は、2022年3月に国の地震調査研究推進本部(地震本部)が発表した「日向灘及び南西諸島海溝周辺の地震活動長期評価(第二版)」に反映されています。
【図4】津波浸水シミュレーションの結果
日南市小目井における1662年日向灘地震による津波の浸水シミュレーション結果。色は浸水の深さを示す。ピンクの丸印は津波堆積物が確認された地点、×印は津波堆積物が確認されなかった地点を示す。計算に際し、堤防などの人工構造物は取り除いた。この地域において、最大波となる第一波の津波到達時間は約25分、沿岸に押し寄せる津波の高さは約11 mと計算された。(Ioki et al. (2020) を一部改変)
2011年東北地方太平洋沖地震の発生以降、沈み込み帯の各地域において起こりうる最大規模の地震を再考する必要性が強く認識されています。本研究は、日向灘で発生する最大クラスの地震について、「M8級は起こらない」という通説を覆し、M8級巨大地震も起こる可能性を初めて科学的に示した点、日向灘沿岸の地震・津波の防災など社会的に役立つ点で意義があります。また、歴史地震の研究においては、これまで大きな津波を説明するため、断層をプレート境界浅部まで広げることは行われてきましたが、「なぜその場所の断層をすべらせるのか?」という科学的な根拠についての議論は十分ではありませんでした。本研究では、浅部スロー地震の震源域が大地震時には地震すべりを起こして津波を発生させるという仮説を取り入れた点がこれまでの研究とは異なります。このような仮説を立てることが可能となったのは、2011年東北地方太平洋沖地震の後、巨大津波を発生させたプレート境界浅部での観測研究が再認識され、飛躍的に加速したことが背景にあります。特に日向灘は、世界的に見てもプレート境界浅部のスロー地震研究が進んでいる地域の一つであることも主な要因です。
しかし、1662年日向灘地震の断層モデルの構築には、まだ多くの解決すべき問題点があります。津波の浸水シミュレーションは、津波堆積物を見出した日南市小目井を対象とした1地域でしか行っていません。現状では、検証に用いることができるデータが少なく、断層モデルのパラメータ設定(断層の長さやすべり量など)の不確定性が大きいため、歴史記録が残っている他の地域も含めた津波の浸水シミュレーションによる検証が必要です。今後、神社などに残る歴史記録や現地調査のデータを津波の浸水シミュレーションによって説明できるように、断層モデルの高精度化を進め、M8級巨大地震の全体像を明らかにする必要があります。また、地質学的な調査をより一層進める必要があります。特に、津波堆積物の調査の際に、宮崎県内に適した環境の場所が非常に少なく、調査の困難さが浮き彫りとなりました。より多くの地点で調査を行い、痕跡を発見する必要があります。さらに、1662年日向灘地震の前のM8級巨大地震がいつ発生していたのか、発生履歴を明らかにすることも地震発生の長期予測の観点からは重要です。
M8級巨大地震と考えられる1662年日向灘地震の全体像は見えていないので、調査・研究を継続していきます。次のM8級巨大地震が起こると、その被害は甚大になると予想されます。地震が起こる前に調査研究を急ぐ必要があり、自治体や民間とも連携した調査態勢の構築が望まれます。
本研究は、JSPS科研費JP17K01328(代表:山下裕亮)基盤研究(C)「浅部スロー地震域は津波波源域?1662年日向灘地震津波の地球物理学・地質学的検証」によって実施されました。
【研究グループメンバー】
- 山下 裕亮 京都大学防災研究所 地震災害研究センター 海域地震研究領域・宮崎観測所 助教
- 伊尾木 圭衣 国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター 活断層・火山研究部門 海溝型地震履歴研究グループ 主任研究員
- 加瀬 善洋 地方独立行政法人北海道立総合研究機構 産業技術環境研究本部 エネルギー・環境・地質研究所 研究主任
日向灘の地震研究を学生時代から行ってきた中で、1662年日向灘地震は多くの謎に包まれた地震でした。2015年に宮崎観測所に着任し、まさに「地元」で研究ができる環境となり、北海道の地震研究で実績があった同期の2人を共同研究に誘い研究をスタートしました。津波堆積物の調査は想像以上に困難を極めましたが、成果が出たことに安堵する一方で、長期評価への反映など社会的影響の大きさも感じました。今後も日向灘と向き合って研究をより一層進めていきたいと思います(山下裕亮)。
タイトル:Effects of the tsunami generated by the 1662 Hyuga-nada earthquake off Miyazaki Prefecture, Japan(宮崎県沖で発生した1662年日向灘地震による津波の影響)
著 者:伊尾木 圭衣、山下 裕亮、加瀬 善洋
掲 載 誌:Pure and Applied Geophysics ( https://doi.org/10.1007/s00024-022-03198-3 )