国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 食薬資源工学オープンイノベーションラボラトリ 青沼 和宏 産総研特別研究員、富永 健一 副ラボ長、国立大学法人 筑波大学(以下「筑波大」という) 生命環境系 礒田 博子 教授、医学医療系 許 東洙 准教授は、天然に存在するポリフェノールの一種であるイソラムネチンが不整脈の一種である心房細動の発症を予防する生理活性を持つことを見いだしました。
心房細動の発症に深く関与するアンギオテンシン IIの負荷により心房細動を誘発させたマウスを用いて、イソラムネチンの予防効果を評価しました。その結果、アンギオテンシン IIを負荷する前に、イソラムネチンを予防投与することで心房細動の発症に関連する心房の電気的リモデリングと構造的リモデリングの両方が同時に改善されることを確認しました。これら心房のリモデリングを同時に改善する医薬品はこれまでありませんでした。イソラムネチンの投与は、心房細動の発症を予防するアップストリーム治療法として期待されます。なお、この発見の詳細は、2022年12月21日(現地時間)に英国の生化学協会が発行するClinical Science誌で発表されます。
心房細動は一般的な不整脈の一つであり、その患者数は、国内で約100万人と推計されています。有病率は加齢とともに増加するため、高齢化が進む日本において、今後も増加していくと予想されています。特に心不全や脳梗塞の主要なリスクとなっており、これらによる健康寿命の短縮は心房細動患者にとって大きな脅威となっています。日本循環器学会「不整脈薬物治療に関するガイドライン」で推奨される基本治療方針では、患者一人ひとりに合った薬剤(抗不整脈薬やβ遮断薬など)を選択することで、心房細動の再発予防や洞調律維持を目指します。しかし、従来の薬剤による効果には限界があり、患者の半数以上が再発を繰り返すか、または永続性心房細動へと移行しています。
イソラムネチンは北アフリカに育成する塩生植物Nitraria retusaに豊富に含まれるポリフェノールの一種です。ケルセチンが持つ五つの水酸基のうちの一つがメチル化された構造を持っており、微量ですがタマネギをはじめとする身近な植物にも含まれています。
これまで筑波大学では、イソラムネチンに潜在する機能の解明に取り組み、イソラムネチンに抗肥満効果や抗糖尿病効果があることを見いだしてきました。また、産総研の食薬資源工学オープンイノベーションラボラトリとの共同研究により、イソラムネチンが非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に対して肝細胞の抗線維化を含む抑制作用を示すことを見いだしました。
心房細動は、心房組織の電気的・構造的特性が徐々に変化するリモデリングで発症します。電気的なリモデリングには、心筋組織の伸縮に関係した電解質や活動電位の異常が関与しており、構造的なリモデリングには心房組織の線維化や炎症、肥大が関与しています。これらのリモデリングがさらに進行すると、心房細動がより発生しやすくなったり、持続しやすくなったりします。
本研究では、イソラムネチンがそれぞれの心房リモデリングに対してどのような影響を及ぼすのかを実験的に調べ、効果があるとすれば、それがどのような仕組みで発現するのか解析しました。
心房細動誘発モデルとしてアンギオテンシン II負荷モデルマウスを用いました。マウスを無作為に、無処置群(control)、アンギオテンシン II負荷群(AngII)、アンギオテンシン II負荷+イソラムネチン投与群(AngII+ISO)の3群に分けました。AngIIとAngII+ISOのいずれもアンギオテンシン II の負荷を2週間行い、AngII+ISOではアンギオテンシンIIを負荷する1週間前からイソラムネチンの投与を行いました。
まず、イソラムネチンの心房細動の発症に対する効果を調べるために、各群のマウスに対し電極カテーテルを心房に挿入し、電気刺激を加えたときの、心房細動の発生の有無を心電図により判定しました。その結果、イソラムネチンを投与していないAngllではcontrolに対して心房細動の発生率と持続時間が有意に増加したのに対し、イソラムネチンを投与したAngII+ISOではAngllに対して有意に減少しました(図1)。これらの結果は、イソラムネチンが心房細動の発症を予防していることを示しています。
図1 イソラムネチンの心房細動発症抑制効果
心房細動の発症要因の一つである電気的リモデリングに対するイソラムネチンの効果を検証するため、心筋組織の収縮に深く関与しているカルシウムイオンの動きを観察しました。正常な心筋細胞では、細胞に活動電位が発生すると、細胞外からカルシウムイオンが流入して細胞内のカルシウム貯蔵部位である筋小胞体を刺激します。この刺激によって筋小胞体からカルシウムイオンが放出され、細胞質内のカルシウムイオン濃度が上昇し、細胞が収縮します。電気的リモデリングは、筋小胞体から自発的にカルシウムイオンが漏出するようになること(カルシウムリーク)で発生します。このカルシウムリークの発生の有無は、心房細胞内のカルシウムイオンの局所的な濃度変化を観測することで確認できます。
各群のマウスの心筋細胞に薬剤を加えてカルシウムイオンを蛍光発光させ、共焦点顕微鏡の視野内の直線領域(約100 µm)におけるカルシウムイオンの変動を1.82ミリ秒ごとに10秒間観察しました。共焦点顕微鏡で観察すると、カルシウムリークの箇所は閃光のように見えるので、カルシウムスパークと呼ばれます。AngIIではcontrolに比べて有意にカルシウムスパークの発生頻度が増加しましたが、AngII+ISOではその頻度が明らかに減少しました(図2)。この結果は、イソラムネチンが心筋細胞内で筋小胞体からのカルシウムイオンの異常な漏出を抑制して電気的リモデリングを予防していることを示しています。
図2 イソラムネチンの電気的リモデリングに対する効果
心房細動のもう一つの発症要因である構造的リモデリングに対するイソラムネチンの効果を検証するため、各群の心房組織を取り出してマッソントリクローム染色によって染色された組織の面積を測定しました。この染色法では組織内の線維化された領域が青く染色されます。その結果、AngIIではcontrolに比べて有意に線維化面積が増加しましたが、AngII+ISOでは線維化面積の増加が抑制されました(図3)。この結果は、イソラムネチンが心房細動に伴う心房組織の構造的リモデリングを予防していることを示しています。
図3 イソラムネチンの構造的リモデリングに対する効果
今回発見したイソラムネチンの作用メカニズムを考察するため、心房細動の発症に関係するタンパク質を定量しました。その結果、アンギオテンシンIIの投与によって、カルシウムイオンの伝達に関係するタンパク質や細胞の分化・増殖、炎症、細胞死に関係するタンパク質の量が増加しましたが、イソラムネチンの投与によってこれらの増加が抑制されることを見出しました。
これら一連のタンパク質の変動を考察することにより、イソラムネチンが心筋組織内のリン酸化酵素であるCaMKⅡの働きを抑制することで、心筋細胞の筋小胞体からのカルシウムイオンの漏出を低減させ、電気的リモデリングを抑制していること、またイソラムネチンが細胞内のシグナル伝達に関係したMAPK経路のタンパク質を制御することで、心筋の線維化や肥大、炎症による構造的リモデリングを抑制していることが明らかになりました。
なお、本研究はAMED研究戦略的推進プログラムおよびJST SATREPS 「エビデンスに基づく乾燥地生物資源シーズ開発による新産業育成研究」、JST COI-NEXT「つくば型デジタルバイオエコノミー社会形成の国際拠点」のもとで行われました。
※本プレスリリースの図1と図2と図3は原論文「Clinical Science」の図を引用・改変したものを使用しています。
イソラムネチンによる心房細動の発症抑制のより詳細なメカニズムを解明します。また、臨床応用を視野に研究を進め、患者への臨床試験を目指します。
掲載誌:Clinical Science
論文タイトル:Novel preventive effect of isorhamnetin on electrical and structural remodeling in atrial fibrillation
著者:Kazuhiro Aonuma, DongZhu Xu, Nobuyuki Murakoshi, Kazuko Tajiri, Yuta Okabe, Zixun Yuan, Siqi Li, Yoshiko Murakata, Kenichi Tominaga, Akihiko Nogami, Kazutaka Aonuma, Masaki Ieda, Hiroko Isoda