東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医学分野の高橋英彦教授、松本有紀子助教、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT )の西田知史主任研究員、国立研究開発法人 産業技術総合研究所の林隆介主任研究員、大阪大学大学院生命機能研究科の西本伸志教授、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)の村井俊哉教授の研究グループは、機能的磁気共鳴画像(fMRI)※1とAI技術を使って、さまざまなものの意味※2を表す脳活動パターンを解析し、統合失調症患者の脳内において、意味関係の乱れが生じていることを発見しました。本研究の成果は、患者の発話によらない客観的な診断・治療法の開発につながることが期待されます。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・戦略的国際脳科学研究推進プログラム「脳科学とAI技術に基づく精神神経疾患の診断と治療技術開発とその応用」(JP21dm0307008)ならびに独立行政法人科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(JPMJCR18A5, JPMJPR20C6)、Moonshot型研究開発事業(JPMJMS2012, JPMJMS2295-11)、日本学術振興会科学研究費助成事業(20K21567)、上原記念生命科学財団の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Schizophrenia Bulletinに、2022年12月21日午前1時1分(グリニッジ標準時)にオンライン版で発表されます。
統合失調症は、思春期から30歳くらいまでに100人に1人が発症し、幻覚、妄想などの症状をきたす病気です。統合失調症患者の会話は、しばしば内容がまとまらず、支離滅裂になることがありますが、精神医学の大家であるブロイラーは、この症状を「連合弛緩」と名付け、以来1世紀以上もの間、統合失調症の最も根本的な症状として重要視されてきました。連合弛緩とは、言葉の意味関係が乱れている症状を指します。このような症状は、統合失調症の脳における機能的な接続の異常と関連すると考えられてきましたが、これまで「意味関係の乱れ」を脳活動から直接捉えることはできませんでした。
そこで研究グループは、統合失調症患者の脳活動をfMRIで計測し、さまざまなものの意味を表す脳活動パターンを明らかにしました。そして、fMRIデータに基づく関係性から、「脳内意味ネットワーク」を構築しました(図1)。意味ネットワークは従来、心理学や人工知能の分野において人間の知識や自然言語における意味関係を表すために用いられてきたデータ解析の枠組みで、一つ一つの言葉の意味を頂点、それらの関係性を辺として表すグラフ※3構造になっています。ネットワーク上の2つの頂点が少ない中継点を介して簡単につながることができる性質は「スモールワールド性」と呼ばれ、情報が効率的に伝達されやすいことを表しています。私たちが日常的に使う言語もこのスモールワールドの性質を持つことが知られています。本研究ではスモールワールド性に焦点を当て、統合失調症患者と健常者との間の脳内意味ネットワークの構造の違いを通じて、連合弛緩(=「意味関係の乱れ」)を世界で初めて脳活動に基づいて検証しました。
統合失調症患者と健常者がさまざまな動画を見ているときの脳活動をfMRIで測定し、動画に出現するものの単語リストと脳活動データから、個々の単語の意味に対応する脳活動パターン(脳内意味表現)を、符号化モデリング※4と自然言語処理アルゴリズム※5と呼ばれるAI技術を用いて推定しました。次に、得られた脳内意味表現の類似性に基づき「脳内意味ネットワーク」を構築し、多数の単語の意味関係をネットワーク解析※6により評価しました(図1)。
その結果、統合失調症患者の脳内意味ネットワークでは、代表的なネットワーク指標であるスモールワールド性は減少しており、健常者よりもネットワーク構造が無秩序になっていることが明らかになりました。スモールワールド性は妄想の心理指標であるPDI※7得点と負の相関があり、脳内意味ネットワークの無秩序化は思考障害と関連することも示されました(図2)。
さらに、患者の脳内意味ネットワークは、「生き物」や「人工物」といった大まかなカテゴリにはっきりと区分される傾向(モジュール性)が高い反面、各カテゴリの内部構造は無秩序化していました。つまり、患者の脳内意味表現は完全に無秩序化しているのではなく、大まかなカテゴリ構造は保持されていることが明らかになりました(図3)。
図1 実験手続き
図2 スモールワールド性の群間比較、および妄想との関連性
r:相関係数、p:p値
図3 脳内意味ネットワークの模式図
頂点の色は大まかなカテゴリの区別を示す。健常者の脳内意味ネットワークは、スモールワールド性が高い。統合失調症患者の脳内意味ネットワークは、大まかなカテゴリごとのモジュール性は高いが、その内部は無秩序化している。
統合失調症の最も基本的な症状である「連合弛緩」は、その科学的根拠の解明が長らくまたれてきました。本研究により、統合失調症患者の脳内意味ネットワークが無秩序化しているということがわかり、脳活動パターンにも連合弛緩が表れていることが世界で初めて明らかになりました。統合失調症患者ではこのような脳内での意味関係の乱れがあるために、妄想や会話の脱線などの思考障害が生じると考えられます。本研究は、精神疾患患者が知覚している主観的な体験様式を、思考障害のある本人に話してもらうことなく、脳活動から直接評価できる点で、精神医学の診断、治療に新たな可能性をひらくものと考えられます。さらには、認知神経科学、神経画像、言語処理などの研究領域において、脳内の知識体系の理解に寄与することが期待されます。
掲載誌:Schizophrenia Bulletin
論文タイトル:Disorganization of semantic brain networks in schizophrenia revealed by fMRI