- 近赤外帯域(波長: 1550 nm)で従来のITO膜の1.7倍の透過率を実現
- 世界最高の電子移動度133 cm2/Vsを実現
- フレキシブル透明導電フィルムとして成形し、赤外線監視カメラや車載カメラに利用可能
開発した透明導電フィルム(左)と、一般的な透明導電フィルム (右)の透光性と電子移動度
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)製造技術研究部門リマニュファクチャリング研究グループ 野本淳一 研究員と山口巖 上級主任研究員は、世界最高の電子移動度を特徴とする可視から近赤外帯域まで高透過なフレキシブルフィルムを開発しました。
この透明導電フィルムは、耐熱性の低いポリエチレンテレフタレート (PET) 樹脂基材上に形成した酸化インジウム (In2O3) 薄膜です。微量の水素を添加した非晶質薄膜は、結晶化することで高い電子移動度を実現できます。ただ、150~200 ℃程度で熱処理する必要があるため、熱に弱い樹脂基材上では結晶化することができませんでした。そこで、紫外線エキシマレーザー照射技術を採用することにより、基材に熱ダメージを与えずに透明導電膜層を結晶化することに成功しました。これにより、従来材料であるフレキシブルスズ添加 In2O3 (通称:ITO) 透明導電膜の約 20 cm2/Vs を超える世界最高の高電子移動度 133 cm2/Vs を PET 樹脂基材上で実現しました。さらに、この高い電子移動度により低い電子密度でも高い導電性が得られるため、可視から近赤外線帯域までの広い波長帯域で高い透明性を実現できます。これらの特性を透明ヒーターに適用し、視認性と防曇性に優れた監視カメラや車載カメラに応用できます。また、近赤外光を発電に利用するフレキシブル次世代太陽電池の変換効率の向上にも役立ちます。
この成果は、2022年12月7日~9日に、幕張メッセ(千葉県千葉市)で開催される高機能素材Weekのブース(36-13) にて展示されます。
近年、自動車や道路にはセンサーが多く搭載されており、これらの高機能化が要求されています。たとえば、自動車や監視カメラには昼夜・天候に関わらず優れた視認性が要求されます。そのため、着雪防止や防曇のため透明ヒーターが必要とされています。また、高い精度で位置や形状などを検出できる近赤外光を利用したセンサーの導入も進められており、従来材料では得られない近赤外線波長帯域での高い透光性および導電性を実現できる材料の開発が望まれています。
産総研では、高度なIoTを支えるセンサー関連デバイスやその周辺技術を開発してきました。その基盤的技術として、高性能なフレキシブルデバイスの開発に取り組んでいます。今回、可視から近赤外帯域で優れた透光性と高い導電性を両立できる高移動度の透明導電酸化物薄膜に注目し、近赤外線センサーの透明ヒーター材料および生体センサーやフレキシブル次世代太陽電池用の透明電極材料の開発で重要な課題であった結晶形成の低温化と結晶粒径の制御に取り組みました。
今回の研究開発の一部は、公益財団法人 天田財団の奨励研究助成および独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業の基盤研究(C)による支援を受けています。
今回、産総研は、樹脂基材の上に微量の水素 (H) とセリウム (Ce) を共添加した非晶質酸化インジウム (In2O3:Ce,H以下ICO:Hと呼称) の透明導電膜を、基材に熱ダメージを与えずに結晶化させる技術を開発しました。従来のICO:Hは、成膜時に結晶化を抑制する微量の水蒸気を導入することで非晶質の前駆体薄膜を形成し、その後150~200 ℃で熱処理し結晶化することで高い電子移動度の特徴を発現させていました。しかし、加熱条件によって樹脂基材の変形、変色など、耐熱性の問題が生じることがあります。上記問題を解決するため、熱処理の代わりに紫外線エキシマレーザー照射による光結晶成長技術を用い、粒径の大きな結晶を成長させるために前駆体薄膜の形成条件やレーザー照射条件、そして、結晶化時に発生する微細なクラックを減らすために透明導電膜層から基材層への熱伝達や双方の熱膨張差を制御することで、フレキシブル高移動度透明導電フィルムを実現しました。
図1は ICO:Hフィルムの作製に用いた光結晶成長技術の模式図と、レーザー照射前後の ICO:H層の結晶性の変化を示しています。照射前の前駆体薄膜は非晶質のため特徴の無い表面構造となっているのに対して、レーザーを照射した膜では表面全体が直径約 2 µmの結晶で覆われていることが観察できました。また、結晶化後の外観から PET に白濁などのダメージが起きていないことを確認しました。
図1 ICO:Hフィルムの作製に用いた光結晶成長技術の模式図と、レーザー照射前後のICO:Hの結晶性評価、レーザー照射後のICO:Hフィルムの外観
表1 はレーザー照射によって結晶化したICO:Hフィルムの電気特性を示します。今回レーザー照射により結晶化したICO:Hフィルムでは市販のフレキシブル ITOフィルム (低抵抗品)の電子移動度のおよそ6倍以上となる世界最高の高電子移動度133 cm2/Vsを確認しました。また、市販のITOフィルムと比べて電子密度が1/4でありながら、高い電子移動度により、抵抗率もさらに改善することができました。
図2 透明導電フィルムの透過スペクトル
図2は開発したICO:Hフィルムの透過スペクトルです。市販のITOフィルムと比べてICO:Hフィルムは赤外線を反射する電子の密度が低いため、特に1000 nm以上の長い波長帯域で透光性が高いことが確認できました。高感度で長距離まで認識可能な次世代LiDARでは、既存の波長900 nm前後よりも長波長の1550 nmのレーザー光の利用が検討されており、この透明導電フィルムはそのようなセンサーの透明ヒーターに好適だと考えられます。
図3 近赤外線カメラによる視認性評価
図3は、開発したICO:Hフィルムおよび市販のITOフィルムを、波長950~1700 nmに感度を持つインジウムガリウムヒ素 (InGaAs) 検出器を採用した近赤外線カメラで撮影した様子を示します。図2に示した透過スペクトルから予想されるように、ICO:Hフィルムでは透光性が高く、フィルム越しに裏面の文字が明瞭に認識できます。一方、市販のITOフィルムの場合では、近赤外線の透光性が低いために、近赤外線カメラ画像では黒く着色して視認性が著しく低下していることが分かります。
図4 フォトダイオードによる近赤外光信号評価
図4は、波長1550 nmの発光ダイオードの光を、試料越しにフォトダイオードで受光した際の電圧シグナルの評価結果を示します。発光ダイオードの光を直接受光した場合の82 mVと比較して市販のITOフィルム越しでは52 mVと電圧シグナルが37 %減衰しており、信号ロスが著しいことが確認できます。一方で、開発したICO:Hフィルム越しの電圧シグナルは77 mVで、信号ロスはわずか6 %でした。したがって、このフィルムを使うとより遠方からの微弱な信号を受信できるようになります。
※本プレスリリースの図1は原論文「Over 130 cm2/Vs Hall mobility of flexible transparent conductive In2O3 films by excimer-laser solid-phase crystallization」の図を引用・改変したものを使用しています。
従来材料と比べて透光性と導電性の高いフレキシブルフィルムを開発したことで、透明ヒーターやセンサー、フレキシブル太陽電池などを高機能化することができます。これを通じて、自動車産業向けの高機能化部材や、 IoT センサーなど国際的な競争が激しい製品開発に貢献します。開発した ICO:Hフィルムを用いて透明ヒーターやフレキシブル太陽電池を作製し、寒冷地等での過酷な使用環境下における実デバイスでの実証試験を進め、社会実装に向け取り組んでまいります。
産総研製造技術部門リマニュファクチャリング研究グループは、半導体真空プロセス技術、溶液プロセス技術、光照射技術などの異分野技術を融合し、高機能フレキシブルデバイスの開発と、開発した技術を企業へ橋渡しするために、サンプル提供や共同研究を通じ社会実装に努めていきます。
掲載誌:NPG Asia Materials
論文タイトル:Over 130 cm2/Vs Hall mobility of flexible transparent conductive In2O3 films by excimer-laser solid-phase crystallization
著者:Junichi Nomoto, Takashi Koida, Iwao Yamaguchi, Hisao Makino, Yuuki Kitanaka, Tomohiko Nakajima, and Tetsuo Tsuchiya