グラフェンは炭素原子が六角形の網目状につながった原子1個分の厚さの膜で、すでに防錆膜や酸化保護膜で実用化しているほか、次世代の電池や高速半導体デバイスへの発展が期待されています。このグラフェンの機能を制御するためには、グラフェンに他の元素を添加する「ドーピング」が不可欠です。従来手法では極めて薄いグラフェンにドーピングされた元素の量を測ることは難しく、ドーピング量と機能の変化を比較することは困難でした。
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター(兼多元物質科学研究所)の小川修一助教らの研究グループと日本原子力研究開発機構、産業技術総合研究所、静岡大学との共同研究チームは、放射光を利用した光電子分光法注1を用いてドーピングされたカリウムの量を測ることに成功しました。
研究成果は2022年9月12日(現地時間)にオランダ学術出版大手の専門誌「Applied Surface Science」にオンライン掲載されました。
グラフェンは炭素原子が六角形の網目状につながった原子1個分の厚さの膜で、保護膜や電池の電極など様々な分野での利用が検討されています。グラフェンの機能を制御するためには、グラフェン中に他の元素を添加する「ドーピング」が不可欠です。グラフェンへのドーピングはプラズマの利用や、水溶液中へのグラフェンの浸漬などの手法がありますが、このとき「どのくらいの量の元素がドーピングされたのか?」が問題となります。ドーピングされた元素(ドーパント)の量を求めることはグラフェンの機能の評価に大切です。従来はホール効果測定などによるキャリア密度測定注2を通じてドーピング元素の濃度を間接的に求めていました。しかし、効率的なドーピングを行うためには活性化していないドーパントの量も併せて計測できるドーパント濃度測定手法の開発が要望されていました。特にグラフェンへの簡便なドーピング手法として着目されている「水酸化カリウム水溶液浸漬法注3」ではドーピングされるカリウム濃度が少ないことに加え、グラフェンは原子1層しかないため、従来の分析方法でドーピング量を正確に測定することは難しい課題でした。
本研究では大型放射光施設SPring-8注4の高輝度放射光を利用した日本原子力研究開発機構専用ビームラインBL23SUの光電子分光法によってグラフェンに含まれるカリウムの濃度を求めました。また、リアルタイム光電子分光法という化学状態変化を追跡する測定法を活用し、放射光照射中のカリウム濃度の時間変化も観察しました。光電子分光法は放射光を利用しなくても測定可能な方法ですが、放射光を利用することでカリウムのような微量な元素も測ることができるようになります。測定で得た実験結果に対してAI化された新しい自動解析方法を適用することで、カリウムの濃度を明らかにしました。
本研究において、カリウムドープグラフェンに放射光を照射するとグラフェン中のカリウムの濃度が減少することを発見しました。これはカリウムが光刺激脱離によってグラフェンから抜けていると考えられます。カリウムの濃度とグラフェンの状態を対応づけるためには、従来はカリウム濃度を変えた複数の試料を準備しなければなりませんでした。ところがSPring-8の高輝度放射光による光刺激脱離過程をリアルタイム光電子分光法で追跡し、得られた結果をAIで自動解析することで、ひとつだけの試料からカリウム濃度によって変化するグラフェンの状態を明らかにすることができました。その結果、カリウム濃度に依存してグラフェンに含まれる電子の量も変化していることがわかり、確かにカリウムがグラフェンのドーパントとして機能していることが確かめられました。これらの結果から、「水酸化カリウム水溶液浸漬法」では、グラフェン1層に約1%のカリウムがドーピングされることが明らかとなりました。このうち、約1/8のカリウムがグラフェンに電子を供給し、グラフェンの機能制御に寄与していることがわかりました。
本研究によって、グラフェンに含まれる微量なカリウムの量を測る手法が確立され、これにより、グラフェンにドーピングされた不純物のうち活性化しているカリウムの割合も明らかにすることができました。この手法を活用し、より効率的なドーピング方法を開発することによって、カリウムドープグラフェンの燃料電池の電極や透明電極、高速動作半導体デバイスなど様々な分野に応用が期待されます。応用先によってカリウムの量を変える必要がありますが、微量のドーパント量を測るこの手法は2024年の利用開始に向けて仙台市で建設中の次世代放射光施設「ナノテラス」注5でも利用可能であり、今後グラフェンのさらなる応用に向けた研究の進展が期待されます。
本研究は科学研究費補助金(17KK0125、20H02191、20K05338)と「物質・デバイス領域共同研究拠点」の共同研究プログラム助成、前川報恩会学術研究助成、ならびに日本原子力研究開発機構において挑戦的な課題を対象とした萌芽研究制度の支援を受けて行われました。
タイトル:Evaluation of Doped Potassium Concentrations in Stacked Two-Layer Graphene using Real-time XPS
著者:Shuichi Ogawa(東北大学), Yasutaka Tsuda(日本原子力研究開発機構), Tetsuya Sakamoto(日本原子力研究開発機構), Yuki Okigawa(産業技術総合研究所), Tomoaki Masuzawa(静岡大学), Akitaka Yoshigoe(日本原子力研究開発機構), Tadashi Abukawa(東北大学), Takatoshi Yamada(産業技術総合研究所)
掲載誌:Applied Surface Science
DOI:10.1016/j.apsusc.2022.154748