国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 官能基変換チーム 川波 肇 上級主任研究員と、化学プロセス研究部門 化学システムグループ 小平哲也 上級主任研究員は、筑波大学大学院数理物質科学研究群化学学位プログラム 李日升(博士後期課程)と共同で、気泡が発生する化学反応の進行過程でも反応溶液の安定した分光測定ができる新しい手法を開発しました。
水素は化石燃料に代わるエネルギー源として注目されています。そのままでは輸送効率が低いため、一度ギ酸に変換して輸送する手法が研究されています。ギ酸から水素を再生するには、高効率・長寿命の触媒が必要です。この研究では、水中の反応時に生成するガス(水素、二酸化炭素)の存在で、紫外線や可視光などによる測定方法で反応過程を観察することは困難でした。
気体と液体が混合した反応溶液を高速でかき混ぜると、気体と液体の密度の違いによる遠心力の差で、それぞれが速やかに分離されます。今回、この現象を利用することで、ギ酸の脱水素化で水素を発生する反応溶液の紫外可視拡散反射スペクトルの測定について、気体の存在による測定時のノイズを大幅に減らすことができました。さらに長時間にわたるスペクトルの時間的変化を高精度で安定的に測定できるようになりました。
本技術は、さまざまなガス生成反応での触媒性能の評価や反応速度の検討などに適用ができます。
なお、この技術の詳細は、2022年9月17日(英国時間)に「Chemical Communications」に掲載されます。
国内では2030年までに全需要電力の1%(94億kWh)が、水素やアンモニアによる発電で担う計画です(第6次エネルギー基本計画より)。私たちはこれら水素の需要に向けてギ酸を水素キャリアとする技術開発を進めて来ました。そのような中、ギ酸から水素を取り出す際に、ポンプ等の圧縮を必要とせず、化学反応のみで高圧の水素と二酸化炭素を得る技術を開発し、さらに高圧下での連続した水素と二酸化炭素の分離技術も開発してきました。一方、ギ酸を水素キャリアとして社会実装するためには1年以上活性が維持されるギ酸脱水素化用触媒の長寿命化が求められます。触媒の改良のためには、ギ酸から水素を生成する反応メカニズムの詳細な解明が必要です。しかし、反応時に生成する水素や二酸化炭素のようなガスが影響して、分光学的測定を使うことが難しく、触媒の劣化機構の解明などが、進んでいませんでした。
産総研は、ギ酸を水素キャリアとして活用した高効率の水素製造システムの研究開発を進めており、高活性なギ酸脱水素用触媒(2012年3月9日 産総研プレス発表)や、低コストで高圧水素を製造する技術(2015年12月11日 産総研プレス発表)などを開発してきました。さらに水素キャリアシステム構築に向けて海外の研究機関とも基礎研究で積極的な連携を行っています(2017年12月15日 産総研お知らせ)。今回、この技術開発の中でギ酸からの水素製造時の触媒反応メカニズムを解明するための新しい分光測定技術を開発しました。
ギ酸を用いた水素製造技術の開発では、生成ガスの影響で反応状態を調べるための分光測定が困難でした。つまり、測定に使うプローブ光が溶液中の生成ガスで散乱されるため、従来、十分な強度で安定したシグナルを得ることが困難でした(図1)。そこで、生成ガスを反応溶液から分離し、安定したシグナルを得るための簡単で効果的な方法を考案しました。
図1 従来の分光法(透過法)による紫外可視スペクトル測定での問題点
今回の技術開発の発端は、この生成するガスが混合した懸濁液を円筒状のセル内で高速でかき混ぜると、ガスと液体の密度の違いによる遠心力の差で、ガスは容器の中心部分に、液体は容器の外周部分にと速やかに分離されることを発見したことです(図2)。そして、分離された液体に光散乱剤として高純度のα-アルミナを適量添加して、プローブ光を照射したときに十分な散乱光が得られるように調整し(図3)、さらに得られた散乱光を凹鏡で集光することで、十分な強度を持つ安定したシグナルを検出し、高いS/N比の紫外可視拡散反射スペクトルを得ることに成功しました。この手法を用いてギ酸の脱水素反応の活性化エネルギーを求めたところ、従来のガス流量計で測定した値(71kJ/mol)に対して、若干低いエネルギー値(69kJ/mol)が得られました。例えば羽根車式のガス流量計によるガス発生量を検出では、羽を回すための圧力損失など機械的なロスを伴います。一方で本技術は、それらの影響を受けないためより正確な値が得られたことになります。
図2 発生したガスを高速にかき混ぜると中心に集まる様子
動画1:発生したガスを高速にかき混ぜると中心に集まる様子
図3 アルミナを入れたときの様子
この技術で、気泡が発生する化学反応でも、反応溶液を円筒状のセル内で高速にかき混ぜることで、ノイズが少なく安定した紫外可視拡散反射スペクトルの連続測定を実現しました。本技術は、さまざまなガスが生成し従来リアルタイム測定が困難であった反応での触媒性能の評価や反応速度の研究などに利用できます。
※本プレスリリースの図2と図3は原論文「In situ observation of the formic acid dehydrogenation using an ingenious UV-Vis-diffuse-reflectance spectroscopy system」の図を引用・改変したものを使用しています。
この分光技術の高い汎用性から、赤外分光法やX線分光法などのさまざまな分光法に適応し、未解決だった反応機構の解明に役立てて行きます。
また、技術を使ってギ酸の脱水素化反応時の詳細な反応機構の解明により、触媒の長寿命化を進めます。
高性能な触媒の開発を通じて、ギ酸を水素キャリアとする高効率なシステムの実用化、水素エネルギー社会の実現に貢献します。
掲載誌:Chemical Communications
論文タイトル:In situ observation of the formic acid dehydrogenation using an ingenious UV-Vis-diffuse-reflectance spectroscopy system
著者:Risheng Li, Tetsuya Kodaira, Hajime Kawanami