- 日光白根火山の噴火履歴と噴出物の分布を表現
- 三岳火山が数千年前に噴火していたことを発見
- ハザードマップ・避難計画策定に役立つ情報を提供
左:北西からみた日光地域の俯瞰図。右:日光白根及び三岳火山地質図
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 活断層・火山研究部門 草野有紀 主任研究員、及川輝樹 主任研究員、石塚吉浩 研究部門付、石塚治 首席研究員、山元孝広 招聘研究員は、栃木県日光市と群馬県片品村の境に位置する日光白根火山とその周辺地域の2万5千分の1火山地質図を刊行しました。
日光地域には、火山が生み出した自然とそれらへの信仰に基づく世界文化遺産が築かれました。ここは、年間のべ一千万人以上の観光客が訪れる国内屈指の観光・景勝地です。日光火山群の西側にある日光白根火山は、江戸・明治時代に噴火した記録をもつ活火山ですが、それ以前の時代におけるマグマ噴火の年代やその回数は明らかになっていませんでした。今回、山頂部をつくる最新の溶岩噴火の年代が約3千年前であり、同時に火砕流も発生していたこと、過去には爆発的なマグマ噴火も繰り返し発生していたことが、新たにわかりました。この日光白根火山には、少なくとも15個の火口があり、江戸・明治時代にこれらから噴火が発生したことが明らかです。また、三岳火山は5~3千年前頃に噴火していたことも発見しました。本火山地質図は、噴火の影響が及ぶ範囲の予測の研究、観光産業、将来の噴火に備えるためのハザードマップと避難計画の策定および改訂に貢献することが期待されます。
地質図は地盤や地層の様子を表し、資源開発や防災、土木・建設、地球環境対策など、幅広い分野で基礎資料として利用されています。このうち火山地質図は、いわば過去の噴火災害の実績図であり、火山噴出物や噴火口の分布、火山噴出物の層序などを表しています。過去の噴火履歴を探るための学術資料としてだけでなく、将来の噴火災害のリスクを評価するための資料としても重要です。
栃木県西部と群馬県の一部を含む日光地域は、日光国立公園の南部地域に相当します。この地域には3万年以内に活動した火山として、東から男体山、三岳、日光白根山があります。これらの麓にある湯元温泉、戦場ヶ原から竜頭滝へのハイキングコース、スキー場などは、年間を通じてのべ一千万人が訪れる日本有数の観光地です。首都圏からも目立って見える男体火山は、最新の噴火が約7千年前であることが確認されたことから、2017年に活火山に認定されています。関東地方最高峰(2578 m)の日光白根火山は唯一噴火記録をもち、今後も噴火する可能性が最も高い火山です。しかし、標高が高いために徒歩での調査に限られることと、異なる年代の火山噴出物であっても特徴が相互に似ていることから、その噴火史は詳しくわかっていませんでした。
1873年および1889~90年に発生した日光白根火山の噴火により、栃木県側に火山灰が降り、群馬県側にラハールが流れ下ったという記録があります。2011年の東北地方太平洋沖地震後、日光白根山では地震活動が活発化しており、気象庁によって24時間の観測が行われています。過去の研究によって、約6千年前から降下火砕堆積物を噴出していると考えられてきましたが、その山体を形成したマグマ噴火の年代と噴火様式は詳しくわかっていませんでした。また、湯元温泉の東側に隣接する三岳火山についても、その噴火年代は不明でした。そこで、産総研地質調査総合センターでは日光地域の地質調査を実施し、「日光白根及び三岳火山地質図」を刊行するに至りました。
日光白根火山および三岳火山を構成する噴出物の詳細な分布やそれらの層序の地質調査を行うとともに、戦場ヶ原を含めた麓の地域でも調査を進め、主な噴出物については放射性炭素年代測定により噴火年代を特定しました。
今回、日光白根山頂部をつくる白根山溶岩(図1)の噴火は約3千年前で、その噴火に伴って火砕流が発生していたことが新たに明らかになりました。火砕流による堆積物は日光白根山の西側の谷沿いで確認でき、この中に含まれる炭化した木片の放射性炭素年代により、噴火年代を決定しました。
また、7.6千年前~3千年前の間に、白根権現火砕丘や五色沼火砕丘などをつくる爆発的なマグマ噴火を少なくとも3回起こしていたことがわかりました。本研究では降下火砕堆積物の構成物を詳しく顕微鏡観察し、これまで知られていた石質の降下火砕堆積物と火砕丘が同時期に噴出したものであることを岩石学的に明らかにして、噴火年代と噴火様式を解明しました。
図1 五色山から見た日光白根火山と五色沼
さらに、近年整備されつつある空間分解能の高いデジタル標高モデル(DEM)を活用し、それに基づいた地質調査により、植生に覆われた地域の火口の分布も詳細に把握することができました。その結果、白根山およびその北にある座禅山の山頂部には、少なくとも15個の火口が確認されました(図2)。その中でも白根山溶岩の表面に形成された火口a~fは、6世紀以降、明治時代まで繰り返しているマグマ水蒸気噴火および水蒸気噴火の火口と考えられます。火口位置を明確に示したことで、噴火の影響範囲の予測精度が向上し、その結果を防災対策に役立てることができます。
図2 白根山山頂付近の火口分布と噴火年代
日光白根火山は、溶岩や溶岩ドームを噴出する比較的穏やかな噴火、もしくは歴史記録にあるような山頂部での水蒸気噴火を繰り返してきたと考えられていました。しかし、われわれが発見した爆発的マグマ噴火や火砕流の発生実績は、噴火時の火山災害の想定や避難計画の策定などで考慮すべき事柄であり、防災上重要な知見です。
三岳火山は、湯元温泉に隣接し、南北に並んだ光徳溶岩と刈込湖溶岩の2つの溶岩ドームからなります(図3)。今回、これら以外に少なくとも1層、層厚約30 cmの降下火砕堆積物の存在が明らかになりました。3つの噴出物のうち光徳溶岩と降下火砕堆積物は、5.6千年前以降3.5千年前までにそれぞれ噴出したものであることがわかりました。この結果、三岳火山は、周辺の日光白根火山や男体火山とともに活火山の条件を満たすことが明らかになりました。
図3 戦場ヶ原より三岳火山を望む
なお、「日光白根及び三岳火山地質図」のデータは、作成段階から日光白根山火山噴火緊急減災対策砂防計画検討委員会(国交省)に提供され、日光白根火山減災対策(平成31年3月)を策定する際、噴火シミュレーションのための基礎資料として活用されています。
「日光白根及び三岳火山地質図」は、産総研が提携する委託販売先(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で印刷物を入手できます。デジタルデータ(火山地質図のラスターデータおよび解説文)も本日より地質調査総合センター地質図カタログのウェブサイトからダウンロード可能です(https://www.gsj.jp/Map/JP/volcano.html)。
引き続き、常時観測火山を対象として火山地質図を刊行し、活火山地域の防災・減災および噴火予測に貢献していきます。