- 酸化スズナノシートのナノ構造を制御することでストレスガスを選択的に検知できるセンサーを開発
- 機械学習によるデータ解析法を開発し、センサーアレイでストレスガスの識別を実現
- ストレスケアなどの健康管理に貢献
開発技術により可能になった、ストレスガス測定によるストレスのモニタリング
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)【理事長 石村 和彦】極限機能材料研究部門【研究部門長 藤代芳伸】電子セラミックスグループの崔 弼圭研究員、増田 佳丈研究グループ長は、緊張によるストレスで皮膚から発生するガス物質(ストレスガス)であるアリルメルカプタンを識別できるセンサーアレイを開発しました。
産総研が過去に開発したナノシート状酸化スズ粒子(酸化スズナノシート)を元に、ストレスガスに対して優れた応答性と高いガス選択性を示すセンサー感応膜を開発しました。さらに、ストレスガスを他のガスから識別するために、ガス選択性の異なる4種類のセンサー感応膜を組み合わせたセンサーアレイを開発しました。センサーアレイからの応答値を機械学習の一種である主成分分析(principal component analysis; PCA)により解析する技術と組み合わせることで、開発したセンサーアレイはストレスガスを他のガスから識別可能であり、かつリアルタイムでのモニタリングにも活用できる長時間の安定性も示しました。緊張によるストレスで皮膚から発生するガスを検知できる技術として、ストレスケア分野での貢献が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2022年8月25日(イギリス時間)に「Scientific Reports」に掲載されます。
コロナ禍における社会環境の大きな変化を余儀なくされる中、ストレスケアに対するニーズが高まっています。緊張等で皮膚からストレスガスが発生し、その成分としてアリルメルカプタン、ジメチルトリスルフィド、などが知られています。これらの発生を日常的に監視することで、健康状態の把握や疾病の予防に役立つと期待されています。しかし、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)や濃縮装置を併用した従来の分析法は大型の装置が必要であり、測定時間も長いためリアルタイム計測ができません。このような背景の元産総研では、小型で持ち運びができ、住宅や車内など誰もがどこででも使えるガスセンサーデバイスに注目しました。
産総研 電子セラミックスグループでは、主に低濃度の揮発性有機化合物(VOC)を対象とした半導体式ガスセンサーのセンサー材料やデバイスの開発を中心に取り組んできました。特に、酸化セリウムナノ粒子を用いて揮発性硫黄化合物(VSC)用のガスセンサーを開発し、口臭・歯周病向けの歯科用センサーとして実用化しました。また、肺がん判定指標となるバイオマーカーガスであるノナナールガス向けのガスセンサーとして、酸化スズナノシートからなるセンサー感応膜を用いたガスセンサーを開発しました。開発したセンサー感応膜は優れたガス応答特性を示すと共に、この特性がガス反応性の高い酸化スズナノシートの表面構造等に起因することを明らかにしました。今回はこの技術を元に、皮膚ガス測定によりストレスケアに活用できるポータブルガスセンサーデバイスを目指して、ストレスガスを検知し、かつ他のバイオマーカーガスの中から識別できるセンサーアレイの開発に取り組みました。
酸化スズで構成されるセンサー感応膜のナノ構造を制御し、ストレスガスを高感度で検知できるガスセンサーを開発しました。具体的にはまず、結晶の成長時間を変えることにより、酸化スズナノシートのサイズを4種類変化させたセンサー感応膜をそれぞれ作製しました(図1)。この内、酸化スズナノシートの成長が最も初期段階にあるセンサー感応膜(図1左上)が、ストレスガスであるアリルメルカプタンに対して優れたセンサー応答値(約50 ppmで約80)を5秒以内の早い応答速度で示しました。ストレスガスの濃度変化に対するセンサー応答値の測定により、検出限界は約200 pptと算出されました。さらに同濃度の他のバイオマーカーガスに対するセンサー応答値は20程度であり、開発したセンサー感応膜がストレスガスに対する優れたガス選択性を有することが明らかになりました。
図1 (a)サイズの異なる酸化スズナノシートで構成される4種類のセンサー感応膜表面を観察した電界放出型走査電子顕微鏡像。
(b)感応膜の断面を観察した透過型電子顕微鏡像の一例。
ストレスガスを他のバイオマーカーガスから識別するため、作製した4種類のセンサー感応膜を組み合わせたセンサーアレイを開発しました。開発したセンサーアレイを用いて、ストレスガスおよび各種バイオマーカーガスに対する4種類のセンサー応答値をPCAにより解析しました。PCAで得られた第一主成分と第二主成分のプロットにより(図2(a))、ストレスガスは他のバイオマーカーガスとは明確に異なる領域にプロットされました。これにより、開発したセンサーアレイはストレスガスを識別できることが明らかとなりました。
開発したセンサーアレイにより、ストレスガスをリアルタイムで識別できることを示すために、測定ガスを空気からストレスガスに変化させた際のセンサーアレイからの応答値をプロットしました(図2(b))。その結果、センサーアレイからの応答値は5秒以内に大きく変化し、かつストレスガス中でも安定した応答値を示しました。これにより、開発したセンサーアレイを用いて、ストレスガスをリアルタイムで識別(モニタリング)が可能であることが示されました。
図2 (a)各種ガスに対するセンサーアレイからの応答値を主成分分析した結果。
(b)測定対象ガスを空気からストレスガスに変化させた際の、センサーアレイ応答値の時間変化(赤い●印、5秒間隔で測定)。
皮膚ガス中に含まれるストレスガスをモニタリング可能なセンサーデバイスの開発を行います。本技術を実用化することによりストレスケアなどの健康管理に貢献します。
※本プレスリリースの図1と図2は原論文「Nanosheet‑type tin oxide gas sensor array for mental stress monitoring」の図を引用・改変したものを使用しています。
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Nanosheet-Type Tin Oxide Gas Sensor Array for Mental Stress Monitoring
著者:崔 弼圭、増田 佳丈