- 市販の材料を塗布・加熱するだけで成膜可能
- 防曇機能により、高温環境でのレンズやガラスの視認性が向上
- 太陽光パネルなどの効率低下の抑制に貢献
今回開発した技術の概要とナノコンポジット皮膜の機能
※A. Hozumi et al. Langmuir 2022(文献1)より図を改変して掲載。
Copyright 2022 American Chemical Society.
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 (以下「産総研」という) 極限機能材料研究部門 材料表界面グループ 佐藤 知哉 主任研究員、穂積 篤 研究グループ長は、防曇性が長期間持続し、傷が素早く自己修復する透明皮膜を簡便に作製する手法を開発しました。これは、産総研が独自に開発してきたナノコンポジット材料に対し、組成と作製プロセスを改良した手法です。市販の原料を最適組成で混合するだけの極めて簡便な手法で作製が可能な上、これまで24~48時間かかっていた物理的な傷の自己修復を3時間まで短縮することができます。
この技術により、レンズやガラスといった透明基材の曇りを長期間、抑制することが可能になり、使用者の視認性/安全性の向上や医療/分析機器、センサー、太陽光パネルなどの効率低下を防ぐ効果が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2022年8月3日 (米国東部標準時間) にアメリカ化学会から発行されている学術誌「Langmuir」(文献1)に掲載されました。
ガラスやプラスチックなどの透明基材は、高湿度環境下において急激な温度変化にさらされると、表面に水滴が形成され、光の散乱による“曇り”が発生 (以下、「曇化」という) します。曇化は、自動車や建物の窓ガラスおよび透明冷蔵庫の視認性の低下、あるいは医療/分析機器やセンサーおよび太陽光パネルなどの効率低下の原因になります。最近では、感染症予防のためのマスク着用による眼鏡レンズの曇化も身近な問題になっているため、曇化を抑制する技術 (防曇処理) の開発が望まれています。
これまでの防曇処理の例として、紫外線照射によって表面が超親水化する二酸化チタン (TiO2)、無機系 (SiO2、ZnO) や有機系 (界面活性剤や水溶性高分子など) の親水性素材を表面に塗布する手法が提案されています。しかし、これらの表面の多くは、ひび割れや擦れなどの物理的な損傷によって機能が失われてしまう問題がありました。
産総研では、上記課題の克服を目指し、新しい防曇処理技術の開発に取り組んできました。これまでに、水溶性高分子であるポリビニルピロリドンとアミノプロピル基で表面修飾したナノスケールの人工粘土粒子を相互作用 (静電相互作用と水素結合) を介して複合化させた透明ナノコンポジットを開発しています。このナノコンポジットを用いて作製した皮膜には、超親水性、防曇性、自己修復性、抗菌/カビ性、水中超撥油性といった多くの優れた機能があります (2016年10月07日 産総研プレス発表)。また、基材の前処理、各種機能分子の添加により、当該皮膜の機能強化 (密着性、水中安定性、防汚性 (はつ油性) 付与) や、大面積基材に適した成膜技術の開発にも成功しています。
しかし、従来技術では、粘土粒子をあらかじめシランカップリング反応により表面修飾し、精製・回収した後、ポリビニルピロリドン中に分散し複合化する必要がありました。そのため、作製に数日以上かかり、効率が悪く、実用性に課題が残されていました。また、皮膜の架橋には、水素結合よりも強い相互作用である静電相互作用が主として働いているため、自己修復に24~48時間もかかっていました。
そこで今回、われわれは、工業的に用いられているインテグラルブレンド法に注目しました。この手法は、シランカップリング反応による無機フィラーや微粒子表面の修飾と高分子中へのそれらの均一分散を同時に行うため、コンポジット材料を短時間で簡便に作製することができます。この手法を採用することで、人工粘土粒子の前処理が不要となっただけでなく、シランカップリング剤の添加量を調整するだけで、皮膜中の水素結合と静電相互作用との比率を任意に制御できます。新たに開発した皮膜では、水素結合の比率を増加させることで、3時間程度で物理的につけた傷がふさがり、自己修復にかかる時間を大幅に短縮することが可能になりました。
今回開発した技術では、いずれも市販品である、ポリビニルピロリドン、人工粘土粒子、アミノ基含有水系シランカップリング剤を水中で同時に混ぜて得られる前駆溶液を基材上にスピンコートし、加熱・乾燥するだけでナノコンポジット皮膜を作製することができます。この技術は、原料を混ぜるだけという簡便さに加えて、使用するポリビニルピロリドンの分子量やシランカップリング剤の添加量などを任意に変更できるといった利点があります。
適当な組成、例えば、シランカップリング剤の添加量を1 wt%程度にした組成で作製したナノコンポジットは、可視光を90%以上透過できる優れた透明性を示すため、各種の無機・有機基材に対し、意匠性を損なうことなく成膜することが可能になりました (図1)。また、密着性も良好です (ISO 2409およびJIS K 5600-5-6クロスカット法による剥離なし)。
図1 開発したナノコンポジット皮膜で被覆した各種有機/無機基材の外観
さらに、このナノコンポジット皮膜は、過酷な環境下でも優れた防曇性を発現しました。最適組成のナノコンポジット皮膜を被覆したスライドガラスは、冷却後、高湿度の空気 (図2a) や加湿器から出る高湿度空気に暴露した場合 (図2b) でも、全く曇りを生じませんでした。これは、皮膜が水蒸気を瞬時に吸収し、曇化の原因となる水滴の形成を抑えたためです。この優れた防曇性は、スライドガラスを高温高湿度の空気に暴露し続けたり (図2c)、高湿度の環境下に静置し続けたりした場合 (図2d) でも、長期 (7日間) にわたり持続することを確認しています。
図2 さまざまな環境下でのナノコンポジット皮膜によるスライドガラス防曇性
(a) 冷蔵庫で4 ℃に冷却した後、高湿度空気 (室温、相対湿度60%以上) に暴露、 (b) 加湿器の噴出孔付近で高湿度の空気 (室温、相対湿度80%以上) に10秒間暴露、 (c) 高温高湿度空気 (ビーカーに入れた80 ℃のお湯の直上、約50 ℃、相対湿度80%以上) に一定時間暴露、および (d) 高湿度環境下 (加湿器を設置したグローブボックス内、室温、相対湿度80%以上) に7日間静置
さらに、このナノコンポジット皮膜は、高い吸湿性・膨潤性を有する上、高湿度環境に放置するだけで物理的な傷を素早く自己修復します。従来の皮膜 (膜厚:約700 nm) では、外科用メスによってつけた傷 (最大幅で約30 μm) の自己修復に24~48時間かかっていました (図3a上)。一方、今回新たに開発したコンポジット皮膜 (膜厚:約700 nm) では、わずか30分で傷がほとんどふさがり、3時間で元通りになりました (図3a下)。
従来は、皮膜中の架橋を担うのは静電相互作用が主でしたが、この静電相互作用は水素結合よりも強い結合であるため、自己修復に時間がかかっていました。今回開発した技術では、原料を最適組成で混合するだけで、皮膜中の各成分同士が弱い相互作用 (主に水素結合) によって結びついているため、自己修復にかかる時間を大幅に短縮することが可能です。この優れた自己修復性は、1) 空気中からの水分の吸収による皮膜の膨潤・表面移動、2) 接触界面における各成分の相互拡散、3) 膜中の相互作用の再形成により生じたものと推測しています (図3b)。現在までに、この自己修復性が、繰り返し持続することや、
落砂試験によるふぞろいな傷 (数十 μm以下、表面を粗化させ透過特性を低下させる) に対しても有効であることを確認しています。
図3 (a) 従来技術(上)および新技術(下)で作製したナノコンポジット皮膜の表面につけた傷の修復過程を示す光学顕微鏡像
および (b) ナノコンポジット皮膜の自己修復推定メカニズム
今後の予定
今後は企業と連携して、開発したナノコンポジット皮膜の硬度・耐久性・密着性などの機能を強化していきます。また、前駆溶液の安定性の評価、皮膜の安全性の確認、大面積基材や曲面基材に適した塗装方法などを検討し、連携後3年以内の実用化を目指します。
論文情報
掲載誌:Langmuir
論文タイトル:Transparent Composite Films Showing Durable Antifogging and Repeatable Self-Healing Properties Based on Integral Blend Method
著者:Tomoya Sato, Asei Amano, Gary J. Dunderdale, Atsushi Hozumi
DOI:10.1021/acs.langmuir.2c01085