- 太陽電池材料であるCIS系薄膜を水分解水素生成に応用
- CIS系のワイドギャップ材料に特化した界面改質手法を開発
- 可視光で水を分解する光電極の性能向上を達成
CIS系薄膜材料の太陽電池および水分解水素生成への応用
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門 石塚 尚吾 首席研究員と甲南大学 池田 茂 教授は、太陽電池として有望なCIS系材料であるCuGaSe2のp-n接合界面制御手法を開発し、太陽電池と水分解水素生成光電極という異なるエネルギー変換デバイスにおいて、同じCuGaSe2を用いてそれぞれの性能を向上させることに成功しました。
この成果は、これまで主に太陽電池として用いられてきたCIS系材料が、光電気化学セルによる水分解水素生成にも有望であることを示すもので、CIS系をはじめとする多元系化合物薄膜材料を用いた、新たなエネルギー変換技術への展開が期待されます。ワイドギャップCIS系材料による太陽電池や光電気化学セルでは、高性能化が困難でしたが、今回開発した界面改質手法によって性能向上を実現しました。
なお、この成果の詳細は、2022年8月2日(ドイツ時間)に「Advanced Materials Interfaces」に掲載されます。
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて二酸化炭素(CO2)の排出量削減を目指す中で、再生可能エネルギーの普及に期待が高まっています。特に、太陽光発電と水素エネルギーへの関心は高く、世界中で関連技術の研究開発が行われています。近年、主流である結晶シリコン系太陽電池とは異なるさまざまな太陽電池が提案されており、中でもCIS系太陽電池は、高い光電変換効率と優れた長期信頼性などの特長で知られています。また、CIS系材料は、薄膜材料という特長を活かして、エネルギー変換デバイスの軽量化や柔軟性を持たせることなども可能です。禁制帯幅の広いワイドギャップCIS系材料は、安価な次世代タンデム型太陽電池の実現を目指す上で、波長の短い青色光を吸収するトップセル材料として、特に注目されています。
一方、光電気化学的手法による実用的な水分解水素生成では、実現に必要な性能、安定性、コストなどの条件を満たす理想的な光電極材料の開発が課題です。
産総研は、CIS系太陽電池において、高効率化基盤技術を中心に、軽量フレキシブル型やタンデム型への応用に向けた開発に取り組んでいます。特に、ワイドギャップCIS系材料は、短波長光を吸収するトップセル材料として有望ですが、単接合型太陽電池で用いられるナローギャップCIS系とは異なり、欠陥や物性の制御、高性能化が困難でした。そのため、ワイドギャップCIS系太陽電池の性能の改善は重要課題となっています。
また、水分解水素生成には、理論分解電圧1.23 Vに過電圧分を加えた電圧が必要です。その実現には、広い禁制帯幅(ワイドギャップ)を有する光電極材料が求められます。ワイドギャップCIS系材料の一つであるCuGaSe2は約1.7 eVの禁制帯幅を有します。そのため、タンデム型太陽電池のトップセルだけでなく、水分解水素生成セルの用途でも有望視されています。しかし、光-水素変換効率を示す指標であるHC-STH効率(Half-cell solar-to-hydrogen)は、これまで1%程度にとどまっていました。CuGaSe2を水素生成セルの光電極(カソード)に用いても、実用化を議論できるほどの変換効率は得られていませんでした。これに対し、産総研と甲南大の研究グループは、今回の技術の前段階となるCuGaSe2製膜技術の改善により、飛躍的な性能改善に成功し、水分解水素生成セルで6%を超えるHC-STH効率を達成していました。
なお、今回の研究開発は、日本学術振興会科学研究費助成事業(19H02822、19K05282、20H05120)、および一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「クリーンエネルギー分野における革新的技術の国際共同研究開発事業/CO2大幅削減に資する革新的部材開発/CIS系タンデム太陽電池要素技術の国際共同研究開発(2021~2023年度)」、甲南学園平生太郎基金科学研究奨励助成金、および木下記念事業団による支援を受けて実施されました。
今回の技術では、銅(Cu)欠乏層形成やアルカリ金属添加などを制御することにより、CuGaSe2薄膜の表面部分における界面改質を考案し、p-n接合界面付近のキャリア再結合を抑制する手法の開発に至りました。CIS系太陽電池では、アルカリ金属を添加することで性能が飛躍的に向上することが知られており、これは通称「アルカリ金属効果」と呼ばれています。この効果を得るため、従来のナローギャップCIS系太陽電池では、CIS系薄膜の製膜後に、製膜時の基板温度(550℃程度)よりもやや低温(350℃程度)でKFやRbFなどのアルカリ金属ハロゲン化物を薄膜表面に照射供給する手法が一般的に用いられています。しかし、欧州の研究機関が開発したこのポストデポジショントリートメント(PDT)法は、ワイドギャップCIS系では有効性が低く、そのためワイドギャップCIS系に特化した、従来とは異なる性能改善のための技術が必要とされていました。
そこで、CuGaSe2薄膜において、PDT法のような製膜後のアルカリ添加ではなく、製膜終了直前の表面形成時に、CuGaSe2薄膜の構成元素であるGaやSeの供給と同時に、アルカリ金属ハロゲン化物を供給する手法を試みました。ワイドギャップCIS系太陽電池では、特に開放電圧と曲線因子の改善が重要課題でしたが、この手法により、これらのパラメータを改善できました(図1)。特に、ワイドギャップCIS系太陽電池の曲線因子は、これまで最高でも70%程度の報告にとどまっていましたが、今回、この手法を用いて74.6%まで向上できました。
図1 CuGaSe2製膜終了直前アルカリ添加によって改善した太陽電池パラメータおよび電流―電圧曲線
(反射防止膜なし、25℃、1 sun(AM 1.5 G)標準条件で測定)
また、CuGaSe2の化学量論組成よりもCuが欠乏した層を適度な厚さで表面に形成することにより、CuGaSe2太陽電池の開放電圧が改善できることも見出しました。Cu欠乏層の制御により、CuGaSe2太陽電池のインディペンデントリーサーティファイドエフィシェンシーとしては世界最高となる11.05%の変換効率を、高い開放電圧(0.960 V)と曲線因子(72.4%)を両立しながら得ることができました。その性能測定結果データシートを図2に示します。
図2 産総研再生可能エネルギー研究センター太陽光評価・標準チームによる測定結果。赤線が電流―電圧曲線(左軸)、緑線が電力-電圧曲線(右軸)を表す。
次に、太陽電池で用いたCuGaSe2薄膜を今度は光電気化学セルの光電極として構成しました。今回の、ほぼ中性(pH 6.8)の水溶液を用いて測定した水分解水素生成の性能は、図3に示されます。CuGaSe2製膜終了直前にアルカリ金属ハロゲン化物を供給する手法で作製した光電極を用いることで、8%を超える高いHC-STH効率が得られました。また、薄膜表面のCu欠乏層の厚さ制御による界面改質を行った光電極を用いることで、0.9 Vを超える大きなオンセットポテンシャルも得られました。これまで、ワイドギャップCIS系材料CuGaSe2薄膜を光電極とした水分解水素生成において、HC-STH効率は1%程度にとどまる報告が通例であり、8%を超える数値は世界最高水準となります。
図3 アルカリ添加およびCu欠乏層制御による界面改質CuGaSe2光電極の水分解水素生成性能。HC-STH効率は8%を上回り、0.9 Vを上回るオンセットポテンシャルも得られた。右上図はHC-STH効率導出に用いた断続光下測定電流密度-ポテンシャルプロット
※本プレスリリースの図1と図3は原論文「Advanced Materials Interfaces」に掲載された図を引用・改変したものを使用しています。
今後は界面改質だけでなく、ワイドギャップCIS系薄膜のバルク特性改善にも取り組み、太陽電池と光電気化学セルそれぞれにおいて、さらなる性能向上を図る予定です。タンデム型太陽電池用途としてはさらなる開放電圧や曲線因子の向上による高効率化を、また光電気化学セルでは、BiVO4などの光電極(アノード)との組み合わせによる外部電源供給を必要としない水分解水素生成デバイスのほか、CO2還元デバイスなどへの応用も目指しています。
掲載誌:Advanced Materials Interfaces
論文タイトル:Enhanced performance of ternary CuGaSe2 thin-film photovoltaic solar cells and photoelectrochemical water splitting hydrogen evolution with modified p-n heterointerfaces
著者:Shogo Ishizuka, Riku Okamoto, and Shigeru Ikeda