大量の軽石が大きな集団となって海面を漂う様子は、筏(raft)のようであることから、海外では軽石ラフト(pumice raft)と呼ばれています。昨年8月に福徳岡ノ場※1の海底火山が大噴火し、その際に生じた大量の軽石は約1300kmの距離をおおよそ2カ月間かけて漂流後、南西諸島に次々と漂着しました。北里大学海洋生命科学部と国立研究開発法人産業技術総合研究所環境調和型産業技術研究ラボ (E-code)の研究グループは、大量の軽石が海洋生物に与える影響を研究しました。国内では軽石ラフトが発生することは稀で、国際的にも、これまで軽石が沿岸の海洋生物に与える影響について研究報告はありませんでした。2021年に世界自然遺産に登録された沖縄県北部「やんばる国立公園」※2周辺の沿岸域を調査地にしました。この成果は2022年7月19日に英国のNature Publishing Groupのオープンアクセス誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【参考画像】 軽石で覆われた干潟でハクセンシオマネキが衰弱している様子
干潟の底質が砂泥から軽石に変化し、シオマネキが掘り進めた巣穴が軽石で塞がってしまった。片方の目柄(目の棒状の部分)が傾いたままで、甲羅も白から黄色に変色していることから、餌不足で力尽きてしまったようである (2021年11月2日:沖縄県国頭郡国頭村安田にて撮影)。
- 沖縄県北部の自然海岸に大量の軽石が漂着する様子を記録
沖縄県国頭郡国頭村【図1】の自然海岸、河川、マングローブ干潟【参考画像】を調査地とし、軽石ラフトが漂着した直後の沿岸の様子を記録しました【図2】。
- 軽石への生物付着が沖縄周辺で進む様子を報告
軽石に付着するエボシガイ※3の殻が数週間で大きくなる様子から、明らかな生物の付着現象は沖縄県周辺で始まったことを報告しました。微細な藻類が生きた状態で軽石表面に付着している様子も観察しました【図3】。
- 軽石が海洋生物に与える影響について報告
国頭村の辺土名漁港では養殖魚が死滅してしまうなど、養殖業に大きな影響がありました。濾過採食※4を行う一部の魚類では小さな軽石を適切に排出することができず、腸管やえらに軽石を詰まらせてしまうといった影響について報告しました。シオマネキ※5等、マングローブ干潟に生息する生物の生活にも軽石漂着は影響を与えました。
- 造礁サンゴへの影響
海面付近の浅場に生息する造礁サンゴ(以下、サンゴ)※6に、小さな軽石が当たっている様子を記録しました【図4】。サンゴ表面の軟組織に軽石が接触した場合は、少なからず物理的なストレスが発生していると考えています。軽石漂着量は徐々に減少しており、サンゴが光量の不足で死滅してしまう可能性は低いと考えています。
【図1】 福徳岡ノ場と沖縄本島の位置関係(左)と国頭村の調査地(右)
軽石ラフトは左図中の青矢印のように、西北西に向かって漂流した(左図)。海上の風の影響や、黒潮反流と呼ばれる弱い海流の流れにより軽石が次々と南西諸島に到着した。軽石の漂着経路に大きな島が存在していないことが特徴である。右図は沖縄県国頭村の主な調査地を示したもので、大浦湾のある名護市よりさらに北の国頭郡国頭村でフィールド調査を行った。
【図2】 風向きの変化で軽石ラフトが離岸する様子
一日で劇的に海岸の様子が変化する様子を記録した。左図は軽石ラフトが海岸に漂着している様子で、右図は定点観察にて海岸から離岸した直後のラフトを撮影したものである。この現象は、風向が沖合に向かう風に変わったことにより発生したようである。潮汐と風向の影響により、沖縄各地の海岸で軽石ラフトの漂着・離岸が繰り返されたと考えられる(国頭村佐手にて撮影)。
【図3】 軽石表面の微細藻類を可視化
軽石表面は、微細藻類などの目に見えない微生物の生息場所にもなる。左図の写真では生物の存在は分からないが、軽石に青色の光を照射すると、植物由来の特徴的な赤色蛍光を小さな輝点として観察できることが分かった(右図:微細藻類のクロロフィル蛍光※7)。
【図4】 波打ち際でサンゴに小さな軽石が当たっている様子
上の図は動画の一部で、小さな軽石がサンゴ周囲を波と一緒に素早く移動している。サンゴ骨格は柔らかい組織で覆われているため、軽石が接触した場合、小さな損傷は発生しそうである。実際に軽石がサンゴに与える影響は良く分かっていない。海外の研究事例では、軽石表面にサンゴが着底し、長距離で移動することが報告されている※8。サンゴの一斉産卵が夏季であるため、軽石が摩耗して小さくなった現在の沖縄の場合では、軽石にサンゴが付着する可能性は低い。
【図5】 軽石の上を走るヤンバルクイナ
早朝に軽石で覆われたマングローブ干潟を横断するヤンバルクイナの様子を動画撮影として記録した。ヤンバルクイナは捕食動物の少ない沖縄特有の自然環境から、日本国内で唯一の飛べない鳥へと進化したと考えられている。絶滅危惧IA類に指定されている希少種であるが、朝夕は活動が活発となり、沖縄北部の道路を横断することもある。ヤンバルクイナの多くは森の中に生息しているため、軽石の影響は無いと考えられる。
軽石は比較的浅い海底火山が爆発的に噴火し、その際に生じた溶岩が急激に冷やされることで形成されます。軽石漂着は自然現象ではあるものの、船の航行不可や故障など漁業や観光業といった人間活動に悪影響を及ぼしたことから、自然災害となります。
軽石ラフトの生態系に関する研究は海外で盛んに行われてきました。軽石ラフトは、大量の生物を軽石表面に付着させ、長距離(数千キロ以上)を移動するため、多様な付着生物の分散に貢献していると考えられています※8。このように、軽石ラフトが海洋生物の多様性に貢献するという研究報告は活発に議論がされてきました。
サンゴ礁の海が広がる沖縄の沿岸海域に大量の軽石が漂着したことは突然の出来事で、研究グループは手探りの状態で調査を開始しました。調査開始当初はニュースで一斉に報道され始めた頃で、軽石の漂着状況についても情報が少ない中、研究を行うことにしました。福徳岡ノ場は沖縄本島から東南東の方角に位置していることや、実際に沖縄県北部で軽石漂着量が多かったことを確認し、沖縄北部の沿岸を調査地として選びました。本研究では、軽石が大量漂着した直後の海岸と河川を含む沿岸域の生物影響に着目し、研究しました。
本研究では、軽石漂着の初期の様子を報告しました。これは海外の研究報告※8と大きく異なり、軽石の大量漂着で環境が変化したことにより、一過的に一部の海洋生物の生存が困難になることを報告しました。また、福徳岡ノ場の大量の軽石は、生物付着が進んでいない状態で沖縄に漂着したことも明らかにしました。理由としては、軽石ラフトが海底火山からが南西諸島まで移動した際に、その軌道上に大きな島が存在しないため、沿岸に生息する生物が軽石表面に付着できなかったことが挙げられます。また時間経過と共に軽石に付着したエボシガイ※3が成長して大きくなっていたことから、軽石表面に生息する生物は、沖縄県周辺で付着していると結論付けました。また、目に見える生物だけではなく、軽石には無数の微細藻類が生息していることも、本研究で明らかにしました。
大量の軽石漂着により、辺土名漁港の生け簀では養殖中のグルクマ(サバの仲間)が小さな軽石を飲み込み、腸内に軽石が詰まって大量死してしまいました。グルクマは濾過採食※4という餌食形態であるため、一部の魚種は異物となる軽石を自然環境下でも飲み込んでしまうようです。軽石漂着が魚類等の海洋生物に与える影響については、今後も研究が必要だと考えています。海面下では、軽石がサンゴに当たっている様子を撮影することに成功しました。このような物理的な接触は、表面に軟組織を持つサンゴにとってストレス要因になることも本論文で考察しました。
その他の例として、マングローブ干潟で、底質が砂泥から小さな軽石に変わってしまったため、シオマネキは餌食ができず、特に小さな個体は巣穴を掘ることができませんでした。軽石で覆われた干潟の上では、巣穴を巡って競争が起きている様子も動画で記録することができました。このように、軽石漂着により負の影響を受ける生物がいることも報告しました。
福徳岡ノ場の軽石が海洋生物に与える影響について、国内で研究が始まったばかりです。これまでの研究では、軽石が生物多様性に貢献しているという研究報告が注目されてきました。しかしながら、大量の軽石は沿岸の環境を大きく変えてしまうため、軽石漂着当初は、沿岸の生態系に一過性の影響を与えたのかもしれません。今後は、軽石ラフトが生態系に与える影響について、様々な視点から研究が促進されると期待しています。
例えば、軽石ラフトが形成後、軽石に生物が付着していく様子など、詳細は分かっていません。また、軽石は時間経過と共に小さくなり、やがて沈みますが、その過程で海上の波の影響や日光等の影響も考慮しなくてはならず、長期的な軽石の分散予測は難しい状況です。生物が軽石に付着し、その重さで沈んでいく可能性も報告されており、実際に軽石が沈む原因について、議論が続いています。今後は、軽石ラフトの軌道を追うことで、海洋生物がどのように生息場所を広げていくかといった、生物の分散メカニズムの解明にも貢献できるかもしれません。
軽石が海底に沈んでしまった場合など、長期的な視点からも軽石が海洋生物に与える影響についても分かっていません。現在では、南西諸島の沿岸を覆っていた軽石の漂着量は少なくなり、海岸や湾内に少量残っている状況です。今回の福徳岡ノ場の噴火では、大量の軽石は海洋に拡散してしまったのか、あるいは沈んでしまったのかといった検証も、今後、研究を進める上で検討する必要があると考えています。
軽石ラフトが沖縄に漂着当初は、沢山のメディアで「軽石問題」として報道されました。しかしながら、海底火山の噴火後の約2カ月間では、軽石ラフトの動向予測など、国内であまり情報共有ができていませんでした。今回の軽石漂着のように、被害予想の難しい自然災害に備えられるように、迅速なネットワークの構築も今後必要になるのではないでしょうか。ビーチなどではボランティアによる軽石除去作業も継続して行われています。軽石漂着はあくまで自然現象なので、撤去済みの軽石の適切な保管方法や埋め立てについても、今後の課題となりそうです。
論文名:Coastal ecological impacts from pumice rafts
邦題名:軽石ラフトによる沿岸域の生態系への影響
掲載紙:Scientific Reports
著 者:大野良和(北里大学)、井口 亮(産業技術総合研究所)、 飯島真理子(産業技術総合研究所)、安元 剛(北里大学)、鈴木 淳(産業技術総合研究所)
D O I :10.1038/s41598-022-14614-y
本プレスリリースの図は、原論文「Coastal ecological impacts from pumice rafts」の図を引用・改変したものを使用しています。
本研究は、(独)日本学術振興会(JSPS)の科研費(21J01671)、国立研究開発法人産業技術総合研究所・環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)の支援を受けて実施しました。