発表・掲載日:2022/06/23

IoT機器駆動に向けた微細化熱電素子を開発

-半導体微細加工でIoT機器駆動に必要な0.5 Vの壁を克服-


概要

  1. 国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、国立大学法人筑波大学の研究グループは、熱電変換物質の薄膜試料に半導体微細加工を施すことにより、多数のπ接合(図(a))からなる熱電素子の作製に成功し、IoT(Internet of Things)機器の駆動に必要な目安となる0.5 V以上の出力電圧を実現しました。
  2. IoT機器や電子素子の駆動電源として熱電変換モジュールを用いるためには、これらの一体化が必要となります。これまでバルク材料を用いた熱電変換モジュールが主流でしたが、モジュールの微小化や周辺電子素子との集積化に課題を抱えていました。熱電モジュール・素子は、一般的に小型化・微小化に伴いその出力電圧は低下し、その向上には多数のπ接合の形成が必要です。本研究では、多数の微小なπ接合を高い精度で作ることができる半導体微細加工技術により、熱電素子を試作しました。
  3. 本研究チームは、微小化に伴う出力電圧の低下を抑えるために、高い熱起電力と低い電気抵抗を示すMg2Sn0.8Ge0.2をp型層として用い、n型層形成には室温薄膜形成が必要であることからビスマス(Bi)を用いて、半導体微細加工技術により図(b)に示した高密度な平面π型熱電素子を作製しました。この熱電素子は、多数の微小なπ接合(36接合, 図(b))を作りつけることにより、IoT機器の駆動の目安となる0.5 V以上の出力電圧を実現しました。
    図

    図:(a) π接合の拡大図, (b) 半導体微細加工を用いて作製した熱電素子の写真.

  4. 本研究成果により熱電素子の微細化・微小化が可能になり、他の電子素子と融合することで、IoT機器等の新しい電子機器・素子の開発が期待されます。
  5. 本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 研究課題「磁性を活用した革新的熱電材料・デバイスの開発(研究開発代表者:森 孝雄)」(No. JPMJMI19A1)等の一環として行われました。
  6. 研究成果は、2022年6月18日に、「Materials Today Energy」にオンライン掲載されました(URL: https://doi.org/10.1016/j.mtener.2022.101075)。本発表の図の一部は原論文から引用し改変しています。

研究の背景

DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するために必須であるIoT(Internet of Things)は、急速にその普及が進んでおり、種々のIoT機器やそれを構成するための機器と素子の開発が盛んに行われています。このIoT機器が自立駆動するための電源やセンサー等への応用に、熱電変換(ゼーベック効果)[用語解説1]の利用が期待されています。固体物質に温度差が生じた時に発現する熱電変換は、熱エネルギーを電気エネルギーへ直接変換する物理現象であり、駆動部分が無いことから、長寿命、メンテナンスフリー、高信頼性等の種々のメリットが存在します。エネルギーハーベスティング[2]の社会的な需要も相まって、現在、熱電変換を応用したモジュールや素子の研究開発が活発に行われています。これまでの熱電変換モジュールの研究開発では、バルク材料を用いて作製される熱電変換モジュールが主流でしたが、IoT機器へ熱電変換素子を活用するためには、電子機器との集積化や他の周辺電子素子とのワンチップ化が必要となり、熱電素子の微小化と微細化が求められます。本研究では、微小化と微細化の実現に優れた半導体微細加工技術[3]を用いて、高密度な平面π型熱電素子[4]を試作しました。

 

研究内容と成果

これまでの薄膜試料を用いた熱電素子では、CMOS・MEMSプロセスに適合したSiGe系や、広く普及しているBi-Te系、Pb-Te系の熱電半導体が用いられてきました。本研究では、毒性の高い元素を含まない、低コストでかつ低環境負荷なII–IV族化合物熱電半導体[5]であるMg2Sn0.8Ge0.2をp型層材料として採用しました。近年、本研究グループにおいて、高い熱起電力と低い電気抵抗を示すMg2Sn0.8Ge0.2の薄膜試料の作製に成功しました。このMg2Sn0.8Ge0.2をp型層に、n型層には室温形成が可能なビスマス(Bi)を用いて、平面π型熱電素子を作製しました。Mg2Sn0.8Ge0.2(膜厚240 nm)は、高い結晶性と結晶配向性を有するエピタキシャル薄膜を、分子線エピタキシー法[6]によりサファイア(0001)単結晶基板上に形成しました。この薄膜試料を、クリーンルーム内で行うフォトリソグラフィ[7]とドライエッチング[8]により微細加工を行い、平面π型熱電素子を得ました(図(b))。p型層とn型層を接続する電極層には、密着性と機械的耐久性、温度変化の繰り返し耐久性を考慮して、Cr(10 nm, コンタクト) / Ni(100 nm) / Pt(10 nm, トップ)三層構造の電極を採用しました。試作した熱電素子には、IoT機器駆動に必要な出力電圧を得るために、12 mm角の領域内に、微細加工により36個のπ接合を形成しました。p型層とn型層の幅はそれぞれ150 µm、p型層とn型層間のギャップは20 µmとしました。

作製した平面π型熱電素子は、薄膜試料をベースとして作製される類似の熱電素子と比較して大きな出力電圧(0.5 V超)と最大出力(0.6 μW)を示しました。IoT機器を駆動させるための目安として0.5 V以上の電源電圧が求められますが、この素子で実現することができました。また、p型層とn型層の断面積を考慮して算出される最大出力密度は、21 mW·cm-2に達しました。この値は薄膜型モジュールとして最高のレベルにあり、市販バルクモジュールの1/100から1/10程度にも達しています。微細加工のドライエッチングプロセスで生じるp型層とn型層のダメージや損失を考慮しても、高いレベルでの微細加工が施されていることが明らかになりました。

図1

図:(a) π接合の拡大図, (b) 半導体微細加工で作製した熱電素子の写真, (c) π接合部顕微鏡写真.

今後の展開

多くの電子機器や電子素子内部では、駆動中に発生する熱の放出により、温度が著しく上昇します。特にコンピューター内のCPU等の電子素子では、微小空間に高密度で多数の素子が作り込まれているため、駆動中の内部の熱密度(数千から1万W cm-2)は、太陽にも匹敵する高い値となっています。このような異常に高い熱密度が形成される電子素子と熱電素子の融合は、IoT機器のみならず、種々の電子機器や電子素子との集積化やセンサー応用等の新たな可能性を秘めていると考えられます。本研究は、このような熱電変換の新しい可能性を目指す上での第一歩となる結果であり、小型化・微小化に伴い、IoT機器や様々な電子素子の高度化・実用化が期待できます。

 

掲載論文

題目:Miniaturized in-plane π-type thermoelectric device composed of a II–IV semiconductor thin film prepared by microfabrication
著者:Isao Ohkubo(NIMS), Masayuki Murata(産総研), Mariana S. L. Lima(筑波大), Takeaki Sakurai(筑波大), Yuko Sugai(NIMS), Akihiko Ohi(NIMS), Takashi Aizawa(NIMS), Takao Mori(NIMS)
雑誌:Materials Today Energy
掲載日時:2022年6月18日, オンライン
URL:https://doi.org/10.1016/j.mtener.2022.101075


用語解説

[1] 熱電変換
熱と電気を相互に直接変換する物理現象の総称。固体物質に温度差をつけることで、電圧(熱起電力)が発生する現象(ゼーベック効果)を利用して電気エネルギーを取り出すことができます。ゼーベック効果は古くから知られている物理現象で、昨年2021年はゼーベック効果発見(1821年)から数えてちょうど200周年でした。[参照元へ戻る]
[2] エネルギーハーベスティング
種々の形態で存在する密度の低いエネルギー(例えば、熱エネルギー、光エネルギー、振動エネルギー等)を、電気エネルギーに変換して有効利用を促す技術の総称。[参照元へ戻る]
[3] 微細加工技術、半導体微細加工技術
µm(マイクロメートル、10-6 m)からnm(ナノメートル、10-9 m)サイズで物質に加工を施す技術の総称。主にLSI(大規模集積回路)等の半導体素子の作製で用いられています。本研究では、フォトリソグラフィとドライエッチングの微細加工技術を用いて、熱電素子を作製しました。[参照元へ戻る]
[4] π接合、π型熱電素子
電圧を増幅させるために、p型熱電半導体とn型熱電半導体が金属電極を介して接合した、熱電変換モジュールや素子における接合構造のことを示しています。熱電変換モジュールや熱電素子に用いられている最も一般的な接合です。[参照元へ戻る]
[5] II–IV族化合物熱電半導体
短周期律表上のII族元素とIV族元素で構成された化合物熱電半導体。主にマグネシウム(Mg, II族元素)を含むMg2X(X=Si、Ge、Sn)系の熱電半導体を示します。希少元素や毒性を含む元素を含んでいないことから、低コスト・低環境負荷の熱電変換材料として着目されています。[参照元へ戻る]
[6] 分子線エピタキシー、エピタキシャル薄膜
超高真空中で薄膜原料を気化させて、原子レベルで制御しながら薄膜を成長させる手法。高い結晶配向性の薄膜(エピタキシャル薄膜)の作製が可能。[参照元へ戻る]
[7] フォトリソグラフィ
感光性物質(フォトレジスト)を塗布した薄膜等の物質の表面を、所望のパターン形状に露光することで、微細パターンを作り出す技術。半導体等を用いた電子素子を作製するための微細加工プロセスの要素技術の1つです。[参照元へ戻る]
[8] ドライエッチング
反応性の気体(エッチングガス)やイオン、ラジカルによって物質をエッチングする方法で、半導体等を用いた電子素子を作製するための微細加工技術で用いられている手法。一般的に、フォトリソグラフィと組み合わせて利用されます。[参照元へ戻る]


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