慶應義塾大学理工学部の藤原慶准教授、土居信英教授、同大学大学院理工学研究科の髙田咲良(修士課程2年)、東北大学材料科学高等研究所の義永那津人准教授(兼産業技術総合研究所 産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ(MathAM-OIL)副ラボ長)の研究グループは、生命を模倣した人工細胞を利用して、細胞が分裂する位置を決めるタンパク質が集合する場所が、波のように細胞の端と端を往復して移動する仕組みを解明しました。
本成果の発展により、細胞内における分子の位置がどう決まるかの理解が進み、細胞のように自律的な細胞分裂によって自己複製する人工細胞の創出が期待されます。本研究成果の詳細は、科学誌『
Science Advances』のオンライン版に、2022 年6月8日(米国東海岸時間)に掲載されました。
大腸菌に代表されるバクテリアは、同じサイズで細胞分裂するために、Minタンパク質群(MinDとMinE)が振り子のように往復するタンパク質の波(Min波)によって細胞の中心を決定しています。これまでに、細胞のように脂質膜に覆われた小胞(人工細胞、※2)の中にMin波の構成要素を閉じ込めてMin波を人工的に作り上げることで、波が形成される仕組みが検証されてきました。しかし人工細胞内では、細胞の中心を決定できない、時計のように膜上を周回する波が多く出現してしまい、生きている細胞のように往復する波が出現するメカニズムが未解明でした。
本研究グループは、人工細胞内で発生させたMin波が、波をつくる因子(MinD)と波を壊す因子(MinE)がそれぞれ働く強さのバランスによって、波の動きの種類が切り替わることを見出しました(図1、※3)。波をつくる因子が多い場合には、2つの因子が追いかけっこのように細胞膜上を移動し、時計のように周回する波となることが明らかになりました。一方、波を壊す因子が僅かに増えるだけで、波が一時的に消える瞬間が生じ、モグラ叩きのモグラのように別の場所に新たな波が出現することで、往復する波が発生することを明らかにしました。
波をつくる因子と壊す因子の絶対量だけではなく、その活性や人工細胞内における位置により2つの因子のバランスを変えることによっても、周回する波と往復する波を制御できることを示しました。また、2つの因子のバランスを時間的に徐々に変化させることにより、周回する波から往復する波へと動的に転換できることも明らかにしました。
これらの実験結果は理論解析によっても裏付けられ、波をつくる因子と壊す因子のバランスが生命現象に関わる細胞内分子の位置決めに重要であることが示されました。
図1.本研究で明らかになった細胞の中心を決める「往復する波」が出現するメカニズム(原論文使用の図をもとに作成)。
2種類の波の動画については原著論文のSupplementary Movie1をご覧ください。
今回の研究によって、細胞の中心を決める往復する波は、その構成因子と壊す因子が絶妙なバランスとなることで初めて出現することが明らかになりました。この成果は、分子の動きや位置決めのような生命の設計図は、構成要素の強弱バランスによって成り立っていることを示唆しています。また、今後細胞分裂に関連する要素や波と相互作用する要素を人工細胞内に閉じ込めることで、同じ大きさに分裂し自己増殖する人工細胞の創出や、波で物質や情報を運ぶ分子ロボットの作製が期待されます。
本研究は科研費基盤研究B、基盤研究C、新学術領域「分子夾雑の生命化学」公募研究の支援によって行われました。
Mode selection mechanism in traveling and standing waves revealed by Min wave reconstituted in artificial cells
(人工細胞内のMin波によって明らかになった移動波と局在波のモード選択メカニズム)
Sakura Takada, Natsuhiko Yoshiaga, Nobuhide Doi, Kei Fujiwara,
Science Advances, 8, eabm8460 (2022). doi: 10.1126/sciadv.abm8460